第一部 龍と宝石編
第1話 イミテイティブ・デイ
跳ねるように目を覚ました僕は真っ先に首下を確かめた。良かった。宝石はある。そこは自分の寝室だった。
「夢・・・?」
体には出血をしたような痕跡はないし、つい先ほどまでの全身の痛みが現実だったと確信させる根拠は何一つなかった。
「痛い夢なんていやだなあ。」
その日は8月3日、礼拝曜日で、夢での1日と同じだった。礼拝曜日だけあって広場には人が集まり帝都グランは活気に満ちていた。
僕と言えばいつも通り昼食をとった後の午後2時、広場で待ち合わせをしていた。
「やあやあ。オルタくん!」
「なんだよその口調。」
「敬虔な信徒のオルタくんにつきあってやらなくもないってんのよ。感謝してよね。」
やってきた彼女は僕の恋人で、普段礼拝には来ないそうだ。今週は僕が礼拝に誘った。
「お前がいい加減なんだよ。ベル。」
「あは、それもそうだね。」
幼馴染のベルはいつもの口調に戻って頷いた。なんだか聞いたことのある気がするやりとりだった。
帝都グランは2重の壁に囲まれた街だ。内側の城壁の中に王族が、外側の壁との間に貴族や聖職者、役人が住んでいる。中心部の王族エリアから放射状に広い大通りが伸びていて、南西地区は特に通りが広い。因みにシノノ家の当主、オルタとアーリー家の次女、ベルは将来を約束した仲だ。
あれから1時間弱。南西地区の広場。
「お祈りしたらなんかスッキリした。」
「そりゃそうだ。分かったら来週からは礼拝に来るんだぞ。」
このやりとりの間、僕はなんとも言えない違和感を感じていた。彼女との礼拝は初めての筈なのに。既視感・・・
この日、どこかで見たようなことを何度か見た。どこかで聞いたようなことを何度も聞いた。どこだ?どこで見た?どこで聞いた?
その時気づいたのだった。夢だ。昨日の夢。所々違うところもあったけれど大筋は同じ。
午後4時。あれが起きた日没の時間まで30分間・・・あれが正夢なら30分後に・・・
「大地震が来る。」
「え?」
立ち止まった僕を振り返る彼女。
「ジシン?ジシンって、地震?」
「そうだ!日の入りの時間、大地震が来るかもしれない!屋内は危険だ!」
「そんなこと言ったってここらで大地震なんて。地震と言ったらもっと西の方でしょう?」
「とにかく大通りに出よう。遮蔽物のないところに。来てくれ!ベル!」
街は休日の夕方らしい賑やかさに満ちていた。その中を駆けていく2人。
「ね、ねえ!オルタってば!」
ベルの声だ。
「そろそろ日没だよ。やっぱり地震なんて・・・」
「連れ回してすまない。でも、もしもの為だ。分かってくれ!」
大通りに出たときちょうど、通りの人々がどよめき出す。
「ね、ねえ。オルタ・・」
「だから!」
「ちがう。あれ。見て。」
城壁の向こうにいたそれは、
龍と呼ぶべきものだった。
太陽が城壁に沈んだ瞬間、長い体と赤黒い鱗を持ったそれが巨大な雄叫びをあげ、城壁に突入した。壁を貫通し、地面を貫通し。龍は地響きを起こしながら突進してきた。
「地震じゃなかった・・」
大通りの広さをも凌駕する巨大な龍がベルの方向に向かってきたとき、僕は彼女の前に立ちはだかったが、次の瞬間。
今度は痛みもなく意識が闇に吸い込まれた。
「あと98回」
世界が滅ぶまであと99日。
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