第18話 さらば非日常
分かったことがいくつかある。
父さんがもしものために僕に残してくれたあの本から。
5年前に何があったのか、それからの5年間で何があったのか。
父さんは5年間、あの場所に幽閉されて"銅の結晶"を作り続けさせられていた。
帝王陛下と一部の側近の命を永らえるために、大量の宝石を。
龍が再び襲来することを予見して準備を重ねていたらしく、入り口の扉の鍵もそのために壊していた。宝石の保管部屋に通ずるもう一つの方は簡単には開かなかった、と書いてあった。
"銅の結晶"は全て残機が30だった。既に使われた訳ではなく、材料の質が悪い為らしい。
2つの宝石を同時につけたところ問題なくループしたが、数字は両方減った。
そして最も大事なのは呪いの正体。
「これは予測だが、数字が0の状態でループしようとすると結晶は暴走する。
宝石は対象の意識を取り込んで転送しようとするが、次の世界の用意ができなくなる。
すると、使用者の意識が永久に閉じ込められる恐れがある。」
そう手記に記されていた。
「頭がパンクしそうなんだが!!」
ここまでを整理した内容を伝え終えた瞬間、アリヤは叫びを上げた。
例のテラス。昼の帝都は目に眩しい。
「宝石まだあったの?で一種類だけ数字が少ない?あと呪いが?転送できないから意識がって何?それに。」
それから、少しだけ面持ちを暗くして。
「それに、お祖父様が、無罪の人を幽閉して働かせていた、のか?」
「・・・宝石がおよそ2000個もあるのなら、僕らは龍に対して戦えるかも知れません。」
アリヤはキョトンとしている。
「宝石の数は、そのまま兵士の数の上限に直結します。この帝都に、兵士はどれだけいますか?」
「確か帝都軍が800くらいじゃなかったか?」
「帝都軍だけじゃありません。帝都にいる帝国軍、警察、民間の傭兵部隊も加えて構いません。」
アリヤは少し考えて、言った。
「1500・・・くらい、行くんじゃないか!?」
僕は頷いた。
「今日中に、可能な限りの戦力に宝石を配りましょう。」
「ああ。明日、全員をこの広場に集めよう。」
そうとなったら。
「アリヤ殿下。お願いがあります。」
「許す。」
アリヤはそう言って僕の発言を許可した。
「明日、その集合の前に、僕には向かわなければならない場所があります。約束を果たすために。」
アリヤは無言で頷いた。
「そして、もう一つだけ。帝都の市民について、頼みがあるんです。」
そして、翌日。
皇帝陛下の寝室に、窓からの光が人型の影を作っていた。
影の主、アリヤ殿下は陛下の身体に寄り添い、僕はその様子をテラスから見つめていた。
「お祖父様。あの男、シノノの当主が申していました。一つだけ、不思議なことがあると。なぜあなたは残りの宝石を使わなかったのか、と。」
アリヤは赤い宝石を持ち上げた。
「あんなに多くの宝石を作らせておいて、たった30日で命を投げ捨てたのはなぜですか?」
アリヤの手が震えている。
「逃げた、んですか?帝都の人民を捨てて、僕らに情報を伝えることも諦めて。そんなの!そんなの、帝都の主の行動じゃない!」
アリヤの小さな身体がより一層小さく見える。
「でも、でも!そんなことで、お祖父様を憎める訳ないじゃないか!僕が、龍と戦わなくちゃならないからって!」
「だから、だからこれは、僕の決別です。」
アリヤは剣を抜く。全体重をかけ、その刃を祖父の胸に勢いよく突き立てた。
赤色が滲む。アリヤの目から雫が落ちる。
こんなことをしても意味はない。閉ざされた意識はどうしたところで戻ることはない。
しかし彼は、未来に進むために、その小さな身体に背負いきれない重みを背負うために・・・。
アリヤは一歩ずつテラスの方へ歩いてくる。血塗れの長剣から垂れる赤の足跡が彼の覚悟の証だ。
「その重荷、僕にも背負わせて下さい。」
「・・・許す。」
テラスから下を見下ろす。
とりどりの制服が広場を埋め尽くしている。
帝都軍、帝国軍、帝都防衛局、帝都警察、近衛兵、枢機兵、バンカック傭兵局、サデュワ派遣局、その他貴族。
数えること1700名。
それぞれが胸に真紅の宝石を輝かせている。
「帝都、いや帝国は今、滅亡の危機に瀕している!荒れ狂う龍神、ウルガドによって!」
僕は声を張り上げる。
「我ら人類に残された道は一つ!戦い、未来を勝ち取ることだ!」
歓声と雄叫びが聞こえる。
かかみな僕は続けた。
「一つ!誰も殺さないこと!!」
階下を見下ろす。
「二つ!誰も見捨てないこと!!」
アリヤと目を合わせる。
「三つ!自らをも犠牲にしないこと!!」
そして南西の彼方を見つめる。
「そして四つ!最後には全員生きて勝利を掴むこと!!」
アリヤは一歩前へ出る。
「ただいまこの瞬間、僕がジュティナス・デク・オルソワ4世を襲名する。」
彼もまた、彼方を見つめて決意を固めた。
「帝王の名の下に宣言する!ループは残り29回。ただいまより、戦争を開始する!」
世界が滅ぶまであと30日。
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