第15話 君はミステリじゃない
「止めろ!」
「あ、相手にする必要はございません!私の命など!」
ベネロペが叫ぶ。
「・・・違和感はもう一つありました。」
ナイフからは力を抜かない。いつでも首を切れるように。
「それこそこの状況。あなたの奇襲ですよ。」
ベネロペが呻き声をあげる。
「ループの度に周囲の人物の行動が変わるというのはよくあることでした。僕の行動に影響されていたのでしょう。しかし、毎日龍を見に来たようなあなたが、ある日突然態度を翻したのには、明確なトリガーがあるハズ。」
ハカセは毅然とした様子を装っている。
突然の奇襲を受けた2回と受けなかった2回。その明確な差。それは・・
「それは、あなたから提示された合言葉でもあった。あなたの本名です。」
「あなたの名前を僕が言ったとき、つまり僕がループをしていると確実に分かった時。それが奇襲のトリガーとなったということは、あなたは明確な敵意を持って、最初からこの宝石を狙っていた。」
僕は深呼吸する。
「父のこと、宝石のこと、龍のこと、あなたは知っているんですよね?だから"金の結晶"の数字がかなり少なくなっていると知っていた。0になっているとまでは知らなくてもね。」
龍という言葉を聞いてもハカセは眉一つ動かさない。やはり、知っている。
「そして恐らく知っている。5年前のことも。」
僕は再びナイフに力を込める。
「教えてくれませんか。5年前の帝都で何が起こったのか、あなたの知る全てを。」
緊張感が場を支配する。
冷たい鉄が場を支配している。
「・・・それで、推理ごっこはオシマイですか?」
ハカセがようやく口を開いた。
「長々と口上を垂れれば戦意喪失するとでも?あなたがループを続ける限り、この世界は宝石で作られた偽物だ。」
少なくとも宝石のことは、知っていたようだ。
「であれば、彼を傷つけたところで無意味です。どうせ明日には元通りだ。」
彼ほど合理的な人間なら、今日この日限りの自分の執事を切り捨てるくらい容易いと?
「いいえ。あなたは言った。見ず知らずの人間に殺されたくなどないと。」
「知らない自分のことは知りませんねえ!」
一歩、ハカセが歩み寄る。
「私はね、死なんかよりも気に食わないんですよ。あなたのその態度が。」
僕の首にかかる宝石を掴み、手に握るナイフを見つめて、アーガマンが言う。
大丈夫。正面から宝石を取られるほどマヌケではない。
「こんなオモチャで、人を支配できると思わないことです。」
そう言うが早いか、ハカセは懐からナイフを抜き取った。刺されるか?違う。
「人伝てに聞いた情報です。宝石は触れている全員をループさせるとか。」
まさか!
ハカセはナイフを自らの喉元に勢いよく突き刺した。
死の気配が宝石を伝って流れ込んでくる。黒いオーラに包まれた時には、僕の意識は途切れていた。
「あと67回」
「はあぁーー。」
カフェのオープン席で僕はため息をついていた。
「幸せが逃げるわよ。」
向かいに座るベルが言う。
「ああ、ごめん。」
忘れていた笑顔を取り戻して、ふと宝石の数字を見やる。41。
あれから25日以上に渡ってハカセの居宅に向かったが、その度に交渉は決裂した。宝石を掴まれてループに巻き込まれた場合もあれば、ベネロペやハカセが自ら死んでしまう場合もあった。ハカセは今までのループの記憶を持っていたり持っていなかったりするわけだ。
ハカセから情報を聞き出さなければ次に進めないと思っていたが、そろそろ見切りをつけなくてはならないだろうか。そう考えていると自然にため息が出る。
「ちょっと。」
今日は息抜き。昨日のハカセはベネロペを連れて逃走してしまった。1日くらい休む日も必要だろう。
「ごめんって。それにしてもこのサンドウィッチ美味しいな。」
「うん。ラトもここの好きだって。」
金は払っても払わなくても問題ないわけだが、一応払っている。理屈では説明できないがなんとなくだ。
「ハカセ・・どうしたら奴を追い詰められるか・・・。」
「ハカセって?ラトの友達の?」
ベルと知り合いだったのか。
「あの2人仲良いよね。何でも、ラトの失踪したお母さんの補佐官をやっていたとか。」
「へ、へえ。そうなのか。」
「追い詰めるとか言ってたけど、仲良くしなきゃ。友達の友達でしょ。」
「そ、そうだ・・な・・・?」
その時僕の頭にある考えが浮かんだ。
ガタリ。席を立つ。
「ありがとう!ベル!ごめん!ちょっと急用!」
「え、なになに?」
僕はベルに背を向けて走りだした。
世界が滅ぶまであと42日。
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