第38話 王国軍からの手紙


 その日もロンドルはいつも通りやってきたが、普段と違って荷台には大きな荷物が積まれている。



「あれ?その荷物はなに?」ワネが訊くとロンドルは渋い表情を浮かべた。



「今日は十日に一度の配給日だよ。忘れないでくれよ。それとは別に手紙みたいなのも持ってきたぞ」



「手紙?サーキから?」



 ワネが聞きかえしたところで、ロンドルの愛馬モココがブルルブルルとわななき始めた。早く荷台のヒモを外せという意志表示だ。外してやると、一度全身を振るわせてから、さっさと茂みの中に入っていった。あの辺りにお気に入りの草が生えているようだ。



 ロンドルは荷物の中に手をいれて白い封筒を出してきた。



「さっき言ってた手紙、これな」



 受け取ると厚手のしっかりした紙を使われている。ワネには何の手紙か、すぐに察しがついた。

 昨年の記憶が蘇り、心が重たくなった。



 「ワネ、大丈夫か」表情の変化に気づいたロンドルが訊いてきた。

よほど陰鬱な表情をしていたのだろう。ちょうど防魔鏡から出てきたキトとヴォンが、こちらにやってくるのが見えた。



 ※ ※ ※



「査定大会?」キトとヴォンがほぼ同時に声を上げた。



「うん」とワネは出来るだけ素っ気ない口調で返事した。



「明日、年に一度開催される剣身術の大会があって、王国軍の上位二十名で一位を争うんだ。それに僕も出るように書かれている」



「すごいじゃないか!君がそんなに強いとは思ってなかったよ!それにしても明日とは急だな」 キトが明るい声を出した。



「まぁ、ね」ワネが暗い声を返した。



「どうした?なぜ喜ばない?」キトが不思議そうな表情をつくった。



「軍の見せしめだよ」ロンドルが吐き捨てるように言った。



「どういうこと?」



 キトが訊いた。最近はワネの通訳なしでロンドルの言葉を理解できるようになっている。



 ロンドルがワネに視線を送った。話していいのか、という意志確認だ。この大会でのワネの扱いの理由については、前にロンドルに話している。ワネが頷いて了承の意を伝えた。




「ワネはみんなの前でボコボコにされるために招待されてるんだ」



「はぁ?どういうことだ?」


 キトが驚いた表情でワネとロンドルを交互に視線を動かす。



「こいつの親父が、ポエン国に多大な被害をもたらしたんだとよ。その罰を息子が今でもこいう形で受けているんだ」



「なんだそれは!」キトが怒りの声を上げた。



「父親が重罪を犯したとしても、それを息子が償わなければいけないなんて、バカにもほどがあるぞ!許せない、本気で許せない・・・」



 キトの怒りは簡単に収まりそうにない。



「それで、お前の父はどんな罪を犯したんだ?」ヴォンが冷静な口調で訊いた。



「父もポエン国軍に仕えていたんだけど、他国に情報を流してたらしいんだ」



「それは確かなことなのか?」キトが訊いてきたが、ワネは首を横に振るしかなかった。



「僕が子供の頃の話だし、軍を懲戒されたあとの父親は家でずっと酒を飲んでたから分からないんだ」




 ロンドルが小さく手を挙げた。



「昨年ワネから話を聞いたあとに俺なりに調べたんだけど、おそらくこいつの親父は無実だ」



「そうなのか?」キトが一番大きな反応をした。ロンドルが頷いて話を続ける。



「ワネの親父は二十年前、兵長の筆頭だった」



「へぇ、すごいじゃないか!」キトが大げさに喜んだ。



「そして次席がベッチャ、今の軍事部大尉だ」



 ワネの手の平に汗が滲んだ。自分をここに入れた張本人だ。彼は父のことを『親友』と言っていたのを思い出した。



「集めた情報を見る限り、このベッチャ大尉がワネの親父を陥れた可能性が高い」



「証拠はあるのか?」ヴォンが訊くとロンドルはあっさりと顔を横に振った。



「状況証拠だけだな。ベッチャ大尉はずっとワネの親父に勝てなくて、何か陥れるネタがないか探し回っていようだ。そして偶然、ワネの親父が知り合いに頼まれて剣身術を他国の子供達に教えていたのを聞いて、それでスパイにでっち上げたらしい」



「あ・・・」確かに王国軍を辞める前の父は、剣身術を広めるために頼まれたらどこにでも出向いて教えていた。



『お前にももうすぐ剣身術を教えてやるからな、ワネ』

 酒に溺れる前の父の笑顔を思いだした。



「許すまじ、ベッチャ大尉・・・」



 キトが一人で怒りの炎を燃やすなか、ヴォンは冷静な口調で言った。



「それにしても、よくそんなことを調べることができたな」



「ああ、俺の親父がポエン国の有権者でよ。そのツテを利用したんだ。なにしろ二十年前の出来事だし、みんな口は軽くなってたよ」



 ロンドルは何でもないことのように言った。



「しかし、ライバルを失墜させただけじゃ飽きたらず、その息子まで笑いものにしようとするなんて、ベッチャという男の執念深さは尋常じゃないな」



 ヴォンが感心したような呆れたような口調で言った。ちなみヴォンもいつの間にかポエン語を習得していて、ロンドルと普通に話せるようになっていた。




「ワネ!君はどうしてそんな馬鹿げた行事に素直に参加するんだ!?辞退すればいいじゃないか!」




 先ほどから怒りっぱなしのキトがワネに矛先を向けた。



 いや、とワネは首を横に振った。



「僕には幼い妹がいて、軍の施設に預かってもらっているんだ。僕が軍の意向に逆らって、万が一除隊されたりしたら、妹が施設から追い出されて路頭に迷ってしまうんだ」



 むぅ、とロンドルが腕組みをしながら表情を歪めた。



「俺は昨年、こいつが査定試合に出てるのを観客席で観ていた。どうして殴られるのを分かってて試合に出てるのか理解できなかったけど、そういうことだったのか。虫酸が走るな・・・」



「事情は全て分かれば話は簡単だ。ワネ、君の妹をここに連れてこい!我達でが養ってやるから。だから査定大会とやらには参加するな、無視すればいい!」



「いや」



 否定の言葉を発したのヴォンだった。キトがギロリと睨みつけた。



「ヴォン、今『いや』て言ったよね?我の発案に文句があるというのかい?是非とも聞かせてほしいな!」



 ケンカ腰のキトを見てヴォンは少し困った様子で「いや、違う違う」と顔の前で手を振った。



「ワネの妹をここに連れてくるのに文句はない。ワタシが異議を唱えたのは、試合を放棄しろと言ったことについてだ」



「それの何がダメなんだい」キトが食い下がる。



「出ればいい」あっさりした口調で、ハッキリと言い切った。



「え!?」キトも虚をつかれたような表情をしている。



「姫、どうして忘れているんだ、ワネは皇実を摂取してるんだぞ?」



「ああ、そうだった!食ってるじゃん・・・」


 キトは表情をパッと明るくさせて、ワネに向いた。



「ワネ、絶対に試合に出るんだ。ベッチャという奴ををギャフンと言わせてやるがいい!」



「いや、僕は体も小さいし、剣み術もちゃんと習ったことないからギャフンは無理だよ・・・」



「そうか、それなら仕方ない」とキトが頷いてからヴォンに目を向けた。



「ヴォン、思い知らせてやれ」



 ヴォンは軽く頷いてから、背負っていた刀を抜いた。刀身を初めて見た。



「え、ちょっと、何をする気なんだ?」



 焦るワネに対してヴォンは刀をゆっくりと振りかぶると、そのまま斬りかかってきた。



「うわあぁぁ!」間一髪避けた。追撃は来ない。体勢を立て直してキトとヴォンを睨みつけた。



「急に何をするんだ!危ないじゃないか!」



 ワネの苦情を、キトとヴォンはニヤニヤしながら聞いている。



「ワネ、今の一撃の速さを忘れるなよ」ヴォンが言った。



「不意打ちしたくせに何を言ってるんだ」



「査定大会は大丈夫だと言ってるんだ!」



 キトがイタズラッ子のような表情で言った。



「大丈夫って何がだよ」



 あまりの他人事な言いぐさに少し腹が立った。しかしキトは気にする様子もなく両手を広げた。



「長年不当な扱いを受けてきた英雄の息子よ、明日からは存分に日の下で肩で風を切り、大股で大地を踏みしめるが良い!このミカバラ王国次期王が許してしんぜよう!」



「・・・・何言ってるの?」



「どうだい?我の威厳を感じて、試合への気持ちが高ぶっただろう?」



「ああ、はいはい、おかげさまで明日の試合には勝てそうな気がしてきたよ」



 今日はもう早く休もうと思って小屋に向かおうとした時、「ワネ」背後から呼ばれた。ヴォンだ。



「姫の言葉を信じていい。皆から笑いものにされるのは今日が最後だ。大丈夫、お主は強い。私が約束する」



 ヴォンの言葉には不思議な説得力を感じた。


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