宴もたけなわ
ビャルヌさんが、こんな飲み会真っ最中の私たちに何の用なのだろう。注文した魔道具の話かな。もしかして、もう完成したとか……いやいや、いくらなんでも早すぎない?
「誰よ、ビャルヌって。エステルちゃんの彼氏?」
「そんなわけないですよ。協会の職人さんです。ドワーフの」
「いやだ、ドワーフ? 私会いたくないわ」
太古の昔から犬猿の仲だというエルフとドワーフだけど、ハーフエルフのロゼールさんもそれは例外ではないらしい。
言ったそばから小さな人影がトコトコ寄ってくるのが見えて、全員が目線を下げた。
「こんにちはー! 盛り上がってるところにおじゃましてごめんなさい」
一声発しただけで、時の流れがゆったりと遅くなるような癒し感。ビャルヌさんと同じ空間にいるだけで、心の中の不純物が取り払われていくような感覚がある。
一般的なドワーフとのイメージギャップの凄まじさに、元々面識のある私とマリオさん以外の仲間たちは唖然としていた。ロゼールさんなんてさっきの言葉とは裏腹に目を輝かせている。
「やあ、ビャルヌ。ぼくたちに何か用?」
「マリオくん! あのねー、エステルちゃんに作ってほしいものがあるって頼まれてねー、それを届けに来たの!」
「ホントにもうできたんですか!?」
「うん! そんなにむつかしい作りじゃないからね」
それは合同作戦のときに見たような連絡用の水晶がベースになっていて、本体である石座のついた水晶がそれぞれのアクセサリーに装着されており、使うときには取り外しができるようになっている。
ビャルヌさんは一人一人に完成品を配っていく。
私にはペンダント、ゼクさんには大きなベルト、スレインさんには指輪、ロゼールさんにはピアス、マリオさんにはブレスレット、ヤーラ君にはブローチ。
「連絡に使う<伝水晶>を加工したものなんだー。どうかな? みんなに似合うようにって、エステルちゃんと考えたんだよー」
「すっごく気に入ったわ。私あなたのこと大好きになれそう」
「ほんとー? オイラたちドワーフはね、エルフさんと仲良くないっていわれるけどね、オイラはエルフさん綺麗だから好きなんだー」
「うふふふ。私も嫌いじゃないわよ、ドワーフ」
ロゼールさん、なんて見事な手のひら返し。
「ビャルヌ。せっかくだから何か食べてくかい?」
「んーん。ありがとうだけど、オイラみんなのおじゃましたくないのー」
「構やしねぇよ。お前ドワーフなんだろ? 一杯くれぇ付き合えや」
ゼクさんはただそれを口実に飲みたいだけだと思う。
「ドワーフだけどね、オイラは下戸なのー」
「ンだよ、ノリ悪ぃな」
やや乱暴な口調。つぶらな瞳から滴る涙。凍りつく空気……。
「ゼクさんっ!! 何ビャルヌさんを泣かせてるんですかっ!!」
「そうよ、この冷血乱暴男!!」
「彼は私たちのために時間を割いてくれたんだぞ。謝罪すべきだ」
「今のは言い過ぎだよねぇ」
「軽蔑します」
「なっ……何だよテメェらこぞって! クソ、悪かったよ!!」
「こちらこそゴメンナサイ。オイラもちょっとくらい飲めるようになるね」
「……あ、ああ。別に、無理に付き合わせる気はねぇからよ」
あのゼクさんがすっかり威勢を失くして反省しているなんて。ビャルヌさん、恐るべし。
……なんて、元々意外と優しいところがあるんだよね。言葉遣いが悪いだけで。
ビャルヌさんが『おそくなるまえにかえろうね』という決まり通り、またトコトコと帰って行った後。
宴もたけなわというのか、盛り上がっているというのか、ヒートアップしていくというのか――
「うおらっ!! 店員この野郎!! この店で一番強ぇ酒持ってこいっつってんだろォ!!」
前言撤回。酔っ払ったゼクさんは、優しさの欠片もない。
「ご迷惑おかけして申し訳ありません……」
精神的に遥かに大人なヤーラ君は店員さんに頭を下げている。
「クソチビ、レオニードの後輩ならテメェも飲めやコラァ」
「はいはい」
意味不明な理屈をひっさげたゼクさんは、グラスたっぷりのお酒をあろうことか未成年に押しつけている。ヤーラ君のほうは、戸惑うどころかすべてを諦めきった呆れ顔で、作業のように中身を飲み干してしまった。
「ちょっ……ヤーラ君、大丈夫?」
「あ、錬金術でアルコール抜いてますんで」
もはや歴戦の勇士の風格。積み上げた苦労がこの少年をここまで強くしたのだろうか。
さて、興味が3秒以上続かなくなっているゼクさんは、今度はマリオさんに絡み始めた。
「おいマリオ、テメェもそんな水飲んでねぇで、強ぇ酒頼めや」
「じゃあ、ゼク。ぼくと飲み比べするかい?」
「おお!? 上等だコラァ!!」
あ、これはあれだ。めんどくさいからさっさと潰れてもらおうっていう作戦だ。マリオさん、強そうだし。
「ゼクさん。予算オーバーしたら自腹切ってもらいますからね」
「おーい、ウイスキーのボトル1000本持ってこい!!」
ヤーラ君の忠告などどこ吹く風、ゼクさんは桁外れの注文で店員さんを困惑させている。マリオさんが助け船を出して、ボトルが空き次第持ってくるように頼んだ。
「……ヤーラ君。ゼクさんって、前からこんな感じなの?」
「今日はまだマシなほうです。エステルさんも、慣れておいたほうがいいですよ」
「そ、そうなんだ……」
経験の厚みを感じさせる言葉に、うっかり彼の年齢を忘れそうになってしまう。そう、ヤーラ君はまだ14歳のはずで、ゼクさんは――
「――そういえば、ゼクさんって歳いくつなんですか?」
「おお? これで12杯目だぜぇ」
「歳ですよ! 年齢!」
「あー……今年で118だ」
なんと、私のちょうど100コ上!! 歳だけなら大先輩だ。歳だけなら。
「なによぉ、人のことババアとかいって、あなたもジジイじゃないの。顔に傷ジジイ」
「っせぇクソババア!!」
中身は10歳児くらいかもしれない。118歳児。それをからかう226歳。うん。
「もう……スレインさんもなんとか言って――!?」
振り返ろうとした矢先、私は仰天した。あの凛々しくキリっとしたイケメンが、真っ赤な顔で熱にうなされたように突っ伏している。
「ど、どうしたんですか!?」
「おかしい……これは、紅茶……の、はずなんらが……」
「さっき、ロゼールが飲み物すり替えてたよー」
「ごめんなさい。こんなに弱いと思わなくて」
「ロゼールさぁぁぁぁん!!」
ちょっとしたいたずらのつもりだったのかもしれないが……スレインさんの切れ長の目はへろへろにとろけ、呂律はかなり怪しく、手は病人みたいに震えている。
「わかりました。僕が血中のアルコール抜きますんで」
唯一頼りになるヤーラ君が近づくと、スレインさんはなぜかその手を取った。
「……おお、兄上。久方ぶりにお顔を拝見れきて、こうひん……幸甚の至りれす」
「手、放してもらっていいですか」
よりによって自分のお兄さんと間違えている。ヤーラ君は一切取り合わずにまず手の自由を取り戻そうとしている。さすがです、達人。
「ぬぅ? 兄上少し痩せましたか。背も心なしか縮んれ……いや、きしゃま兄上れはないな!? おのれ、兄上に化けた魔人かっ!?」
妄想を爆走させたスレインさんはたちの悪いことに、テーブルに足をかけて……剣を抜いた!?
「は、早く止めてくださいよ!! 原因はロゼールさんでしょう!?」
「ご、ごめんなさっ……ふふっ、あははははっ!!」
慌てる私をよそに、元凶のロゼールさんは涙を浮かべるほど笑っている。しかし、その余裕もヤーラ君の一言でひっくり返った。
「スレインさん。あなたの敵は僕じゃなくて、あっちで笑ってる金髪の女性ですよ」
「心得た!!」
「え!? 嘘!?」
「いいぞぉ、チビ! そのババアはいっぺん痛い目見るべきだ!!」
「どっちが勝つか賭けるかい?」
「助けてってば!!」
私は心の中で合掌して、飲み物のお代わりを頼んだ。
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