第12話 友情も努力も勝利もない旅立ち
「龍は、なぜ毎日決まった時間に現れるのでしょう?」
いつものように目を細めて、ジラが問う。
午前10時。帝都壁外の南西にあたる草原。帝都を守るべき兵士たちが大量に動員されて何やら作業をしている。
「地面を掘らせています。」
「っ・・!そうか!眠っている龍を掘り起こして正体を探るんだな。」
俺、シノノ・オーディンは目を輝かせて言った。
「眠っている・・ね。ああ、それから。」
ジラは"金の結晶"を差し出した。
「これ、お返しします。」
数字は27。大分減った。
「な、なんでだ?まだ持っててくれても。」
ジラは目を見開いて、階段状に掘られていく地面の底を見つめた。
「今日。決着を付けるからです。」
俺は我が家へと急ぐ。
「今日決着を付ける以上、後戻りは出来ないかもしれません。」
ジラの言葉が蘇る。
「あなたには、守るべき相手と、その方法があるはずです。」
決着を付けるだなんて、どうやって?その疑問を振り払って俺は玄関の戸に手をかけた。
ガチャリ。
「あ!父さんおかえり。仕事ってのは終わったの?安息曜日なのに大変だね。」
我が子の顔を見ると心と顔が綻ぶ。
「ああ、すまない。この後またすぐに出なきゃいけないんだ。」
オルタはキョトンとした顔をしている。その間に俺は寝室へと急ぎ、緑色の宝石を取ってきた。
「オルタ。よく聞け。今日の間ずっとこの宝石を握りしめておいてくれるか?」
「いいけど、なんで?」
宝石の鎖を首にかける。俺は質問には応えなかった。
「俺が戻るまで、その宝石を片時も肌身離すな。」
オルタはただ頷いた。
緑の宝石、"銀の結晶"は100という数字を刻みながら、息子の胸で輝いている。
俺はそれを確認するや、再び龍の穴目掛けて駆け出していた。
・・あの時質問に応えていれば。
・・あの時、我が子の顔をもっと目に焼き付けておけば・・・。
午後5時。例の平原。タイムリミットが迫っている。強風に髪が持っていかれる。
穴は開通するのだろうか。同じ疑念が兵士たちにも湧いているようで士気が下がっているのを感じる。
「現国戦争、知っていますね。」
ジラが語りかけてくる。その顔に焦りは感じられない。
「ああ。ウルガドはその時の邪神の名前だって話だったな。でもそれが、なんで今更100年も経って復活したんだよ。」
分からないことが多すぎる。
「・・建国戦争の伝承を思い出してください。」
ジラは何気ない口調で言葉を紡いでいった。
今から100年以上前、邪神ウルガドは現在の帝国の範囲をも超える広大な領域を血で染め上げた。
人間たちは神に挑み、そして為す術なく命を落としていった。死体の山の中でひっそりと息を潜めた人間たちだけが8ヶ月に渡る戦争、いや地獄を生き抜いた。
贄を寄越せ。贄を寄越せ。
神の託宣に応えるべく、1人の若者がウルガドと契りを結んだ。
邪神の空腹を満たすため、英雄は「各地からかき集めた180万の死体」と「彼の国の地下に繋がれた10万の生きた囚人」とを捧げ、地下深くの洞窟に隔離したのだ。
「・・・彼はウルガドを封印した洞窟の上に建国を宣言した。邪神に苦しめられたいくつもの国を束ねた広大な帝国を。ウルガドの手によって文明は後退したものの、その統治は彼の子孫に受け継がれ、100年間続いてきた。」
「それじゃあ、龍が毎日同じ時間に現れるのは眠っていたのではなく・・」
その時だった。
「あったぞ!空洞だ!!」
歓声が上がる。
午後5時10分。例の洞窟を発見したのだ。
ジラは落ち着いた態度でその穴目掛けて歩いていく。俺もその後に続いた。2人で空洞を覗き込む。
穴は深く、底は見えない。しかし何かが、暗闇の中で光を反射した。
「何かが、動いている?」
「ええ。龍の姿をした邪神は、眠っていたのではありません。100年の時を一睡もせず、ただ食べていた。200万体もの贄を。」
ジラが語る。
「そして出てきたのです。食い終わったから出てきた。次の贄を求めて。」
寒気が走る。今も龍は人を食っているということか。恐らくは最後の1人を。
「そ、それなら食事をしている今、奇襲を仕掛けるのか!?」
ジラは決着を付けると言った。
「いいえ。100年前と同じ方法で封じ込めます。」
「100年前?また200万人もの生贄を用意するってのか!」
「いえ、これはあくまで時間稼ぎ。10万人分程度の贄を用意すればひとまずループは抜け出せるでしょう。」
10万人分程度?10万人分って・・・。
70日前の己の言葉が蘇る。
「いっそ建国戦争の時みたいに、供物で地震が治るなら明確で良いんだがな・・」
冷や汗が流れる。
「こうするのが最善なんです。」
ジラの声が遠く聞こえる。その左目には「99834」という数字が光っている。
「・・・オーディン。君のおかげで、私は強くなれた。」
そんな。いやだ。
「あとは頼みましたよ。オーディン。」
「ジラーーーッッッッ!!!」
ジラは力を抜き、姿勢を前に傾けると、
穴に向かって真っ逆さまに落ちて行った。
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