第16.5話 ボーイ・ミーツ・ボーイ

僕の名はアリヤ。

美しい午後の庭を散歩していると、鳥のさえずりや草木のざわめきが自らの内側に押し寄せてくるのを感じる。

色鮮やかな世界。静かなこの場所で1人歩くのが僕の最も好きな時間。ああ、花の香りもまた美し・・・


「お通しすることはできかねるでアリマス!」

耳障りな声だ。僕は大きなため息を吐く。僕は声の方へと向かった。

門。あちらとこちらを繋ぐ場所。

そこで門兵と、フードで顔を隠した男が何やら言い合っている。

「ですから!お通ししかねるでアリマス!」

「僕が、例の呪いの正体を知っていると言ってもですか?」

呪い?門兵もまた、その言葉に反応したようだった。

「なんですと!陛下が昏睡状態という情報は未だ一般公開されていないはずでアリマスが!!」

そこまで言った後、ハッと声に出して言って門兵は口元を覆った。

いくらなんでも口が軽すぎるだろうに。

「し、しかし。帝室の方々の許可は必要でアリマス!」


「お通ししろ!」

僕は声を上げる。

「げ、アリヤ様でアリマスか!?」

この門兵、僕を見て、げ、と言ったな。

「お通ししろと言っている!」

美しい鎧を纏った12歳くらいの少年がアリヤ様と呼ばれるのを聞いて、顔を隠した男の方も驚いている様に見える。

「え、えっと。君は?」

舐められては困る。僕は怒鳴り声を上げた。

「貴様!無礼だな!僕は皇太子アリヤ。次代の帝王たる男だぞ!」

「こ、皇太子!?」


「呪いと言ったな?」

「は、はい。"帝都の呪い"。あなたのお父様、帝王陛下についてのお話です。」

「陛下はお祖父様だ。」

王宮の長い廊下を歩く音。先程の庭園を抜けてやってきたのは、僕と、シノノなる家の当主を名乗る男。

「その呪いの正体を知っているのか?」

「ええ。恐らく。」

「恐らくだと?適当なことを言っていると、首が飛ぶぞ!」

フードの下の男の顔がやや暗くなった気がした。

「首が飛ぶ、ね。」

男は立ち止まった。

「アリヤ殿下。あなたに1番大事なのは自分自身の命ですか?あなたが恐れるのは自らの死だけですか?」

「死が怖くないと?」

僕も立ち止まって振り返った。

「ええ。死ぬつもりもありませんが。」

「・・・まあ良い。それもこれもここで確かめよう。」


僕は丁度目の前で立ち止まったその部屋の、一際豪華な扉を押した。

ぎいいぃぃい。

帝都の中央広場を見下ろせるテラスの手前に、煌びやかな装飾のなされた寝台が見える。

その部屋の中央に位置するベッドの上に横たわる老人こそ。

「こちらが陛下。僕のお祖父様だ。」


「帝都中の医者と呪術師を当たった。」

男はベッドのそばに腰を下ろした。

「やっぱり。」

男はそう言いながら、お祖父様の赤い首飾りを手に取った。数年前から愛用されているものだ。他にも様々な紋章などがかけられている。

「一つ、質問しても宜しいですか?」

「許す。」

立ち上がった男の言葉を僕は許可した。


「あなたはなぜ、先程の庭園にいらしたんでしょう?陛下の、お祖父様の大事というのに。」

「は!僕は第一皇子だぞ?僕の即位も近いぞと思ってな。心も浮かぶさ。」

「しかし・・。ところで、ベッドのここが濡れています。誰かの涙ではありませんかね。」

「な!」

僕は大急ぎでそこを覗き込んだ。が、濡れてなどいないではないか。

「すみません。嘘です。でも、お祖父様を心配されて涙を流したのは、当たりの様ですね。あなたはなんとかそれを隠したかった様ですが。」

ずるい。

「う、嬉し涙さ!」

「ではなぜ、僕を通したのですか?」

男は、見えない瞳で僕を見つめて問い詰めた。僕は一歩後ずさる。

「あなたが本当に、帝王の座に就くことを待ち望んでいるだけなら、あなたに必要なのは陛下が意識不明、という事実だけ。」

もう一歩後ずさるが、男の目線は変わらず僕を射抜く。怪しく、引き込む様な、そんな視線が。

「僕を王族エリアに通したということは、陛下の現在が知りたいということ。心配なんですよね?お祖父様のことが。」

「だ、だって。」

僕の喉から勝手に声が出る。掠れた、弱々しい声。


「だってそんなの、お祖父様が心配だなんて言ったら、恥ずかしいじゃないか・・。」

すると男はニコリと笑った様に見えた。

「自分にも嘘を吐く必要なんてないのに。でもこれで、あなたを信頼できます。」

男はフードを取った。その青年の碧い眼は僕を貫いて離さなかった。

「僕はシノノ・オルタ。あなたに僕の知る全てをお教えします。」


世界が滅ぶまであと33日。

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