第35話 ロンドルと鼬熊


「よーうワネ、十日ぶりじゃねぇか。無事に生きていたか」 


 ロンドルがいつもの様子で挨拶をしてきた。



「ああ、ゼイ、ロンドルも元気そうで何よりだゼイゼイ」



 ワネも普段通りに返した。防魔鏡から小屋までは走って十分ほどかかる。全力疾走してきたのでギリギリ間に合ったが息が上がっている。

 ロンドルはそれを気にする様子も見せずに馬車の荷台からワネの食料を下ろし始めた。



「それじゃ、またお互いに生きていたら十日後に会おうや」


 言いながらロンドルが馬に跨がろうとした時、突如馬が暴れ始めた。



「お、おい!どうした!」



 ロンドルがなんとか馬をなだめようとするが言う事を聞かない。ワネが手伝おうとした時だった。



 茂みからのっそりと巨大な生物が姿を現した。鼬熊だった。その口元には子供がぶら下がっている。




「あ・・・」ワネとロンドルが同時に固まった。



 鼬熊は子供の服の後ろ襟の部分を咥えているようだが、グッタリしていて生きているのかどうか分からない。



・・・あれ、キトだよな?どういうことだ?ヴォンはあの鼬熊にやられたのか!?



 ワネが混乱して動けない中、ロンドルの反応は早かった。馬鞍の横にくくりつけられていた猟銃を素早く取ると、即座に銃口を鼬熊に向けた。




「ロンドル待て!」ワネが両手を広げてロンドルの前に立ち塞がった。



「どけ!分からないのか!お前もやられるぞ!」



 いつものだらけた雰囲気は微塵も感じない、迫力のある声だった。



「キトに当たったらどうるするんだ!」



「キト?あの子を知ってるのか!?ならなおさら助けないといけないだろう!どけ!俺の腕を信じろ!」



 叫びながらガチャリと銃弾を装填した時、鼬熊がキトをゆっくりと下に降ろした。キトは鼬熊の足下にうずくまった。



「よっし!」



 ロンドルが標準を合わせると、迷う様子もなく引き金を引いた。辺りに銃声が響いた。



―――命中した!



 直感的にワネは確信したが、鼬熊は何事もなかったように立っている。外れたのか?



 次の瞬間、驚くことが起きた。鼬熊が「ふむ」と言いながら自分の喉元を撫でたのだ。



「普通、獣を仕留める時は眉間を狙うことを良しとされている。しかし獣によっては頭蓋骨が硬く、貫通しない場合がある。体を狙うにしても脂肪や筋肉の厚みによっては弾が急所に届かないこともある。ではどこを狙うべきか」



 突然喋り始めた鼬熊にワネは呆然とした。ロンドルも鼬熊の話に耳を傾けているのか、二発目を撃とうとはしない。鼬熊が喋り続ける。



「まさに今、お主が狙った位置、喉元が正解だ。ここが硬い生物は存在しない。お主の腕と判断は確かなものだ」



 その時、鼬熊がまばゆい光に包まれた。光が治まるとヴォンの姿になっていた。



「ヴォン・・・・」ワネは呟きながら、自分がホッとしていることに気づいた。



 ロンドルは驚愕の表情を浮かべながらも、銃口を向け直した。が、それよりも早くヴォンがロンドルと距離を詰めると、一瞬で猟銃を奪い取った。



「危害は加えない。ワタシ達の話を聞いてくれ」


 ヴォンがロンドルに手を差し伸べた次の瞬間



「うおぉぉぉ!」




 ロンドルは雄叫びを上げながらヴォンの右足にしがみついた。



「何をしている。危害を加えないと申してるだろう!」



 しかしロンドルはヴォンの言葉を無視してワネに顔を向けた。



「ワネ、その子を連れて早く逃げろ!俺の馬を使うんだ!」



「いや、ロンドルちょっと待って」



 ワネが声を掛けるがロンドルの耳には届いていない。



「ワネ!」ヴォンが叫んだ。




「ラチが明かないから一旦この男を振りほどくぞ」と言うと、ロンドルがしがみついている右足を後方に大きく上げてから、前方に向かって振った。ロンドルは宙を舞い、大木の幹に頭から突っ込んだ。



「ロンドル、大丈夫か!」ワネが駆け寄ると、ロンドルは白目をむいて泡を吹いていた。


 良かった。死んでない。


「人の話を聞かないヤツだな・・・」ヴォンが呟いた。



 その時、身体を起こして様子を見守っていたキトが「あのさっ」と声をかけてきた。




「考えたらこの男は、我たちの言葉を理解できないんだよね?」



 それを聞いたワネとヴォンも同時に「あぁ~」と納得した。 

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