第19話 スルー・ザ・ナイト

その日の帝都は大忙しだった。

「15名ずつ馬車に乗れ!順番に、落ち着いて避難だ!」

帝都防衛局の一員であるラトは避難指示で声を上げていた。

帝都北東の壁外にはものすごい数の兵士と、ものすごい数の馬車と、更にものすごい数の避難民とが溢れていた。

「オルタとの約束、有耶無耶になっちゃったな。」

そんな風に呟きながら、ベルもまたその人混みの中に居た。

「まだ朝の10時とはいえ、夕方までに全市民5万人を避難させるなんて無理じゃないかしら?」

市民の少なくとも半分を避難させ、南西エリアは封鎖するとか。

その時、ベルは一人の男とぶつかった。

「あ、すみません。」

男は軽く会釈をして人混みをかき分けていった。ベルはこの男が、凶悪犯罪者トリプルエースだとは知らない。

「俺ら囚人まで避難させるた、一体何が起こってやがんだ?」

トリプルエースの呟きは人混みに消えていった。


「昨日言っていたな。もう一つだけ頼みがあると。」

午後4時30分。遠くの城壁を見つめてアリヤ殿下もとい陛下は口を開いた。

兵士は100人程度が市民の避難に当たっている他、200人程度が壁内に、400人程度が城壁前に、残る1000人が城壁から更に南西方向に離れたこの場所に待機している。

「囚人たちも避難させること、だったか。そう命じておいた。」

「・・・この数十日間、何度も死んで何度も生きて。幾度となく思いました。この宝石を捨ててしまえれば、どんなに楽だろうと。」

アリヤはこちらを見つめている。開戦の時が迫っている。

「あなたのお祖父様も、同じ気持ちだったのでしょう。それを責めることなんてできません。」

僕は城壁の方を強く見つめて言った。

「でも。死んでよかった人間なんて、居るはずがない。」

アリヤは祖父の死に涙を流したじゃないか。

僕は父さんの死に涙を流したじゃないか。

「お前は本当に、全員を救おうと・・」

「もうすぐ来ます!」

太陽が沈む。

地面が揺れる。

さあ。夜を超えて未来のその先へ。


龍が顔を現した瞬間、戦場に号令が響く。

「突撃ぃ!!」

数百の騎兵が一斉に城壁側からこちら側に突撃してくる。龍はその動きを捉えるや、体の向きを変え、大きな顔面をこちらに向けた!

そうだ。龍は目の前の獲物、特に動く獲物を追う性質がある。アーガマン邸を訪れている間に進めた調査で分かった。

帝都から引き剥がして、被害を最小限に抑える!

「大砲狙え!目には当てるな!!」

爆発音。

巨大な鉄の塊が同時に龍を捉え、直撃した。


作戦はこうだ。

目を狙えない以上、攻撃を阻む硬い鱗をどうにかする必要がある。

鱗を剥がすのだ。

鱗と鱗の間に剣を差し込んめば、数人がかりで鱗を剥がせると分かっている。

剥がした鱗に弓矢や大砲を打ち込み続けて体力を削り、無力化する。

この戦法で数時間粘ればあるいは!


と、考えていたのが甘かった。

あれから何時間経っただろう。

空の色を見ても、もう10時間は経ったはずだ。

攻めては退きを繰り返し、現在の死者数はゼロ。しかし千数百の兵は疲弊しきっている。

龍の鱗は4割剥がされ、矢やら剣やらが刺さっているが、龍は疲れを知らないかのようだ。

兵士も、あるいは指揮をとるアリヤも、もはやボロボロだった。


龍は一人の兵を捉え、突進の予備動作を取った。

「危ない!」

咄嗟に出た掠れた弱々しい声は僕の声のはずだった。

僕はなんとか走り出し、彼に体当たりした。龍の突進は避けることができた。

しかしもはや、戦闘を続けることは不可能に近い。龍がまた標的を定め突進する。逃げ惑う人間たちは避けているのがやっとだ。

ループして仕切り直したとて、龍に勝つことなどできるのだろうか。

この戦いは間違っていたのか?

この戦いは無意味だったのか!?


その時だった。

全員が空を見つめた。

傷ついた命が一斉に東の空の彼方を見つめた。

白く淡く輝く地平線の底から、微かな魂の灯火が捻り出されるように姿を現した。

「・・・・・・・・・!」

誰一人たどり着けなかった瞬間。

太陽が再び現れたその瞬間。

誰かが、その名を呼んだ。

「・・・夜明けだ!!」


世界が滅ぶまであと30日。

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