第34話 来た理由


「・・・それ、本当の話なのか」



 ヴォンの話を聞き終えたワネの第一声だった。



「ミカバラ国とポエン国、どちらの話を信じるかはお前の自由だがな」



 ヴォンの言葉に対してキトが首を振った。



「ワネ、言っておくけど君の方は伝説として語り継がれているけど、我は当時のミカバラ国王から直接聞いた話だからな。祖父は嘘をつくような人間ではない!」




「え、話に出ていたミカバラ国王てキトのお祖父さんだったの?」



「左様!」とキトは胸を張った。



「ちなみに祖父の護衛をしていた兵士はヴォンの父上だ!」



「いや、ちょっと待って、これは百二十年前の話だよ?生きてるわけないじゃないか!」



「ミカバラ王国の住民の平均寿命は百五十歳前後だよ」



 キトがあっけらかんとした口調で言った。



「ええ!それはすごいなぁ」



 ワネが素直に感嘆の声を上げて、キトが得意げになっているところに、ヴォンが口を挟んだ。



「ワネ、どうだ?私の話を信用してくれたのか?」



「・・・」即答はできなかった。



 この国に根付いていた伝説が、事実はまるで違うと言われて、すぐに納得できるものではなかった。少しだけ悩んでからワネは答えた。



「・・・うん、君たちの話を信じるよ」



 キトとヴォンは満足そうにお互いの顔を見合わせた。



「それでは本題に入らせてもらおう」



「本題?」キトの言葉の意味が分からず繰り返した。



「うん、我は近々、ミカバラ国の王になるのだ」



「え、その若さで!?」



 いくらなんでも若すぎる。こんな子供に王が務まるのだろうか。ワネの内心を察したかのようにヴォンが補足をした。



「姫は幼いころより王族の英才教育を受けてきて、歴代でも最高の成績を収めている」



 え、そんなにすごい子なのか。そう思いながら彼女を再度見てみると、賢そうに見えて、はこなかった。しかしキトは尚も得意げな表情を浮かべた。やはりただのクソガキにしか見えない。



「むふふふ、そんなワケで我の王政のまず第一段階として考えているのが」



 ここまでもったい付けるように間を開けた。先ほどから、この少女はもったいぶって言葉を止める癖があるな、と思った。



「ポエン国との交流の再開だ」



「え・・・」ワネが驚きの声を上げた。先ほど百二十年前の出来事を聞いたばかりなのでにわかに信じがたい話だ。



「先々代の王の、君のお祖父さんは何も言わないのかい?」



「言えるわけないな、祖父も父もこの世にもういないのだから」



「あ・・・そうなのか」なるほど、先代が亡くなった急遽キトが王になるのか。



「幼い頃の我に、祖父がよく言ってたんだ。『あの出来事は当時のポエン王がどうしようもない愚人だった故の結果だ。彼じゃなければ交流は途絶えなかっただろう』とね。君達の国も代替わりは済んでいるんだろう?」



 もちろんポエン国は何代も替わっている。今の国王が当時の国王より優れているのかは分からないが―――



「我はポエン国について祖父からたくさんの話を聞かせてもらった。だからポエン国の正式な王になる前に、自分の目で見てみたかったんだ」



「それでポエン国に来たのか?」



「ああ、ヴォンが一緒なら心配はないからね」



 キトの笑顔の横でヴォンが渋い表情で腕組みをしながら口を開いた。



「何が一緒に、だ。はワタシのことを待たずに一人でポエン国に入ったくせに」



「それは、ヴォンが待ち合わせの時刻に来なかったのが悪いんじゃないか!」



「仕方ないだろう、皇実をなかなか見つけられなかったんだから」



「ああそうか、我のせいだと言いたいのか、悪かったな!」



「ミカバラ国の王になる人間が、そんな子供じみた態度を取ってどうするんだ!」



 まるで兄妹ケンカを見せられている気分だ。王と従属の関係じゃないのか?



「あの、ちょっと!」ワネが二人のケンカを止めた。



「それで二人はこれからどうするつもりなんだ?町へ降りるのか?」



 ワネの言葉で冷静さを取り戻した二人は互いに反省する素振りを一度みせてから、キトが口を開いた。



「我の体調が回復したら町を見てまわって、それからポエン国王に接見するつもりだ」



「回復?キト、体調が悪かったのか?」



 ああ、と頷いたのヴォンだった。



「姫がこの森の獣にすら太刀打ち出来なかったのは、至神氣しじんきが体内に残っていなかったからだ」



「シジンギ?」




 また分からない用語が出てきたな、と思っているとヴォンが説明をしてくれた。




「至神氣とはミカバラ国の王族のみが持っている神の力だ。この力があれば獣どころか、国をまるごと滅ぼすことも容易たやすい」




「そんな力がキトにあったの?」



 言いながらキトに目を向けると、彼女は誇らしげに胸を張った。



「まぁな!我の強さ偉大さに恐れ入るがいい!」



「逆にどうして無くなってたの?」



 ワネの質問にキトとヴォンが顔を見合わせてから、ヴォンが答えた。



「ミカバラ国で戦争をしたばかりだったからだ」



「キトも戦争に参加したの!?」



 あぁ、と今度は歯切れ悪そうに返事をした。この件はあまり話したくなさそうだ。



 キトとヴォンのいる世界でも争い事があるのか。ワネが納得したように頷いた。その様子を見てヴォンが説明を再開した。




「そしてキトの至神氣を回復させる唯一の方法が、皇実を摂取することなのだ。ワタシは今さっきまでそれを探しにミカバラ国に戻っていたのだ」



「それって最初の皇実を僕が食べたからか?」




「ワネが気にする必要はないよ。ヴォンが君を殺しかけたことが原因なんだから」



 キトの言葉にヴォンが一瞬気に障った表情を見せたが、それを押さえて皇実を差し出した。



「なにはともあれ、早く食べるんだ」



「ああ、ありがとうね、ヴォン。それとワネ、至神氣が回復した我はとてつもなく神々しくなるから気をつけてくれ。眩しくて目が潰れちゃうかもしれないから」



 本気なのか冗談なのか分からないことを言いながら、キトが差し出された皇実を取ろうした時、ヴォンが皇実を引っ込めて山道の方に向かって鼻をヒクヒクと動かし始めた。



「ヴォン、どうした?」キトが訊くとヴォンは警戒した声で答えた。



「誰かが近づいてきているぞ。馬車に乗ってるようだ」



「ええ?おかしいな。配給員は三日前に来たばかりなのに」



「その配給員というのは何日ごとに来るんだい?」



「十日に一度だよ」




「じゃその配給員とやらだな。君はヴォンに胸を貫かれてから七日間眠っていたから」



「えええ!?」そんなに眠っていたのか。配給員が来た時、小屋にいなければならない規則となっている。ワネは二人を残して小屋に走った。


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