第37話 穏やかな日々

  

 それからはワネとキトとヴォンは毎日、防魔鏡の前で集まるようになった。


 ロンドルも配給以外の日もほぼ毎日来ている。



 配給日以外は山道を通れない規則らしく、反対側から馬に乗ってやってきた。



 ロンドル曰く「前任の配給員から教わった秘密の通路」を使ったらしい。

荷台は軍の所有物で十日に一度しか持ち出せないが、馬だけはロンドルの所有しているらしく【モココ】と名付けて可愛がっていた。 



 最初の頃はワネの小屋に集まっていたけど、やがて防魔鏡の前の広場に集まるようになった。 



ヴォンの身体がワネの小屋の入り口を通れなかったことが理由だった。



 ロンドルとキトやる気をみなぎらせながらお互いの言葉を教え合っていたが、ヴォンは「護衛には必要ない」と言って会話学習には参加せず、その間は離れた場所で一人で身体を鍛えていた。



 ちょうどその頃から鼬熊を見かけなくなったので、訓練中のヴォンを見て恐れをなして他の山に移ったのかもしれない。



 ポエン国とミカバラ国の両方の言葉を理解できるワネは二人の間に座って通訳をしていたが、いったい自分の頭の中はどうなっているのだろう、と不思議に思った。キトがロンドルにミカバラ語を教えてる時はロンドルの話すミカバラ語ははカタコトに聞こえて、逆の時はキトの話すポエン語が片言に聞こえるからだ。キトはロンドルの粗暴なポエン語を着実に習得していった。



 会話学習が終わったあとは各々のんびりと過ごしていた。



 一ヶ月過ぎてもキトとヴォンが町に下りる様子がないので、気になって訊いたことがあった。



「考えてみたら今いっても我達の言葉は通じないしね。ポエン語を完全に話せるようになってから行くよ」



 ロンドル仕込みのポエン語で国王と接見することに一抹の不安を覚えたが、何も言わないでおいた。



 ※ ※ ※



 ロンドルが配給以外の日にも食料を持ってくるようになった。本人曰く



「食料庫からこっそり持ち出している」



 とのことだった。そんなことをして大丈夫なのか心配したが



「俺は親のコネ入隊だし、何も期待されてねぇから問題なし」とのことだった。




 皮肉なことに十日に一度の正規の食料よりも豪華なものが多かった。



 サーキにも食べさせてやりたいな、と思いながら口に運んだ。



 ロンドルへのお返しとばかりに、キトとヴォンがミカバラ国から果物を持ってくれるようになった。どれも甘くてみずみずしくて、ワネが今まで味わったことがないほどの美味しさだった。



 初めて会った時に干し肉と雑草の雑炊を食べさせた事を今さらながら後悔した。さぞかしまずかったことだろう。何かの折にそれを訊いてみたところ、キトは勢いよく首を振った。



「とんでもない。一人ぼっちで孤独で、獣にも追いかけられてもう駄目だと思った時に助けてもらって、そこで振る舞われたあの雑炊は我の人生に於いても格別の味だった」



「そうか、それならよかったけど」



「ああ、いつかこの山に誰かやってきたら我もあの雑炊を振る舞ってやろうと思ってる!」



「いや、絶対それ迷惑だからやめた方がいいと思う」


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