第21話 おじいちゃんの昔話

 黙って話を聞いていたジャンザザの様子に異変が見えたのは、ルーロンがクドラ山でワネと会ったことを話した時だった。




「ちょっと待て、四日前にワネに会ったというのか?」




「うん、会ったけど?」




「間違いじゃないのか?」




「間違えないよ。この絵だって今クドラ山に食料を配給してる人に描いてもらったんだから」




「信じられない・・・」ジャンザザは額を押さえた。




「だからさ、ワンパさんが私にデタラメ言ったってことでしょ?」




「いや、」ジャンザザ首を横に振った。




「・・・ワンパ上兵は嘘をついていない可能性が高い」




「はぁ?なに言ってんの?暗殺未遂犯はもう処刑されてるんだよね?」




 ああ、とジャンザザが頷く。




「ワンパ上兵の他にも何人かの兵士が暗殺未遂犯の素顔を見ている。みんなワネだと証言している」




「いやいや、だから四日前に私が会ってるんだって」




「だから信じられないんだ・・・」




 ルーロンは苦悶の表情で呟いた。




「ワネが双子ってことはない?」




「彼には歳の離れた妹が一人いるだけだと聞いている」




 ルーロンの仮説を即座に否定した。




「ねぇ、ジャンザザ」ルーロンが改まった口調で呼びかけた。




「なんだよ」




「どう思う?」




「どうって?」




「クドラ山のベッチャ大尉の事件、まだ鼬熊だと思う?」




「・・・」ジャンザザは顔をしかめただけで何も答えない。




 ルーロンも黙っているとジャンザザが小さな声で何か言った。「え、なに?」




「お前はどうしてクドラ山事件にこだわった?何があると思った?」




 もうジャンザザの口調からは兵士としての誇りのようなものは感じられなくなっていて、ただ純粋に真相を知りたがっているようだ。




 その姿は昔の、まだルーロンに剣身術にかなわない頃のジャンザザがどうすれば強くなれるのか知りたがっている姿を思い起こさせた。




「私が初めにクドラ山の事件を追おうと思ったのはね、ポエン国軍があそこで何か秘密事をしてると思ってたからなの」




「秘密事?」ジャンザザが聞き返した。うん、頷いて話を続ける。




「私が子供のころにさ、おじいちゃんに訊いたことがるの。『おじいちゃんは兵士をしていた中で一番怖かったことってなに?』て。そしたら『クドラ山で見たものだな』て答えたの」




「・・・へぇ、クドラ山・・・」ジャンザザが興味深そうに呟いた。




「おじいちゃんが今の私達くらいの年齢の時、何人かの同期と集まってお酒を飲んでる時に肝試しをしようってなって、夜のクドラ山に一人ずつ入っていって防魔鏡を削って欠片を取って持ってくるってやったんだって」




「昔の兵士はやばいことするんだな・・・」ジャンザザがボソリと呟いた。真面目な彼からしたら考えられないことだろう。




「そこでおじいちゃんが一番手で山に入っていったらしいんだけど、山頂付近で鼬熊と遭遇して襲われたんだって」




「鼬熊・・・」




「その時おじいちゃんはベロベロに酔っ払ってて足もともおぼつかなかったから、鼬熊は獲物と認識して襲いかかってきたんだって」




「それで、どう切り抜けたんだ?」




「逃げようとしたけど逃げ切れなくて、もうダメだと思ったら、突然横から小さな男の子が出てきて、鼬熊を蹴り飛ばしたんだって」




「え、なんだって?」




「だから、男の子が鼬熊を蹴って、吹っ飛ばしたんだって」




「おじいさん酔っ払ってたんだろ?」




「鼬熊に追いかけられた時に酔いは完全に覚めてたら間違いないって。で、鼬熊は逃げてって男の子はおじいちゃんを一瞥して防魔鏡の方に走っていったから追いかけてみると、防魔鏡が張ってあるはずの洞窟の中に入っていって、そのすぐあとに防魔鏡がピシャッて勝手に張られたらしいよ。おじいちゃんはやばいものを見たと思って、慌てて山を下りたって」




「とても信じられないな・・・おじいちゃんは誰かに話したのか?」




「誰にも話してないって」




「まぁ、言っても誰も信じてくれなかっただろうしな」




「それから何十年もおじいちゃんの頭の中にはそのことが残ってて、一つの仮説に行き着いたんだって」




「仮説?」




 うん、とルーロンは頷いた。




「防魔鏡の内側で、ポエン国軍が兵士の人体改造をしてるんじゃないかって」




「人体改造!?」




「うん、あの山の上で人工的に強い兵士をつくろうとしてて、おじいちゃんが見た子供はその研究段階の子が抜け出してきたんじゃないかって。そう考えると、伝説を理由に入山を禁止してる事とか、辻褄が合うことが多いって」




 ジャンザザは自分の額を押さえて黙っていたけど、やがて口を開いた。




「・・・お前もおじいちゃんの考えに賛同するのか?」




「賛同も何も、私は軍の内情とか何も知らないもん。ジャンザザはどう思う?軍の中でそういう噂ってある?」




 ルーロンが矢継ぎ早に聞くがジャンザザはユラユラと首を振った。




「ベッチャ大尉がどこかで軍事兵器の開発をしていた話は聞いていたけど、人体改造なんて話は聞いたこともない。そんなことあり得ない・・・」




「ジャンザザはそのワネって兵士の闘いを見たんだよね?」




 ああ、と頷いたので「どうだった?」と訊いた。




「・・・あれは、人間の強さじゃない」


ジャンザザが渋面で言った。それは人体実験説を肯定せざるを得ないと認めたような言い方だった。




「ねぇ、今回の一連の出来事を私なりにまとめた考え、聞いてもらえるかな」




 ジャンザザはルーロンを一瞥してから頷いた。「聞かせてほしい」




 ルーロンは一つ咳払いをした。頭の中でまとめようとしたけどうまくいかず、急に自信は失速した。




「ごめん、やっぱり紙に書き出してもいいかな」


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