第4話 この男触れるべからず

「また来ましたよ。ハカセさん。いえ。アーガマン・ロイリーさん。」

これは自分とハカセの合言葉だった。ハカセの本名。ハカセとの談合はこれで3度目だ。


「へえ。ループする1日ですか。きっと毎日私に説明してくれているんでしょう。すみませんね。」

ハカセの予想通り宝石の数字は1日ずつ減っていた。現在は89だ。


「ではその宝石というのを見せてください。」

差し出された手に、僕は宝石を手渡した。

「ありがとうございます。綺麗ですねえ。それにしてもこの数字がゼロになったらどうなるんでしょうね。」

電撃が走った。この3日間、考えたこともなかった。これがループの残り回数なら90日後にはゼロになる。もう復活できない?死んでしまうのか?

「今アナタはこう考えましたね。死んでしまいたくない。しかし考えたことはありませんか。あなたは毎回記憶を引き継げますが、我々は龍に殺されたら記憶を失う。それは死ぬのと同じです。自分の悩みがおこがましいものだと思いませんか?」

「それは・・どういう?」

「私は殺されたくありません。謎の龍にも、謎の宝石にも、謎の男、あなたにも。」

「だからどういう・・」


「宝石は私が貰います。」

「なっ!」

「この宝石によると、残機は89。その間に私が謎を解き、龍を倒して見せましょう。それまでアナタは・・・」


「89回死んでください。」


僕は飛びかかって宝石を取り返そうとしたが背後からの手刀で倒れた。執事だ。

「牢にお連れしてください。」

「畏まりました。旦那様。」

「安心してください。オルタさん。日没を迎えれば何もかも忘れて、気づけばベッドの上です。今度は宝石も記憶も失っているでしょうがね。」


あれから何時間気絶していただろうか。ハカセの家を訪れたのは午後1時くらいのこと。日没まで時間がない。

目覚めたのは地下牢と思わしき場所だったが、格子は腐食していて簡単に破壊できた。しかし地下は入り組んでいて簡単には戻れなさそうだ。

「あの宝石を渡してしまったらどうなるか分からない。恐らく・・・」

待っているのは死。ハカセのところに、地上に戻らなければ。


「どうやって脱出されたのです?」

背後だ。空気がピリつく。

「夜を超えて。未来のその先へ。」

呟きが、緊張感を加速する。

瞬間、左足を振り上げて回し蹴り。執事は右手で掴んでグルンと手首を捻った。体が回転。地面に追突しそうになりながら右足で相手の顎に一撃。僕は受け身をとり、執事は顎を抱えて後ずさった。

「旦那様のところへはいらっしゃれませんよ。」

「敬語をやめろ!気持ち悪い!」

執事が刀を抜いた。こちらは丸腰だ。

「逃げろっ!」

執事は追って来なかった。

「ですから。旦那様のところへはいらっしゃれません。」

上に続く階段。急げ。日没まであとどのくらいだ?地上の光だ!

「タイムオーバーです。」

執事の声は聞こえない。

「ここは・・・」

見渡す限りの草原。振り返ると真っ直ぐに続く壁。

「城壁の外!?」

刹那。龍の出現。地面の崩落。落下。落下。落下。


僕は闇に包まれた。

父の声は、聞こえない。


世界が滅ぶまであと89日。

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