第32話 ミカバラ国
目を開けると目の前には空が広がっている。
身体を起こすと防魔鏡の近くの草むらだ。先ほどのことを思い出して慌てて胸元を触るが、何ともない。が、軍服にはこぶし大の穴と血痕が付着している。
「どうなってんだ、これ・・・」
背後に気配を感じた。振り返ると少年が近づいてきていて、両手いっぱいにリンゴのような果物を抱えている。
「あ、お目覚めだね。気分はどうだい?」綺麗な声だった。
「あれ?君、喋れたの!?」
ワネのリアクションが面白かったのか、少年はクスクス笑った。
「正確に言うと、君が我の言葉を理解できるようになったんだ。我の名はキトだ。君の名前を教えてくれないか?」
言いながらキトは果物を足もとに置いた。一つが転がってワネの足元で止まった。
「僕の名前はワネだけど・・・」
「ワネ、いい名前だね。昨日はありがとう」
キトは柔らかい笑顔を浮かべた。昨日のギアッギアッと叫んでいた姿とのギャップにたじろぐ。
「キト、これは一体どうなってるんだ?」
ワネが自分の胸元に手を当てながら訊くと、キトは首を傾げた。
「これというのは、どうして君が生きてるのか、どうして我と話せるのか、のどちらかな?」
「出来れば両方知りたい」
「それはね、」とキトが話し始めた時だった。彼の背後の枝葉が激しく揺れたかと思うと、昨夜のバケモノが姿を現した。
「うわぁ!」
慌てて近くを見まわしたが、猟銃はどこにもない。
「キト、早く逃げるんだ!」
しかしキトはその場から動こうとしない。チラリと振り向いてバケモノを一瞥しただけだ。 恐怖で頭がおかしくなったのか?
ワネは慌てて立ち上がると自分の足下にあったリンゴを拾い上げるとバケモノに向かって投げつけた。バケモノはそれを片手で捕ると、そのまま口の中に放り込んでモシャモシャと租借し始めた。
「キト、僕が時間を稼ぐから早く・・・」
ワネが言葉を途中で止めたのは、キトがいつの間にか立ち上がっていて、ゆっくりした足取りでバケモノの方に歩き始めたからだ。
「キト、何やってるんだ!」
もうどうにでもなれ、という気持ちで全力で走ってキトを追い抜かすと、バケモノの腹に思いっきり体当たりをした。岩にぶつかったような感触だった。びくともしない。
こうなったら、せめて転ばそうと思って左足に組み付いた。そこから持ち上げて奴の体勢を崩してやろうと試みたが、これまたびくともしない。木の根元を相手にしているようだ。
次の瞬間だった。お腹の下辺りに大木のような腕が入ってきたと思ったら、フワッと持ち上げられて、そのまま肩に担がれた。こうなったら何も出来ないと分かっているが、それでも簡単に死ぬつもりはない。なんとか下りようともがいた。
「あまり暴れるな。お前の傷は完全に治ったわけじゃない」
すぐ近くから声が聞こえた。低くてよく通る声だ。驚いたワネは周囲を見回した。ちょうど視点が高いので遠くまで見回すことができたけど、キト以外に人の姿は見えない。
キトがこちらに向かって声をかけた。「いいなぁ、我も肩に乗せてくれよ」
「なにをバカな・・・」
「馬鹿なことを言ってるんじゃない」
ワネとバケモノの声が重なった。間違いない、先ほどの声もこのバケモノのものだったのか。 状況に理解が追いつかなくなっていると再びフワッと浮遊感を感じた。バケモノがワネの両脇に手を入れて、ゆっくり降ろしてくれた。キトのすぐ近くだった。
キトがバケモノの隣にいった。彼の顔はバケモノの腰の高さにも届いていない。
「ワネ、紹介するよ。彼はヴォンだ。ミカバラ国の兵隊で、我の護衛をしている」
ミカバラ・・・?
ワネが呆気に取られているとバケモノがワネに一歩近づいて手を差し出した。
「ヴォンだ。姫のことを助けてくれたと聞いている。心より感謝を伝える」
ヒメ?ヒメって・・・?
「ヴォン、他にも言う事があるだろう?」キトが腕組をして強めの口調で言った。
「他に?はて、なんだろうな・・・」
あのなぁ、とキトが呆れた声を出した。
「ワネに向かって槍を投げただろう!あれ、普通に死ぬ一撃だったぞ!?」
「あれは姫を守るためだろう。彼が発砲した銃弾、ワタシに当たるならまだしも、姫のすぐ横を通ったんだぞ?二発目もどこに飛ぶか分からなかったから仕方なく攻撃した」
「銃弾くらい、我は余裕で避けれるし!むしろ一発目避けてたし!」
「あのぉ、ちょっと!」
二人の会話に割り込むように、ワネが片手を上げた。キトとヴォンの視線がワネに集中した。
「先に説明をしてもらってもいいか?頭がおかしくなりそうなんだけど」
「ふむ、これは失礼した。我が説明するからヴォンは静かにしててくれよ」
ヴォンが頷いたのを確認してからキトは一歩前に踏み出した。
「君が生き返った理由は、
「スメラミ・・・?」また知らない言葉が出てきた。
ワネの疑問に今度はヴォンが応じた。肩に提げていた袋に手を入れると、妙な物を出した。
「これが皇実だ」
それはリンゴほどの大きさの、透明の玉だった。まるで葉に乗った
「え、これって、果物!?」
「皇実はミカバラ国でのみ育つ果物だ。栽培が不可能で自生しているものを見つけるしかない、貴重な代物だ」
ヴォンというバケモノが補足するように言った。
「ミカバラ国て・・・?」
「順番に説明するから大人しく聞いててくれよ」
キトがわざとらしく咳払いをしてから説明を始めた。
「この皇実を摂取すれば、死ぬような怪我を負ってもすぐに再生、回復できるんだ」
言われて胸の辺りを触るが、痛みもなにも感じない。しかし確かに致命傷は受けていた。
「胸を貫かれたのに助かるなんて、信じられないな・・・」
思ったことをそのまま口にした。
「皇実は本来、ミカバラ国の王族しか食べることを許されていない貴重な果物だ」
ヴォンが補足説明してくれたけど、そもそもこのバケモノが何者か分からないので話されてもいちいち恐ろしいだけだ。
「君が我らの言語を理解できるようになったのも皇実を摂取したことによるおまけだね」
「おまけ・・・?」
「そしてミカバラ国とは我らの国のことだ」
「そしてこちらがミカバラ国の正当な継承者、キト王女だ」
ヴォンが付け足すように言うとキトがフンッと胸を張った。
「キト王女・・・、え、キトが!?」
女の子だったのか!?さっきも姫と呼ばれていたけど・・・
でも確かに言われてみれば、整った顔立ちをしている。
しかし、それ以上に気になることがあった。
「ミカバラ王国て聞いたことないんだけど」
ワネの質問にヴォンが答える。
「ミカバラ王国はここから遥か離れた場所にある。本来ならこの君の住んでいる場所と交わることはないはずのだが、何かの間違いで繋がってしまっているんだ」
いまいち言っていることが分からない。
「それで、そのミカバラ国というのはどこにあるんだ?」
「あそこだ」
キトが指した方向に顔を向けると、防魔鏡があり、二人と一匹が映っている。
「防魔鏡しかないけど・・・?」
だからぁ、とキトが口を尖らせた。
「あれ!あれがこことミカバラ王国と繋げている扉なの!ところでボウマキョウてなに?」
「え?あの洞窟の先は魔証地区なんじゃ・・・」
「マショウチク?さっきから何を言ってるんだ」
キトが顔をしかめた。しかし頭が混乱しているワネにはそんなこと気にする余裕すらない。
「だって魔証地区には憎魔が生息してるって・・・」
そこでヴォンと目が合った。よくよく考えてみれば、目の前にいるミカバラ王国の兵士と名乗る生物は、伝説の魔獣、憎魔そのものの姿だった。
一人で狼狽しているワネを見てキトが近づいてきた。
「ワネ、君は我らのことをいろいろと間違った認識をしているようだけど、よかったら君の国で伝わっているこの洞窟についての話を聞かせてくれないか?」
正直に話していいものなのか。二人にとっては決して愉快な話ではないだろう。そんなワネの様子を見たキトが微笑んだ。
「大丈夫だ。どんな話でも我らは怒らないと約束する。聞かせてくれ」
ワネはキトの言葉を信じて、ポエン国で百二十年前に起きたとされる【クドラ山事件】を二人に話した。
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