正直は宝

「っ!?」


 馬車の中に引きずり込まれた御者の男の代わりに、スレインさんが手綱を取り、馬車の進行方向を急転換する。


 男の背中をゼクさんが乱暴に踏みつけて取り押さえる。ぎゃっという短い悲鳴で、寝ていたロゼールさんがぼんやりと目を覚ました。


「……なぁに? 敵襲?」


「敵はこのクソ野郎1人だ」


 ゼクさんは踏んでいる足に力を入れる。


「ぐっ……なぜわかった!?」


 御者を騙った男が本性を現す。彼は敵にちがいないけれど、一応その質問に答えておこう。


「私たちは<EXストラテジー>じゃなくて<ゼータ>なんです」


「そんなことは知っている!! 皇子のフリをしてやがったんだろ!?」


「違います。私たちは<ゼータ>としてここに来たんです」


 男はわけがわからないといった表情で、目だけをぎょろぎょろと動かしていた。



 ――酒場で打ち合わせをしたとき、ロキさんは手で真実を語っていた。


 皇女側の怪しい人物を列挙していたとき、紙に書いていたのは人名ではなかった。


『なぜかはわからないけれど、クエストを交換する作戦が敵側に漏れたみたい。この会話も聞かれている可能性が高い。そこで、作戦を変更してクエストの交換はせず、君たちは<ゼータ>名義で申請したものをそのまま遂行してほしい』


 私たちも話を合わせて、口ではクエストを交換する前提のように喋りながら、<EXストラテジー>はマリオさんとスレインさんが選んだものを、<ゼータ>はロキさんが面倒だとぼやいていたものをそれぞれこなすことにしていた。


 だから、敵側は私たちが<EXストラテジー>のふりをしていると思っているはずで、その実この御者の男も――皇子に扮したスレインさんではなく、私を見てそちらのパーティ名を言ったものだから、馬車に乗る前に全員が彼が敵だとわかったのだ。


 ……まあ、それで私、「え?」とか言っちゃったんだけど。

 きっと、隠し事が苦手な私がボロを出さないように、マリオさんは芸を見せてくれたんだろう。そうでなければ、私はずっとそわそわしていたにちがいない。



「どの程度痛めつける?」


 マリオさんが「お昼ご飯何にする?」くらいの調子で尋ねる。私としては無傷で帰してあげたいんだけど……それは叶わないだろう。


「嘘を言うたびに足から輪切りにしてくってのァどうだ」


「嫌よ、血で汚れるの。骨を折るくらいにしてほしいわ」


「毒使いますか? 35時間激痛が続くやつありますよ」


 ゼクさんにロゼールさん、それにヤーラ君までも物騒な相談をしていて、男はすくみ上っている。


「正直に言ってくれれば、痛い思いはしなくて済むよ。君の名前は? フルネームでね」


「ロバート・ホフマン……」


「ロバート君は、誰に雇われて来たのかな?」


「しっ、知らない」


 ペキッ、とマリオさんがロバートの小指をへし折った。


「いぎゃああっ!!」


「その殺し屋にも私にも、嘘は通用しないわよ。どうせあなた、お金とか怖い人の命令とかそんなくだらない理由でやってるんでしょう? 苦しんでまで守るものなんてないはずよ。正直に話しなさい?」


 ロゼールさんの説得に、ロバートは痛みで涙目になりながら考えを改める素振りを見せた。


「おっ……お頭の命令なんだ。俺は盗賊団の下っ端で、お頭が帝国のお偉いさんとコネがあるみてぇでよ。詳しいことは知らねぇんだ」


「あれか。ナントカいう将軍の囲ってるクソどもか」


「ヴコール将軍です」


 ヤーラ君が名前を出したその将軍は、ミアちゃんのお父さんのライバルだとロキさんが言っていた人だ。


 敵側の情報については、ロキさんは聞かれてもいいことだけを喋っていたのだろう。時折ごまかすための嘘も混ぜていたが、その都度紙の上で訂正していた。器用なことだ。


「ロバート君。そのお頭君の名前と、君の友達の人数を教えてくれる?」


「ヴァージル・ギリングズだ。数はだいたい100人くらいだったか」


「ヴァージル君はトマス君たちをどうするつもりだったのかな」


「確か、皇子だけは生かして攫うとかなんとか……。細けぇことはわからねぇんだ。本当だ! 俺の仕事は、あんたらを現場から遠ざけることだけだったからな」


 その話が本当なら――いや、ロゼールさんやマリオさんが何も言わないので本当なんだ。敵側はトマスさんをすぐに殺すのではなく、誘拐して利用するつもりなのだろう。


「ありがとう。質問はこんなものでいいかな」


 マリオさんが他のメンバーの顔を見渡す。ロバートは本当に下っ端の下っ端らしく、これ以上有力な情報は出てこなさそうだった。


「な、なあ。これだけ喋ったんだ。助けてくれるんだろ? あんたら正義の勇者様なんだから。そうだよな?」


「これ以上君を苦しめることはしないさ。ぼくたちは友達だからね」


 その言葉を聞いたロバートは、ほっとしたのか情けないほど顔の力を緩めた。



 が、間髪入れずにマリオさんはロバートの首の後ろを針で突き刺した。



 確かに苦痛を感じる暇もなかっただろう。何が起こったか認識する前に、彼は絶命したらしかった。


 マリオさんが仕事をするのを見るのは初めてだったはずのヤーラ君も、びっくりして青い顔になっている。

 私は何回か見ているけれど、未だに慣れない。いや――もしかしたらこのメンバーの中で、私だけは慣れてはいけないのかもしれない。


「よお、そいつも手品か?」


「人間の頭蓋骨には底のほうに穴があるんだ。そこを刺すと、直接脳に届くんだよ」


 ゼクさんがからかい半分で聞くと、マリオさんはにこにこしながら丁寧に説明した。……その種明かしはあまり聞きたくなかった。


「死体を埋めよう。この辺りなら人気ひとけもない」


 スレインさんが馬車を止める。マリオさんはロバートの亡骸を背負って降りていく。


「君のことは忘れないよ、ロバート」


 彼もまた、人形となってあの部屋に飾られることになるのだろう。



 ロゼールさんが嫌々ながらも魔法で埋葬を手伝うと、スレインさんが馬車を私たちがクエストを行う場所――すなわち、敵の罠が待ち受けている場所へ走らせた。

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