第16話 話をしよう

「飽きませんね。あなたも。私からすればもう10回目ですよ?」

「こっちは17回目です。」

ハカセは僕の宝石をちらりと見た。数字は34だ。

ハカセはいつもこの時間、自分の屋敷で待ち構えている。宝石を奪いとるチャンスを狙っているのだろう。

ベネロペはハカセの前に立ちはだかっている。

「ここ数日、あなたのことを調べさせて貰いました。」

基本的にはラトやベルから聞いた情報だ。

今までの僕は相手を知ろうとしていなかったから。

「あなたは昔、宰相の補佐官だったんですよね。しかしその人はある日突然失踪してしまったとか。そのことが無念だったんですよね。」

ハカセは眉一つ動かさない。

「そうだとして、あなたに何が分かるんですか?」

「分かりません。ただ直感的に思ったんです。これが、あなたの戦う理由なんじゃないですか?」


「もしあなたが龍の襲来を予見していたとしたら。あなたはその無念を繰り返さないために、龍を倒そうとしている。大切なものを守り抜くために、その他の全てを犠牲にしてでも。」

大切なもの。例えば亡き主人の息子、とか。

「だとしたら?」

「だとしたら、あなたの目的が生存ではなく龍の討伐なら。龍に殺されることよりも、僕に殺されることよりも、あなたが恐れることがあります。」

僕は首飾りの鎖を掴んで目の前に突き出すと、懐から抜いたナイフをピトリと当てた。

「"銀の結晶"を破壊する、と言ったら。あなたはどうしますか?」


半透明の宝石の向こうにハカセの姿が見える。彼に驚きはなかったが、焦っているようには見えた。

「それなりに宝石に詳しいあなたでも、割ったらどうなるかなんて流石に分からない。」

僕にも分からない。

「ただ少なくとも、二度とループはできないでしょうね。」

ハカセはため息をつく。

「・・・分かりました。5年前のことならお教え・・・」


「でも、しません。」

「は?」

僕はナイフをハカセの方へ滑らせ、宝石を首に掛け直し、ベネロペが急いでナイフを拾うのを確認した。

「な、何を急に。」

「気づいたんです。僕は間違えていた。ついこの間まで僕は、あなたをどう追い詰めるかばかり考えていました。」

ハカセとベネロペがこちらを覗いている。

「違う。僕たちは敵同士じゃない。戦う相手を間違えている!」

「こ、この期に及んで、綺麗事か!!」

「僕たちは手を取り合える。一緒に龍を倒しましょうよ!」

「・・5年前から運命は決まっていた。私がお前を認められない以上、私は!お前を越えなければ進めない。だからお前も私を越えなければ進めない!!」

彼は語気を荒らげていく。

「呪い呪われる運命なんだよ!それを!敵の敵は味方、だなんて正しいだけの言葉で覆せるものか!!お前に何ができる!あの間抜けな男の、間抜けな息子に!」

彼の、アーガマン・ロイリーの人差し指が僕を指す。

「それを、宣言しにきたんです。」

僕はロイリーを見つめて言った。

「僕は、命を差別したくない。だから、例えループする世界だとしても、明日には戻る命だとしても、僕は道のりを尊重したい。救える命は救いたい。ループする過程の、ただの1人の命に至るまで。」

「何を、言って・・」

「不可能なことだって分かってるんだ。でも、気持ちに嘘を吐いたら戻れない。だから、」


「誰も殺さず、誰も見捨てず、そして自分を犠牲にすることもなく。龍を、倒します。」

「ふ、ふふハハハッ、ふ、不可能だ!!!」

僕の言葉が初めて、ロイリーを心から動揺させたようだった。

「私の主人にも無理だった。お前の父親にも無理だった。そして断言する。私にも無理だ!お前にはもっと無理だ!!」

「ええ。僕にもあなたにも無理。そうかもしれない。しかし僕とあなたなら!」

「な!な!・・なぁぁぁああアア!!!」

呻くロイリーに、僕は最後の一言をぶつけた。

「僕の手を取ってくれ!アーガマン・ロイリー!」


「ぐうぅ、・・・デキズリー様・・。私は、間違えたのか?私はどうすれば・・・。」

ロイリーは頭を抱えている。

長い沈黙。

「・・ふ。皮肉なことです。命を削り合った後だからこそ、思えてしまう。あなたと私なら、その不可能に挑めるかも知れない・・・。」

ロイリーは顔を上げた。

「・・・・・約束、してくれるか?龍を倒すと。」

ロイリーの鋭い目が僕を射抜く。

僕は黙って頷いた。

「信じるぞ。シノノ・オルタ。」

僕はもう一度頷いた。


「・・・これは、私の元主人、あなたの言っていた宰相から聞いた限りの話です。」

そうして、ロイリーは語り始めた。

5年前の帝都で何が起きたのか。始まりの物語を。


「・・・あなたの父親の行方は私も知りませんが、大方王宮で幽閉されているのでしょう。"帝都の呪い"なんて話も聞いたことはありません。」

ロイリーは1つ1つ情報を確かめるように辿っていった。

「以上が、私の知る全てです。」

ロイリーはそう話を締めくくった。窓の向こうの空はもう赤くなり始めている。

「今と同じことが、5年前に・・!」

「龍が再び現れた。それが意味するのは、私の主人の永遠の死です。彼女は苦しみながら10万回も命を落とした。だからあなた方のやり方を認めたくなかったんです。」

ロイリーは僕を見つめる。

「もう一度確認します。あなたはあの男とは違う信条を持って、龍を倒すと言った。贄による封印という道を知った今でも、覚悟は変わりませんね?」

「ああ。もちろんだ。ありがとう。ロイリー。」


日没の時刻。僕とロイリーは屋敷の外に出て、城壁の向こうを見つめていた。

「それで、これからどうするつもりですか?」

「呪いの正体を確かめに行く。来てくれるよな?」

その時、西の方の城壁の向こうに、赤黒い鱗の龍が姿を現した。邪神ウルガド。僕らの敵のその名の、その響きを確かめる。

僕は"銀の結晶"をロイリーに突き出した。

「いいえ。私はもう少し何も知らずに日々を過ごしますよ。あなたの邪魔になってはいけませんから。」

龍は街を吹き飛ばしながら行ったり来たりし、ついにはこちらに近づいてくる。

「呪いの正体が分かったら、迎えに来てください。」

僕は頷いた。

「待っていろ。ウルガド。」

僕は父さんとは違う方法で、帝都を救う。

龍の突進が僕達を襲う。

こうして、最後の戦いの幕を開く準備が整った。

この日が、帝都を巻き込むことになる凄絶な戦争の、その始まりだった。

夜を超えて未来のその先へ。


「あと33回」


世界が滅ぶまであと34日。

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