第43話 王前裁判襲撃
王前裁判の日となった。
ワネは牢屋を出されるとまずは全身を洗われた。王の前に行くのに今のままではあまりに汚いからだ。洗い終わったら白装束に着替えさせられた。
「今から2時間後だ。自分のしたことをしっかり噛みしめて、国王に謝罪しろ」
ワネの見張り番をしていた兵士が吐き捨てるように言い、部屋から出ていった。
ポエン国の王は代々暴君が続いてきたが、今代の王も例外ではないと言われている。そんな男が罪人に必ずお目通しをする理由は「罪人とて国民なのだから」という信念によるものだとされているが、実際は死ぬ直前の人間の表情を見るのが好きだから、とロンドルに教えてもらったことがある。
あの時は自分がその対象者になるとは夢にも思ってなかった。
王室お目通し部屋に通された。
部屋の周りをびっしりと兵士が並んでいて壁がほとんど見えない状況だった。
部屋の中央に跪いた。それからかなりの時間を経過した。
やがて「王のお成り!」と声が響き、部屋の空気が張り詰めた。
扉の開けられる音がしたがワネは顔を上げることが許されておらず、足音だけが聞こえる。
やがて足音が止まり、「ワネ」と名前を呼ばれた。その声には威厳があり深みがあり、そして残虐さを感じた。
「ワネ」黙っているともう一度呼ばれた。
「おい!返事をせぬか!」誰かに怒鳴られたので「はい」と返事をした。
「お主は誰に頼まれて余を殺そうとしたのか。それともお主自身の怨恨によるものか」
この国の王が自分なんかに声をかけている。にわかには信じがたく、こんな状況なのがこの上なく無念だった。
「答えられぬか。ならばこのまま斬首決行となるぞ」
王の言葉に微かに愉悦の響きを感じられた。もはや何を訴えても無駄だろう。
とにかく今の自分にできることは、妹の未来が閉ざさないことだ。
ワネは意志を固めた。
「申し訳ございません、今回の件はすべて自分の単独による・・・」
ガタン、と大きな音がした。
「ちょっと待ったぁ!」
直後に元気な声がワネの自白を遮った。聞き覚えのある声に思わず顔を上げた。
「ワネ、何日も留守にして何してるんだ!寂しかったじゃないか!」
そこには顔を包帯でグルグル巻きにした小柄な不審者がいた。そしてその後ろには妙齢の女性と仮面を付けた男がワネを見据えていた。あの女性はヴォンで、仮面は・・・ロンドルなのか!?包帯は、キトだろうな。
「なんだ貴様達は!どなたの前と心得る!」ベッチャ大尉が3人を怒鳴りつけた。
「外の兵隊達は何をやっているんだ!?早くそいつ等を連れ出せ!」
大尉の命令に5人の兵士が反応して3人に飛びかかった。妙齢の女性が前に出て、包帯と仮面を一歩後ろに下がらせた。そして掴みかかってきた兵士が順番に宙を舞わせ、壁や床に叩きつけた。
側近の1人が国王のもとに駆け寄って他の部屋に避難させようとした。それに向かって包帯が言い放った。
「この国の王よ。今回の暗殺騒動の真相を知りたいのならこの場にとどまりたまえ。君には一切危害を与えないことを約束する」
側近に背中を押されていた国王が足を止めた。
「王、どうされました!早く行きましょう!」
国王は側近の言葉に反応を示さず、包帯に顔を向けた。
「余の暗殺騒動の真相が本当に知れるのか」
「少なくとも、そこにいるワネではないことだけは証明するつもりだよ」
「分かった。見届けよう」
国王は体を反転すると先ほどまで座っていた椅子まで戻って腰を下ろした。
「な、何をしておるのですか!王に何かあったら・・・」
側近が慌てて説得しようとするがそれを国王は手で制した。
「大丈夫だ。しかし今回の犯人があの男でなかった場合、余の危険は今後も続くということだろう。ならば今この場で、全てを見届けたい。王としての権利を行使する」
側近は一瞬言葉に詰まったのちに「それでは私も隣に付き添わせていただきます」と言った。
包帯はその一部始終を見届けてから、ワネに身体を向けて指さした。
「その男を連れていていく。一切の異論は認めない!」
そう言うと包帯はズカズカと部屋の真ん中を横断してワネのもとに向かってきた。
「ふざけたこと抜かすな!者ども、引っ捕らえろ!」
ベッチャ大尉が吠えた。その場にいた兵士が剣を抜くと、それに反応したように妙齢女性が前に出た。その姿が一瞬にして変わり、大型の獣の姿になった。5日ぶりに見るヴォンの姿だった。
兵士が一斉にたじろぐ。「化け物だ!」
「何をしてる!はやく殺せぇ!」ベッチャ大尉が叫んだ。それに反応した2人の兵士が斬りかかったが、一瞬で壁に吹き飛ばされた。
ヴォンがゆっくりと舌なめずりをした。
「ここからは容赦しない、斬りかかってくる者は八つ裂きにする。その覚悟が決まった者から来るように」
重く、部屋全体の空気を振るわすような声だった。この時点でほぼ全員の兵士の心が折れたようだった。
ヴォンがベッチャ大尉を睨んだ。それだけで軍事部最高責任者はその場に座り込んでしまった。腰が抜けたようだ。
「いるんだろう?」
ヴォンがベッチャ大尉に問いかけた。大尉は意味が分からない様子で怪訝な表情を見せた。
「ワタシと同じ種族がいるはずだ。早く連れてこい」
ヴォンの挑発するような物言いにベッチャは逡巡の表情を見せてから、近くの兵士に向かって叫んだ。
「トロッツを連れてこい!」
慌てて室外に出ていった兵士が小柄な男を連れて戻ってきた。表情に影があり、とても強そうには見えない男だった。彼はヴォンをチラリと見て、口角を微かに上げたように見えた。
男はベッチャ大尉に顔を向けた。
「・・・あいつを倒すんでスヨネ?そしたら本身を出さなきゃ無理けど、・・・イイノ?」
「かまわん!何でもいいから奴を殺せ!」大尉が怒鳴った。
「はいハーイ」小馬鹿にしたような返事をした男の姿が一瞬で変わった。
そこには巨体に鷲の頭が乗った化け物が立っていた。彼を連れてきた兵士が「ひえぇ!」と短く叫んでその場に尻もちをついた。
トロッツがヴォンを見定めるように全身を視線を走らせた。
「見覚えのない顔ダ。下級戦士ダ?俺は精鋭隊にイタ。この意味が分かルヨナ?」
ヴォンが頷く。「ああ分かる。精鋭隊にいた兵士が今ここにいる。それはあの日に逃げた腰抜けということだろう。今日は逃がさないように気をつけよう」
突然トロッツが突進してヴォンに体当たりをした。ヴォンは吹き飛んで壁に激突した。部屋全体が揺れて四方の壁にヒビが入り、ヴォンが当たった部分は大穴が空いた。
「口の聞き方に気をつケロヨ?」トロッツが倒れているヴォンに吐き捨てた。まだ起き上がってくる様子はない。ベッチャ大尉が歓喜の声をあげた。
「いいぞトロッツ!さすがだ!さっさとトドメをさすんだ!」
しかしトロッツは大尉の声を無視して包帯に目を向けた。
「お前も本身になったらどウダ?お前は精鋭隊の兵士なンダロ?いい勝負が出来そウダ」
「どうしてそう思うんだい?」包帯の質問にトロッツは得意げな表情をした。
「こいつが擬態してたんだからお前の姿も擬態だろ。それともその姿のまま俺と闘りあうつモリカ?」
「別に正体を見せてもかまわないけど、そしたら君はそこの兵士くんみたいに腰を抜かして泣きながら命乞いをすることになると思うよ」
ホウ、と鷲の表情が険しくなった。あからさまな挑発と受け取ったのだろう。
「おもしロイ、是非とも拝見させてもラオウ」
一つため息をついて、包帯をときはじめた。
包帯の下から出てきたのは、普通の少女の顔だった。固唾を飲んでみていた兵士たちが拍子抜けした表情を浮かべた。大柄な化け物にでもなると想像していたのだろう。ポエン国の王も不思議そうな顔をしている。その中で一人、顔色を変えた者がいた。
「あ、あ、ア・・・・」
トロッツだった。鷲の目は何度も瞬きを繰り返して分かりやすくオロオロしている。
「トロッツ、どうしたんだ?」
ベッチャ大尉が声をかけても返事をしないでブツブツと何かつぶやいている。
「ウソだろ・・・そんなバカな、ありエネェ・・・何かの間違イダ・・・・・」
そんなことをつぶやいている。いつの間にかヴォンが壁の残骸から身体を起こしてキトに目を向けた。
キトが目配せをするとヴォンは頷いてその場で様子を見守ることにしたようだ。
キトがトロッツを見つめて小さく咳払いをした。それだけで鷲の兵士はビクッと肩を震わせた。
「トロッツ、と言ったか」
キトがトロッツに話しかけた。普段話している時とまるで違う。以前、ヴォンに本気で怒ったふりをした時の口調だ。
「はい、トロッツと申しマス!!」
トロッツは慌てた様子でその場に膝まづいて、クチバシを床に突き刺す勢いで頭を下げた。
「我のことは知っているな?」
もちろんでござイマス!と叫んだ。
「ミカバラ国王女、キト様にてございマス!お会いできて光栄でござイマス!」声が震えている。感動からくる震えではないのがありありと分かる。
「そう思っているなら、今から訊くことに嘘偽りなく答えよ」
「はい!命に代えても嘘偽りは申しまセン」とトロッツが叫ぶように言った。
その時「うわっ!」と部屋の端から小さな悲鳴が聞こえた。見ると仮面の男がベッチャ大尉の腕を掴み逆関節に捻り上げていた。その足もとには銃が落ちている。
「大尉、余計なことはしないようお願いします」
やっぱりロンドルの声だった。
「誰だか知らぬが、私にこんな真似をして、あとでどうなるか分かっているのだろうな・・・」
ベッチャが精一杯の虚勢を張ったがすぐに顔を歪めた。
「痛い痛い痛い!やめてくれ」
ロンドルが彼の腕を強く捻ったようだ。
ヴォンが2人のもとにいって落ちている銃を拾いあげると、グシャリと握りつぶした。まるでセミの抜け殻をつぶすような動作だった。
キトはそのやりとりを見ていたが、すぐにトロッツに視線を戻した。
「そこにいるワネが起こしたとされるポエン国王暗殺未遂事件について、知っていることをすべて話せ」
はイ、頷いてトロッツが話し始めた。
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