第23話 査定試合と国王襲撃事件について
そこからのジャンザザの行動は早かった。
「俺は城に戻ってワネの情報を出来るだけ集めてくる」
言いながらすでに玄関に向かっている。
「今から?」時刻はもう23時を過ぎている。
「城の中は国王以外は昼も夜も関係ないからな」
「・・・ねぇジャンザザ」
なに?と靴を履きながら返事をする幼なじみの背中に、恐る恐る訊いてみた。
「私もついていっちゃ、ダメかな?」
「ダメだな」靴を履き終えて立ち上がったジャンザザがサラリと答えた。
「城内への女性の立ち入りは禁止されている。資料を持ってくるだけだから俺一人で行った方が早い」
「まぁ、そうですよね」ダメで元々だったのであっさり引き下がることが出来た。
昔は兵士になりたい、と駄々をこねたこともあった。兵士にはなれなくても、せめて城の中を見てみたい気持ちはずっと消えなかった。
「民間人の女性が城に入れる方法は一つだけある」
「罪を犯して裁判にかけられる時でしょ?」
「・・・民間人の女性が入れる方法は方法は二つある」言い直した。
「え、他にもあるの?」
ああ、と頷いてルーロンを見据えた。
「兵士と結婚した場合だ。城内の教会を使っていいことになっている」
「へぇ、そうなんだ」
知らなかった。ついでに、プロポーズの返事をまだしていないことに気がついた。
「まぁ、今は民間の結婚式場の方が色々あるらしいから、あまり利用する者はいないけど」
ジャンザザの言葉のあとに、ルーロンが言葉をかぶせた。
「ふぅん、私はそこがいいな。ジャンザザもそれで大丈夫?」
一瞬の沈黙の後に、ジャンザザは「ああ、大丈夫だ」と返事をした。部屋を出ていく彼の背中に向かって小さな声で
「いってらっしゃい」と言ってみた。
悪い気はしなかった。
※ ※ ※
陽が空の真上に昇りきった頃、ジャンザザが戻ってきた。
「お帰りなさい。寝てないんだよね?とりあえず寝れば?」
ルーロンの提案にジャンザザは首を振った。
「いや、大丈夫だ。お前はちゃんと寝たのか?」
「もちろんだよ。さっきまで爆睡してた」嘘だった。色々考えてまったく眠くならなかった。
ワネは大きな鞄から紙を一枚を取り出してテーブルに裏返しにして置いた。
「ジャンザザはもう見たの?」
「ああ、軽く目を通した」
「じゃあ、私も読ませてもらうね」ルーロンは椅子に座って資料をめくって読み始めた。
【ワネ・ベルディッド:十三歳で王国軍に入隊、クドラ山の山頂監視員に配属。現在に至る。家族構成:八歳離れた妹】
「いや、ちょっと・・・」ルーロンが顔を上げるてジャンザザを見つめた。
「これだけなの??」ワネの情報は二行で終わっている。
「ああ、これだけだ。普通はもっと細かい情報も書かれるものなんだけど」
「これじゃ参考にならないなぁ・・・」ルーロンが資料に目を向けたまま眉間にシワを寄せた。
すると、ジャンザザが「実はその資料の他に知ってることがある」と言い出した。
「え、どうして?」
「俺は彼のことを二年前から知っていた。正確には気にしてたというのか」
「なんで?ワネはクドラ山常在で城には降りてこないんだよね?」
「ワネは査定試合に去年も一昨年も出ていた。それを見て覚えてたんだ」
「え、そうなの?その時の結果はどうだったの?」
「ひどいものだった」とジャンザザは吐き捨てるように言った。
「去年までの彼は剣身術はまるっきりの素人で、なんで選出されたのかも分からない有様だった。当然まともな試合にならず、なぶるように痛めつけられていた。正直胸が悪くなった。一体何の意味があるのか、彼自身が何か悪いことでもしたのか、とね」
「その時から実験の成果を見るために出されていたってこと?」
「今考えるとそういうことだったのかもな」
とにかく、とジャンザザが話を進める。
「そんな毎年嫌な気持ちにさせられる恒例試合が、今年は違ったんだ」
「あぁうん、その話は前にあなたとエロオヤジから聞かされたから飛ばして」
「言い方辛辣すぎないか?」
「時間もったいないし。ワネが優勝候補の強いおっさんを倒したのに反則負けになったんだよね?その後はどうなったの?」
「査定試合が終わってからは、みんな各部署に戻ってから解散したよ」
「ふぅん、国王の暗殺未遂事件の時のことってジャンザザは何か知ってるの?」
ジャンザザの表情が複雑そうに歪んだ「ああ、知ってる。何から話せばいい?」
やっぱり知っていたか。「まず、ジャンザザはその時に城の何をしていたの?」
「六階の警護をしていた。あの日は突然非常事態宣言が出されて、銃を持たされた」
「え!ということは、ワネと戦ったってこと?」
ジャンザザは無言で頷いた。
「で、どうだったの?」
「・・・すぐに銃ははじき飛ばされて、剣で闘ったけどまるで相手にならなかった」
「戦っている時にワネだと気づかなかった?」
「そんな余裕はなかった」ユラユラと首を振った。
「とてつもなく強くて、殺されるかと思ったんだから」
「よく助かったね」
恐らく隠れていたか死んだフリで生き延びたであろうワンパと違って、ジャンザザは敵から逃げるような性格ではない。
「どうせ殺されると思って最後に思いっきり斬りかかったら避けられて、そのまま下り階段を転げ落ちて、頭を打って失神したんだ」
「だっさ!」思わず吹き出してしまった。しかし階段に落ちなければかなりの確率で殺されていたはずだ。あとで神様に感謝しておこうと思った。
「弱くて悪かったな、俺は丸二日間意識が戻らなくて、目を覚ました時はもう裁判と処刑も終わっていたんだ」
「ふぅん、裁判の内容は教えてもらえなかったの?」
「今までは通達されてたんだけど、今回に限っては
「それじゃ裁判でも何かがあったってことじゃない」
「まぁ、そういうことになるな」
「裁判に立ち会った人に聞くことはできないのかな」
「ベッチャ大尉の一味がもういない今となっては実情を知るのは国王とオノラト大尉くらいしかいないと思う」
「・・・その二人に会えないかな?」
「無理だな」ジャンザザは断言した。
「ジャンザザの上司に掛け合っても無理そう?」
ああ、と頷いたジャンザザの様子が何かおかしい。
「ジャンザザ、何か隠してるよね?」
「え、いや、まぁ・・」とゴニョゴニョと言って誤魔化そうとする。
「ジャンザザ、今回だけはなんでも話すって言ったよね?何を隠してるの?」
ジャンザザは少しの間逡巡して、重たい口を開いた。
「これは、記事にしないのはもちろん、絶対に他言無用だぞ」
ジャンザザの迫力に押されて「分かった」と答えてから思わず生唾を飲んだ。一体何があったのだ。彼は唇を舐めて、ゆっくりと言った。
「国王とオノラト大尉は姿を消している。クドラ山事件生存者のクダチ兵長と接見した次の日からだから、かれこれ三週間ほどになる」
「え?えぇ!?どういうこと??それってやばいことだよね?」
一国の王と大尉が同時に姿を消すなんて、聞いたことがない。
「落ち着け、これは本人達の意志で姿を消したようだから事件性はない。いずれ帰ってくる」
「本人達の意志なの?理由はなんなの」
「それは分からない・・・。聞かされたのは兵長以上の者だけだ。俺はクダチ兵長の代わりでその報告の場に呼ばれた」
ワンパに知れたら国中が大騒ぎになっていたことだろう。
「それはクドラ山の事件と何か関係は・・・」
「分からない」
ルーロンの疑問にかぶせるようにジャンザザが言った。
「それじゃ、これ以上は調べようがないってことかぁ」
ルーロンが二行しか書かれていないワネの資料に目を落として、「あっ」と発した。
「どうした?」
「これ、あと一つ調べられることあるじゃない」
え?とジャンザザが聞き返してきたのでルーロンは資料の二行目を指した。
「ワネの妹。この子について調べられない?」
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