第39話 査定試合


 査定試合はポエン国立闘技場で行われる。この催しは年一度の兵士の強さを査定する場なので一般開放はなく、客席にいるのは軍の幹部と、選手として選ばれなかった兵士のみだ。



 ※ ※ ※



 集合時刻となった。闘技場の中央に出場兵士二十名が整列した。



 ワネは右端だったが一人だけずば抜けて体型が小さくて貧相だった。客席からクスクスと笑い声が漏れたは、ワネを見てのものだろう。



 やがて開始時刻となり、闘技場に銅鑼ドラが打ち鳴らされた。



 開会式が始まった。大会統括者としてベッチャ大尉が姿を現した。




 巨大な体で闘技場を大股で闊歩して、出場兵士達の真正面で立ち止まり、客席をぐるりと見回した。




「誇り高き我が精鋭達よ!毎日の軍務、ご苦労である!今日は日頃の訓練の成果を存分に発揮し、精度の高い闘いを見せてもらうことを期待する!前大会同様、くれぐれも怪我をしないように!」




 大尉の言葉を聞いてワネは気分が悪くなった。昨年も同じこと言いながらワネは右腕骨折の大怪我を負わされたのだ。



 試合が始まった。



 模擬試合と言ってもろくに防具を着けずに木刀で戦うのだから当たりどころによっては流血もするし骨折もする。ワネの試合までにすでに二人の兵士が頭部からの出血で負けが宣告された。



 ワネの試合は八試合目で、七試合目が始まった時に係員から木刀が手渡された。



 嫌でも昨年の出来事を思い出してしまう。あの時は頑張ろうとしてしまったために大怪我を負った。今回はあまり無理をしないで、早めに倒れるつもりでいた。そう決めると、多少は気持ちが楽になった。



 しばらくして七試合目の決着がついた。



 ワネの出番だ。


 

 闘技場に入ろうとしたら、会場係に止められた。何事かと思っているとベッチャ大尉が再び闘技場に姿を現した。ざわついている客席を見回してから息を吸った。



「皆の者、静粛に!」



 その一言で闘技場は静まった。



「次の試合に出てくるのは、我がポエン王国の歴史を語る上で、避けては通れない罪人、ゴラトの息子である!」



 静かになっていた客席が再びざわつき始めた。ベッチャ大尉はその状況をしばらく放置している。楽しんでいるのがありありと分かる。



 ある程度してから「静粛に!」と声を張り上げた。それほど静かにならなかったが、かまわず続きを話し始めた。



「もちろん父の犯した罪は子には関係ない。しかし兵士ワネは、父の犯した過ちを誰よりも重く受け止めて、罪滅ぼしのためにこの大会に立候補してきた!彼の心意気をしかと見届けるように!」



 ベッチャ大尉の言葉に客席がワッと湧いた。



 ワネはうんざりした。前回はこんなパフォーマンスはなかった。とことん自分を笑いものにするつもりのようだ。



 ワネが闘技場に足を踏み入れた時、客席の盛り上がりは最高潮に達していた。




「クソ野郎!」「もっと顔を見せろ!」「スパイの息子!」「殺されちまえ!」



 たくさんの罵詈雑言がワネに降りかかった。



 対戦相手に目を向ける。ワネよりもずっと大柄な兵士だ。木刀を肩に置いて、こちらを見てニヤニヤ笑っている。



「いけ、王国軍最強兵士!」「ブル、やっちまえ!」「ブル、殺さないようにしろよ!来年から楽しめなくなるからな!」



 とりあえず対戦相手の名前がブルだということは分かった。




「それでは両者中央へ!」審判員が二人を呼んだ。



「お互い、日頃の練習を成果を発揮して、くれぐれも怪我のないように」



「へっへ。お手柔らかにな。息子殿」ブルが馬鹿にした口調でいった。




「一旦離れて!」審判の指示に従う。



「それでは、始め!」



 ブルはかまえようともしない。木刀の先端を肩に置き、あいかわらずニヤつきながらワネに近づいてきた。ワネは木刀の先端をブルの喉元に標準を合わせた。



「ほら、打ってこいよ、チャンスをやるよ。十秒間だけ何があっても手は出さねえからよ」



 そう言いながら大声で「いーち、にーぃ」と数え始めた。観衆も笑いながら一緒になって数え始めた。


 しかしワネは動こうとしない。ブルが苛ついた様子を見せ始めた。



「きゅーう、じゅう!」数え終わったブルは怒りを隠そうともしなかった。



「とんだ腰抜けだぜ!来ねぇならこっちから行くからな!」


 肩から木刀を下ろして初めて構えた。



 ワネは歯をくいしばった。


 これでいい。自分から攻撃して空振りすればするほど、会場が笑いに包まれる。今日のワネの目的は、少しでも観衆を白けさせることだった。そして相手が放った最初の一発でうまく失神をする。これでおしまいだ。



 ワネの心の内を見空かしたように、ブルが猛然と突進してきて大きく振りかぶった。



 咄嗟に木刀を横にして攻撃を受けた。両手にほとんど衝撃は走らなかった。それなのにワネの木刀は根元から簡単に折れたのだ。脆すぎる。もしかして、初めから細工をされた木刀を渡されていたのか。




 なるほど、もし先ほどの挑発に乗って攻撃していたら、ワネの木刀がポッキリ折れてさぞかし目を白黒させていただろう。最高に盛り上がる場面だったはずだ。




 ブルは再び突進してきた。図体に見合った遅い動きだった。真横から木刀が来た。後ろに飛ぶと簡単に避けれた。ブルは驚いたようで目を見開いた。あんなに遅かったらいくらなんでも避けれて当然だ。



 ブルがさらに襲いかかってきた。が、不自然なほど遅い。まだおちょくられているのだろうか。振り回してくる木刀をとりあえず全部避けた。



 いい加減、いつになったら本気になってくるのだろうかと思って相手を見ると、すでに肩で息をしている。演技ではなく本当にバテてるようだ。客席も先ほどまでのブル一色だった声援は影を潜め、ざわつき始めている。



 それに気づいたブルは大げさに両手を広げた。



「さすがはゼイ、スパイのゼイ、息子だ!ゼイゼイ、逃げ足に関しては、まさに天下一品!今度は本気でフゥッいかせて頂きますぞ!」



 客席が再びワッと盛り上がった。「ブル、もう手加減するなよ!」「殺しちまっていいからな」



観衆からのヤジが不思議と気にならない。



 ブルは客席を煽る素振りを見せながら、必死に息を整えているのが分かったからだ。つまり今までの攻撃はすべて全力だった。




ワネの中でヴォンの言葉が蘇っていた。



『皆から笑いものにされるのは今日が最後だ。大丈夫、お主は強い』



 ブルが血走った目で飛びかかってきた。先ほどは横打ちだった木刀は、今度は真後ろに大きく振りかぶられている。ワネの頭に頭に振り下ろすつもりだ。直撃すれば命も危ない。次の瞬間木刀はワネの頭部に振り下ろされた。



 ワネは両手を頭上に掲げて、タイミングを合わせてパン、と叩いた。頭の上を横切った蚊を叩くように。手の中には蚊はおらず、代わりに木刀が収まっていた。




 ブルと至近距離で目が合った。その目には動揺の色が見て取れる。木刀を握って強く引っ張ると、ブルは簡単に手を離した。木刀を握り直して先端をブルに向けた。抵抗する様子は見せず、泣きそうな顔で後ずさりをした。振りかぶると、両手で頭を抱えてしゃがみ込んだ。戦意喪失だ。攻撃する気にはなれなかった。木刀を下ろして周囲を見回した。先ほどまでの騒音が嘘だったかのように静まり返っている。



 客席中央で観ていたベッチャ大尉と目が合った。彼は顔面を真っ赤にしてたるんだ頬肉を小刻みに揺らしていた。



『明日から存分に日の下で肩で風を切り、大股で大地を踏みしめる良い!』



 ヴォンに続いて、キトの声も聞こえた気がした。


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