ギアチェンジ
見事なものだな、とマリオは感心する。
きらびやかな衣装に身を包んだ、気品の溢れる整った顔立ちの美女2人が、ポーカーテーブルの隣同士の席で談笑している。
片やここに来たばかりの余所者。片や、おそらくこのカジノで最も多くのチップを稼いでいる、生粋のギャンブラー。彼女はリーズと名乗っていた。
「すごいチップね。どうしたらそんなに稼げるのかしら?」
「経験と勝負勘と……あとは、運ね」
リーズはきっとここでは名の知れた客なのだろうが、初参加という立場でそんな彼女と対等に親しんでいるロゼールは、やはり見事としか言いようがない。
「よぉ。兄ちゃんの連れ、美人だなぁ」
2人のことを見ていたからか、隣の男がニタニタしながら話しかけてくる。
男の目はどちらかといえばロゼールに釘付けだ。艶やかな金髪をふわっと派手に盛って、鮮やかで光沢のあるルビーレッドのドレスに身を包んだ彼女は、このカジノの中でも特に目を引く存在だろう。
そう、目を引いてくれている。お陰で自分が目立たないで済むのをマリオはありがたがっているが、それが彼女の本意かどうか。
「いやぁ、ぼくは彼女には嫌われてるんだ」
「へへっ。そりゃあなんだ、ご愁傷様。リーズにスカンピンにされねぇように気をつけな」
「ありがとう。友達になろう」
いつもの握手を交わしながらも、マリオの意識は依然華やかながらも油断ならぬ2人に向いていた。
リーズという女があれだけのチップを稼いでいる理由は明白で、ディーラーの男が彼女が有利になるようイカサマをしているからだ。つまり運営側とグルだということだが、それでも周りに不審に思われないだけの振る舞い方を心得ていると見える。
だが、今回はイカサマを摘発しに来たのではなく、金を稼ぎに来たのだ。
ロゼールもそのことをわかっていて、あえてリーズの隣に座ったのだろう。喧嘩を売りに行ったも同然だ。
「お手柔らかに」
「ええ」
握手を交わす美女2人の顔には、友好の意志など微塵も感じられない。
テーブルには計6人のプレイヤーがいる。資金調達に来たマリオとロゼール、カジノ側と組んでイカサマで儲けているリーズ、残り3人ははっきり言って彼女のカモにしかならなそうな客だ。
ロゼールとリーズの一騎打ちを、自分は陰からサポートする――マリオはその作戦で行こうと決めた。
ただ1つの懸念は、ロゼールが思い通りに動くとは限らないということだが。
ゲームは淡々と始まった。
ルールは宿舎でやったのと同じく、それぞれに配られた2枚の手札と5枚の共通カードを使って役を作るというものだ。
ディーラーは初っ端からイカサマをすることはなく、公正に仕事をこなしている。プレイヤーたちも全員特に小細工なしに、良い手が来ればレイズし、そうでなければ素直にフォールドしているようだ。チップに余裕のあるリーズは、少々強気に出ている印象がある。
少し不可解なのがロゼールで、ただ考えなしに人のベットにコールして勝負に付き合っているように見える。それほど多くもないチップがじわじわと減っているが、彼女は平然としている。
リーズもロゼールのやり方をいち早く理解したらしく、無理のないベット額で最後まで付き合わせる作戦に出ていた。
「
ディーラーが機械的に結果を述べると、何の役も揃わず敗北したロゼールは「あら」と小さく呟く。
「8と2の
「勝てたらいいなって思って」
ぼんやりと答えるロゼールに、質問した側のリーズは半ば呆れ、他のプレイヤーたちは声を上げて笑った。何もわかっていない初心者が来たと嘲っているのかもしれない。
が、マリオには彼女が何を考えているのかはっきりと理解できる。
探っているのだ。
どのハンドでどれくらい賭けるか、チップ額がいくらならフォールドするか、プレイスタイルは強気か堅実か、良い役が揃ったときや
このルールではプレイヤーの手札が最後まで開示されずに終わることが多い。だからロゼールは無謀な勝負を受けて探る時間を延ばしているのだ。なんなら周りに初心者だと思わせて油断を誘う意図もあるかもしれない。
「絵札かエースがねぇときは勝負しないほうがいいぜ」
「ブラフならもっと多く賭けなきゃ」
「ありがとう。今度からそうするわ」
客たちのアドバイスが親切心からのものでないことは、ロゼールも重々承知だろう。
その後はフォールドする頻度も上がったが、なおも拙いプレイをするロゼールを、客の男はカモにしようと考えたらしい。
彼は初っ端からかなりの高額をベットし、ロゼールともう1人がコールで乗ってくると密かにほくそ笑んだ。
最初の3枚の共通カード――フロップはダイヤの5と10、スペードの6。男はすぐさまポットに溜まったチップを倍にするという自信に満ちたベットを仕掛け、もう1人の客は恐れをなしてフォールドしたが、ロゼールはそのままコールしてゲームを続ける。
だが、ただ相手のベットに付き合っていただけのロゼールが、突如反撃に転じた。
「
持っているチップのすべてを堂々と突き出す様に、誰もが目を疑っただろう。客たちはこぞって5枚の共通カードを見つめ、彼女にそこまで自信を与えた役は何なのかを推理し始める。
5-6-10-Q-9という数字、3つ以上揃ったスートがないのでフラッシュはなし。考えられるのはツーペアやスリーカード、あるいは7と8を持っていてストレートが完成したというパターンだ。
さっきまで調子よくプレイしていた男は、ここに来て一気に青ざめている。
しかし、ロゼールの恐ろしさはこんなものではない。彼女は追いうちをかけるように男に言い放った。
「キングかエースのワンペアでしょう、あなた」
男が図星だと白状するように目を見開く。
「最初のあの高すぎる賭け額で、
マリオも同じような推理をしていたが、ロゼールはお得意の勘でもっと早いうちに相手の手札を読んでいたかもしれない。
さて、初心者だと侮っていた相手にこれほど筋道の通った推理を聞かされた彼らはどれほど戸惑っていることだろう。あの下手なプレイはすべて演技だったと気づかされた彼は――
「……フォールド」
降りて当然だ。ハンドを把握されてそのうえでオールインされたということは、それより強い役が揃っているはずだ――と、彼は判断したのだろう。
男が歯を食いしばる傍らで、ロゼールは嬉しそうにポットに溜まったチップを回収している。
これだけでも末恐ろしい彼女だが、次のゲームが始まる前にもとんでもない爆弾を放り込んだ。
「実はさっきの、10のワンペアだったのよねぇ。フォールドしてくれてよかった」
まんまと一杯食わされた男は、声にならない悲鳴を上げた。
マリオも実は彼女がブラフだったとは表情やプレイの仕方から推察していたが、ここでわざわざ白状するとは予想していなかった。本当に見事だ、と感嘆する。自分には絶対に真似できないな、とも。
その発言で一挙に疑心暗鬼に染め上げられた彼らは、ロゼールの手の上で踊らされることになる。
ブラフかと思えば強いハンドに叩きのめされ、フォールドすればブラフだと明かされ、イカサマかと疑うほど正確に手札を言い当てられ……。
プレイヤーたちを翻弄して着実にチップを増やす魔性の女に、ただ1人恐れることなく余裕の笑みを浮かべていたリーズは、静かにディーラーに目配せする。
今まで沈黙を守り、目立たぬようプレイしていたマリオの鋭い眼はそれを見逃さない。
――さて、そろそろぼくの出番かな……。
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