第4話 同郷の友・ジャンザザ
扉が開く音がしたので視線を向けると、大柄な男が入り口の前で店内を見回していた。
ルーロンが手を振って合図をすると、男はすぐに気づいていつくかのテーブル席をかき分けて、彼女の座るテーブルの向かいの席に腰を下ろした。
同じイワク村の出身、幼なじみのジャンザザだ。
「遅い!」
ルーロンが幼なじみに苦情をいった。
「仕方ないだろ、いろいろと忙しいんだから」
ジャンザザがふくれっ面をした。大柄なので威圧感があるけど、近くでみると表情にはまだ少年のあどけなさが残っている。
「それで、今日は何の用?」
「先になにか注文しなよ。今日はお酒飲む?」
「ああ」と頷いて彼は近くの店員を呼び止めてビールを注文した。
ほどなくしてビールが運ばれてきた。二人はコップを掲げてフチを会わせた。
鉄製のコップはチンッと軽い音を立てた。
「こうして二人でお酒を飲むの久しぶりだね。いつぶりだっけ?」
「俺の査定試合終わった後だったから、全然久しぶりでもないだろう」
「あ、そうだね」
1ヶ月ほど前に会ったばかりだった。
ジャンザザはコップの中身を一気に半分ほど喉に流し込んでからルーロンに目を向けた。
「で、話ってなに?」
「うん、ちょっとお願いがあってさ」
お願い?と幼なじみは
「1ヶ月前に起こった、クドラ山の害獣事件のことは知ってるよね?」
当たり前だろ、と言ってジャンザザは続きを促した。
ルーロンが彼に向けて両手を合わせた。
「その情報、何か知ってることないかな?」
はぁ?とジャンザザは顔を歪めた。
「そんなの、とっくに発表されてるじゃないか」
「いや、もっと表に出ていないような、内部の人間だけが知ってる、軍事機密的なヤツとかないかなーと思って」
3年前にポエン王国軍に入隊して、現在は選抜部隊に抜擢されてエリートコースを
「そんなの知らないよ、そもそも軍事機密を外部に流していいわけないじゃないか」
そう言ってジャンザザはコップを手に取ると中身を飲み干した。これで帰ってしまうかと思ったら店員を呼んでおかわりを注文した。
「この話はもう終わりにして、何か別の話をしないか。楽しい話がしたいんだけど」
しかしルーロンに話を変えるつもりはなかった。
「ねぇ、あの事件についての、私の考えを聞いてくれる?」
ルーロンが真剣な眼差しを向けるとジャンザザは面喰らったような表情を見せた。
「・・・別にいいけど」
ルーロンは唇を1回舐めてから、口を開いた。
「あの事件てさ、クドラ山の山頂付近で訓練をしてたって事になってるけど、ジャンザザはクドラ山に入ったことある?」
「入隊式の翌日に行われた夜行演習の時に行ったよ」
「あれって、本当にあった?」
「あれって?」
「防魔鏡」
「あるに決まってるだろ。なんでそんなこと訊くんだよ」
「防魔鏡て、どんな感じだった」
「いや、夜中だし演習中だったし、ちらっと見ただけだからよく分からなかった」
ふぅん、とルーロンは頷いてコップを持って一口飲んだ。
「事件が起こったのって防魔鏡の近くだよね、どうしてそのことに誰も触れないのかなぁって思ってさ」
ジャンザザの表情が変わった。
「魔防鏡が何か関係してると思ってるのか?」
「防魔鏡が張られている穴の向こう側って、憎魔って化け物がウヨウヨしてるんでしょ?例えば、何かの拍子に防魔鏡のどこかに穴が空いちゃって、そこから化け物が来て兵士達が襲われた、とかないかな?」
「ありえないと思う」
ジャンザザはあっさりと否定した。
顔は少し赤くなってきているけど口調はまだしっかりしている。
「万が一、少しでも憎魔の痕跡があったらポエン王国軍はすぐに討伐隊を率いてクドラ山に突入するはずだよ。
俺の所属してる部隊でも憎魔が発生した時の訓練はしている。現代の武器をもってしても、憎魔1匹を駆除するのに兵士10人は必要と言われているからな。
山頂付近の遺体を回収して現場の状況を確認して、
ふぅん、とルーロンは頷きながら、出来るだけ冷静に正面の兵士の様子を観察した。
本当に憎魔などという、実在するのか分からない化け物の迎撃訓練をしているのだろうか。それともこう訊かれたらこう返す、というマニュアル的なことを口にしているだけなのか。少し質問を変えてみることにした。
「クドラ山の
「え?」ジャンザザが虚をつかれた表情をした。
「イワク村の鼬熊はさ、山の中で遭遇しても1人じゃなければ襲われることってなかったじゃない。なのにここの鼬熊は6人の武装した兵士達に襲いかかったんでしょ?」
「・・・まぁ、報告書にはそう書かれているわけだし」
ふぅん・・・とルーロンは頷きながらコップの中身を一口煽った。彼女の不満げな様子を見たジャンザザが口を開いた。
「結局ルーロンはさっきから何を知りたいんだ?」
だから、とルーロンは少し苛立った口調で返した。
「クドラ山獣害事件の真相だよ」
「真相ってなんだよ。鼬熊じゃないのなら本気で憎魔に襲われた思っているのか?」
「そういうワケじゃないけどさぁ、あの事件で何か不自然に感じたことってない?なんでもいいから」
一瞬、ジャンザザの目が泳いだのを見逃さなかった。ルーロンは一気に攻め込む。
「ジャンザザ、軍の外部にいる私だからこそ調べられることもあると思うの。何か少しでも気になることがあるなら教えてほしい!」
言いながらを両手を合わせると、ジャンザザはしばらく
「クドラ山事件で唯一生き残った兵士なんだけど・・・」
ルーロンが記憶の中の資料をめくった。
「クダチ兵長だね」
ジャンザザが頷く。
「クダチ兵長は治療を終えてから国王と接見したんだけど、その翌日に突然軍を辞めてしまったんだ」
「へぇ・・・」
兵士が戦争に行ったトラウマで軍を辞める話はよく聞く。今回の事件だって目の前で仲間が殺されて、上司が自分の命と引き換えに死んだのだからトラウマになる要素は満たしているだろう。そう思いつつ幼なじみの話の続きを促した。
「クダチ兵長は俺の直属の上司だった」
「そうだったんだ。それなら・・・」
助かって良かったね、と言うのは不謹慎だろうか。
「あの人はポエン国王に命を誓った
「へぇ、それで、辞めた理由は聞けたの?」
ジャンザザはすぐには答えようとはせず、しばらくしてから口を開いた。
「帰っていないそうだ」
ほぇ?とルーロンは間の抜けた声を出してしまった。
「クダチ兵長の両親に会ってきたけど、帰ってきていないとのことだった」
「・・・帰郷する道中で気が変わって、旅にいったのかもしれないし、ねぇ」
ジャンザザの深刻すぎる表情を見てルーロンは意識的に明るい声を出してみた。しかし彼の表情は変わらない。暗い表情のまま黙っている。
「ちょっと、心配し過ぎでしょ。そんなに心配すること?」
「クドラ山の事件が起きた日の昼間、俺はクダチ兵長に昼飯に誘われたんだ。正直気が進まなかった。あの人は鬼のように厳しくて、俺はいつも怒られていたからだ。その日も何か怒られるのだろうと思ってビクビクしていた。しかしそこで言われたのは『今まで厳しくしてすまなかった』という謝罪の言葉だった」
「へぇ・・・」
「兵長はこんなことも言っていた。『近いうちに軍の組織図が大きく変わることになると思うけど、お前は今まで通りやっていけば大丈夫だから』と」
「そして、その日の夜に事件が起きたと・・・」
ジャンザザは頷いてからルーロンの目を見つめた。
「なぁルーロン、お前の記者としての人脈でクダチ兵長の行方を捜すことはできないか?」
「・・・分かった、やれるだけやってみるよ」
ルーロンは頷いた。
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