集中砲火

 もしもし、レミーさん? 本部から視察に来るヴェーラさんって、「元賢者の、おっとりした人」だって言ってましたよね……?


「まあっ!! 何? こんな小娘が支部長なんて正気なのかしら? 副支部長は職員歴の浅いホビットですって! いったいここの運営はどうなってるの!?」


 ……レミーさんの嘘つきっ!!


 私とファースさんはロビーに到着したばかりの、きつそうなつり目のおばさん――ヴェーラさんのお叱りの猛攻撃を浴び、ただ小さくなっていることしかできなかった。


 スレインさんは鋭い目つきのまま後ろで控えている。あまり騒ぎにしないでほしいという私の意を汲んでくれているんだろう。

 が、ヴェーラさんは黙っているだけのスレインさんも放ってはおかない。


「あなたは何なの?」


「この支部の勇者です。彼女がリーダーを務めるAランクパーティに所属しています」


 スレインさんは物腰柔らかなトーンで私の肩を持ってくれた。この支部では私たちはAランクの扱いだというのも強調している。ヴェーラさんは何も言わないかわりに、私のほうをつり上がった目でじろじろ見ている。


「……勇者パーティのリーダーと支部長を兼任しているの? あなたが?」


「あ、はい。一応」


「彼女がいなければ我々はまとまりません。皆リーダーを尊敬しています」


 スレインさんが大げさに褒めてくれるので少し照れてしまうけど、ヴェーラさんもその話には深く突っ込まなかった。が、それで勢いが挫けたわけでもなく――


「勇者としてどうかは知らないけれど、私はこの支部の運営を見に来たの。今からしっかりチェックしますからねっ!!」


「は、はい……」


 私たちが案内する前にずんずん中へ進んでいくヴェーラさんは、内装がごちゃごちゃしてるとか、職員にやる気がないとか、道中でもお小言を欠かさなかった。


 オフィスに入ってからも、さっそくこの支部の会計データが載っている帳簿やらなにやらを引っ張り出させ、隅々までじっくり目を通していた。


「まっ!! なんなのこの負債額は!!」


 当然、<サラーム商会>からの借金も光の速さで見つかった。いや、隠してたつもりはなかったんだけど。


「あの、それは何といいますか、前支部長がこの街のギャングと揉め事を起こしたのが関係しているというか……」


 ファースさんが説明しようとするが、ヴェーラさんは大声で遮る。


「言い訳しないでちょうだい!! これは明らかにこの支部の失態だわ!!」


「も、申し訳ありません。ボクらもどうすればいいのか……」


 ドナート課長の話では経営立て直しの方法を考えてくれるということだったけれど、ヴェーラさんは思いもよらない提案をした。


「これはもう、経営に根本的な問題があるに違いないわ!! 今からこの支部の職員を集めて、聞き取り調査を行いますからねっ!!」


 あぁ、もう、勘弁してください……。

 私もファースさんも泣きそうになっていたが、スレインさんはなんだか不審そうな顔をして黙っていた。



  ◇



 この支部で一番広い会議室に、職員たちがぎっしり詰め込まれている。

 その視線は会議を招集したヴェーラさんと、その後ろで小さくなっている私とファースさんに集まっている。居心地が悪い……。頼みのスレインさんも、「確認したいことがある」と言って席を離れてしまったし。


「これからこの支部の経営について、意見交換を行います」


 ハキハキとしたヴェーラさんの声に、何人かの職員が首を傾げた。


「また改革的なあれですか? こないだやったばっかりじゃないですか」


「まあ! 改善しておいてどうして借金漬けになるのかしら!?」


 ヴェーラさんの「借金」という言葉を聞いて、職員たちにどよめきが起こる。


「な、何ですか? 借金って……」


「うちってそんなにヤバイの?」


 うちにお金がなくて<サラーム商会>から借金をしていることは、一部の職員にしか知らされていなかったらしい。隣に座っているファースさんの顔を覗き込むと、バツが悪そうに俯いていた。


「どうやら改善すべきところはまだまだ多そうね。さあ、なんでもいいわ。この支部の問題点を挙げていってちょうだい!」


 そうはいっても、いきなり設けられた話し合いの場で、すぐに意見が出る雰囲気ではなく……と、静寂を破るようにすっと手が挙がった。


「つい最近、副支部長に何人か不当解雇されたことがありました」


 ……え?

 まさかと思ってまた横を見ると、普段は穏やかなファースさんが険しい顔つきになっていた。


「なんですって!! いったいどういうこと!?」


「……その……トラブルを起こした職員がいたので」


「トラブル? もっと詳しく言いなさい!」


 ファースさんは気まずそうに目線をどこかに向ける。その先にはいつも通り無表情のアイーダさんがいた。


「えーと……備品を故意に破損させたんです。あまりにも悪意があったので、関係者全員処分しました」


「それだけじゃあ悪意があったかどうかはわからないわね」


 いつの話だろう。私には聞かされていない。

 職員の中には思い当たる人がいたのか、「副支部長がすごい怒鳴ってた……」と声が漏れた。あの温厚なファースさんが怒鳴りつけるなんて、想像できない。よっぽどひどいトラブルだったんだろう。


 でも、ヴェーラさんはファースさんのことを知らない。


「怒鳴りつけて辞めさせるだなんて! 職権乱用もいいところだわ。支部長のあなたはちゃんとこの件を把握してたの?」


「え? い、いえ、そういうのはファースさんに任せきりで……」


「なんて無責任なの! 権限が1人に集中するからこういうことになるんだわ!! だいたい新任同然のホビットが副支部長やってる時点でおかしいのよ! あなた、ここに来る前はどこで何していたの!?」


 なんだかファースさん1人が槍玉に挙げられてるみたいで、ちょっと気分が悪い。

 なぜかは知らないが、職員の中にはファースさんを目の仇にしている人がいるみたいで、一部の人たちは厳しい目つきをしている。


 真面目で人当たりのいい彼がどうしてこんな街に来たのか、確かに気になるけれど……こんな大勢の前で見せしめみたいに言わせるのは間違ってる。

 庇わなきゃ、と思ったけれど間に合わなかった。


「――ボクが住んでいたホビット庄は、とても平和なところでした」


 ファースさんは懐かしむような、でもどこか寂しげな調子で語り始める。


 ホビット族が暮らすホビット庄は、私の故郷よりもずっと田舎にあるらしい。辺境の地で質素ながら平穏に生活している、というのが一般的なホビットのイメージだ。


「でも、しだいに魔物の害も増えてきて……<勇者協会>もこんな辺境まで手が回らないみたいで。ホビットなんか戦っても弱いですから、ボクはよそからドワーフや獣人なんかを集めて、自警団みたいなのを作ったんです」


 立派だなと感心したけれど、続きを話そうとするファースさんの表情は暗かった。


「それも……結局身内同士の揉め事が多くなっちゃって。最終的に集落を巻き込んだ大喧嘩になって――解散になっちゃいました。被害もたくさん出てしまって。ボクも責任者だから、出ていくことにしたんです」


 それで、この「最果ての街」に来たんだ……。ファースさんには非はないと思うんだけど、彼は後悔しているように俯いている。


「……そんなことしでかしたボクに、人の上に立つ仕事なんて元々向いてなかったのかもしれません。皆さんがご不満なのでしたら、ボクも副支部長を辞任しようと思います」


「え!?」


 突然のことに、思わず声を上げてしまった。

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