第33話 百二十年前の真実



「じょじょじょ、冗談じゃない!我が国がポエン国を侵略しようとした?そんなことするワケないじゃないか!」



「非力な権力者にありがちな、都合の良い歴史のねつ造だな」



 キトがあっさりと約束を破って頭から湯気を出す勢いで怒り、ヴォンは腕を組んで冷静な様子で頷いている。



「この伝説は違うのか?」



「当たり前だ!」キトが噛みつかんばかりの勢いで言った。



「憎魔が君らの先祖を喰い殺した?ヴォンは魚と野菜と果物しか食べないんだ!もしも本気で我達が君らの世界を滅ぼそうと思ったのなら、」



 キトは一旦言葉を句切った。「あっという間だ」



 少年のような顔に、一瞬恐ろしい気配をまとわせた。



「姫、そろそろ落ち着け。別にワネが悪いわけじゃないんだから」



「・・・そうだね。ごめん、ワネ。取り乱した」



「いや、いいけど。それじゃ君達が知っている真実はどういう話なんだ」



 ヴォンがちらりとキトに顔を向けた。「私が話していいのか?」



「うん、分かり易く説明してあげて」



 何故か偉そうな口調でキト言い、ヴォンが説明を始めた。



◆◇◆◇◆◇



 約百二十年前、ミカバラ王国とポエン王国は友好な関係にあった。定期的に交流をしていて食料の貿易も頻繁ひんぱんにしていた。



 基本的にお互いの言葉を理解できなかったのだが、ポエンの国王にだけは皇実が贈られて、ミカバラ国王との会話を許されていた。



 この両国の間で四年に一度、親睦を深めるために御前試合が行われていた。



 これは両国の一番強い兵士が皆の前で雌雄を決するというもので、毎回大変盛り上がった。



毎回体格に劣るなポエン王国の戦士は接戦の末に敗れていたが、ある年に奇跡が起きた。



ポエン歴百二十四年の御前試合でポエン国の戦士が勝利したのだ。



 ポエン王国は大いに盛り上がったという。しかし運が悪いことに、この時代のポエン国王は無能にして傲慢、強欲だった。



 ポエンの戦士が勝ったということは、ついにミカバラ王国よりもポエン国の方が強くなったと勘違いしたのだ。



 ポエン国王はミカバラ王国から贈呈された皇実を独り占めしたいと以前から考えていた。


 国王はすぐに軍を決起してミカバラ王国に攻め込んだ。




 ミカバラ王国に繋がる洞窟の前には何千という軍勢で溢れた。



 それに対してのミカバラ王国の対応は、まさかの無反応だった。その情報を聞いたポエン国王は初めは耳を疑い、次に鼻息を吹いて喜んだ。無条件降伏ということか。



 ミカバラ国が年に一度贈呈する皇実は極上の旨さで、その種を使ってポエン王国で栽培しようとしても決して育たなかったのだ。どうやら土壌の違いによるものらしい。


 ミカバラ王国を侵略すればあの極上の果物がいくらでも食べられる。他にも色々な良いことがあるだろう、と喜んだ。



 しかし直後に報告された戦況に、ポエン国王は耳を疑った。洞窟を抜けてミカバラ王国の領地に入った兵士達が皆一様に苦しみ出し、息も絶え絶えになって戻ってきたというのだ。




 ポエン国王は怒り狂って大臣と軍事長を呼ぶよう申しつけた。




 しばらくしてから王室の扉が開いた。そこにいたのは大臣でも軍事長でもなかった。



 ミカバラ王国の王が、一人でそこに佇んでいた。まだ二十代と思われる美しい顔立ちだ。



 ポエン国王は大いに動揺した。それでもどうにか内心を悟られまいと無理やり笑顔をつくった。



「これはこれはミカバラの王。突然ですなぁ。来る前に一声掛けてくれればよかったのに」



 そう言いながら台に置いてあった食器を手に取ってから窓に近づき、景色を眺めるふりをしながら、食器を窓の外に落とした。



 それが割れれば外の護衛の兵士が気づき、王の身に何かがあったと気づくはずだ。早く気づいて助けに来い!心の中で念じながらミカバラ国王に笑顔を向けた。



「ええと、紅茶でも飲みますかな?」




 必死に取り繕うとするポエン国王に対して、ミカバラ国王の表情には何の感情も見えない。




「ポエンの王よ」ミカバラ国王の口調には、かつての親しみは感じられなかった。




「貴公には多くの思い違いをさせてしまった。それが今回のこの愚かな出来事の理由とするのなら、我にも原因があったということだろう。申し訳なかった」


 ミカバラ国王は頭を下げた。



 彼の言っている言葉の内容がいまいち理解できないポエン国王は目を瞬きながらも、自身の威厳を少しでも維持させようと胸を張った。



「ミカバラ国王よ、頭を上げてくだされ。誰にでも間違いはある」



 彼の言葉を聞いたミカバラ国王は顔を上げると、ゆっくりとした口調で話し始めた。



「それではいくつか貴公がおかした思い違いを修正していこう。まず第一に貴公が我がミカバラ王国を侵略しようと攻め入ったきたのに対して何故ミカバラ王国が何もしなかったか。それは貴公の国の兵士が我が領地に踏み込めないことを分かっていたからだ」



 大臣からの報告では洞窟の出口付近に有毒ガスをまかれた、とされていた。



「我が王国の大気中には貴公等の身体には猛毒とされる成分が含まれているからだ」



「なんだと?」



「我らと貴公らでは生物としての質が違う。だから今まで我が国に貴公等を招待できなかったのだ」



「質が違う・・・だと?」何を言ってるのか。どう見ても同じ人間ではないか、と心の中で異議を唱えた。ミカバラ国王は話を続ける。



「貴公が今回、このような愚行を考えた第一の理由として、先日の御前試合の結果にあるのだろう。確かにあの時のポエン国の戦士は素晴らしかった。まさか我が国の代表が敗れるなんて夢にも思わなかった。しかし我が国から出場したあの者は、実際は兵士ではなく、農民だった」



「農民・・・?嘘をつくんじゃない、我が軍の兵士と接戦だったじゃないか。こちらは最強の男を出したのだぞ、農民がやり合えるワケない!」



 ポエン国王の異論に、ミカバラ国王は申し訳なさそうに首を振った。



「我の国と貴公の国の兵士がまともに闘ったら試合など成立しない」



「戯れ言を申すな!!貴様の国に卑劣な毒攻撃がなければ我が誇り高き王国軍が勝利していた!」



 ポエン国王が発狂したように怒鳴ったのに対してミカバラ国王はあくまで冷静だった。



「信じるも信じぬも貴公の自由だが、とにかくミカバラとポエンの交流はこれで終わりだ。百二十年続いた伝統が、貴公の愚かで身勝手な考えで終わったのだ」



 グググッとポエン国王は怒りに震えた。若造が調子に乗りおって、誰の前だと思っている・・・!



 その時、王室の扉が開いて護衛兵が顔を覗かせた。



―――よし、やっと来たか。ダラダラと下らない能書きを語ったことを後悔させてくれるわ。



 そもそも戦に負けようが、この場でこの若造の首を取ってしまえば我が国の勝利なのだ。



「ミカバラ国王よ、よくもこのポエン国王にたいして失礼極まりないことを申し立ててくれたな」



 ポエン国王の急な強気な態度にミカバラ国王は怪訝な表情をした。



「その罪は万死に値する。我が兵よ、参れ!」扉に向けて全力で叫んだ。扉が全開となり、兵士が入ってきた。護衛兵は二人しかいなかったけど、別にいい。目の前にいるクソガキの首さえ獲れればいいのだ。



「こいつがミカバラの王だ!早くこ奴の首をはねろ!そうすれば戦はポエン王国の勝利となる!」



 しかし二人の兵士はポエン国王の言葉に反応する素振りは見せず、その場に立ち呆けている。



「どうした貴様等!王の言う事が聞けぬのか!」



 その直後、兵士の身体が一瞬光った。



「うわっ!?」ポエン国王が一度顔を背けて、視線を戻した時、兵士のいた場所には二体のミカバラ国の防具を着けた化け物が立っていた。人間の倍近くの大きさで顔は野獣そのものだ。



「な、はわわわわ・・・」ポエン国王は恐怖でその場に腰を落とした。こんなバケモノがいるなんて聞いたことがなかった。




「これがミカバラ王国の本当の兵士だ。我の言っていた意味が分かったか?」



「我が護衛兵は・・・・」




「彼らには何もしていない、説得して入れてもらった」



 ポエン国王は顔を真っ赤にしてミカバラ国王を睨みつけたが、やがて諦めたように項垂れた。



「すまなかった、許してくれ。余は大臣にそそのかされただけなんだ。あなた達と今後も友好な関係でいたいと思っている・・」



 態度を豹変させたポエン国王に、ミカバラ国王は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。



「それは叶わない。一度捨てた信用は二度と戻らない。我と貴公が顔を会わすのは今日が最後だ」



 ミカバラ国王の言葉にポエン国王は渋々首を縦に振った。この場で自分が無事ならなんでも良かった。なんならポエン国を差し出せと言われれば即座に明け渡すつもりだった。



「異論はないな」ミカバラ国王が確認を求めてきた。



「・・・ない」



 ポエン国王が了解の意を伝えると、ミカバラ国王がゆっくりと頷いた。



「それでは貴国と我が国を繋げていた門に蓋をする。これは貴公達への配慮だと思って頂きたい。ごくまれにミカバラの領地に入ってきて命を落とすポエン国民がいるからだ」



「・・・分かった」ポエン国王が頷いた。もはや無条件降伏だった。



 こうして百二十年続いたミカバラ王国とポエン王国の交流は終わりを迎えた。


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