第3話 ポエン王国記


翌日、ルーロンは編集長に外出許可を取ると、街で一番大きな図書館に向かった。


 クドラ山の山頂の【魔防鏡ぼうまきょう】の伝説をもう一度おさらいしておこうと思ったからだ。


 館内の本棚を物色していると、しばらくして目当ての本を見つけた。


【ポエン王国記】

 この国の歴史について書かれた書物で、有に2千ページはある。それを取って近くの空いてる席に腰を下ろした。しばらくページをめくっていると、目当ての項目を見つけた。


【憎魔の襲来・ポエン国王と禅人の奇跡】

 こんなタイトルで物語が始まった。


 ◆◇◆◇◆◇


 王国歴710年、この時代のポエン王国は農業が盛んで、豊かな国だった。


 異変が起きたのは作物の刈り入れまであと少しという秋先のことだった。

 国の西側にあるクドラ山の方角から、突如うなり声と地響きが聞こえてきた。


 もともとこの山には憎魔ぞうまと呼ばれる魔物が住んでいると言い伝えられていて、8合目より上に行くことを禁じられていた。


 その禁を破ったのは、ある猟師の軽率な行動によるものだった。


 彼はクドラ山で狩猟をしていたが獲物が見つからず、禁じられている8合目より上にいってしまった。

 そして山頂付近にあった結界を何かの拍子に解いてしまったため、化け物の群れが下りてきたのだ。


 身の丈は人間の2回りは大きくて黒い毛に全身が覆われている。初めは鼬熊いたちぐまかと思われたが、すぐに違うと気づいた。


 化け物たちは二足歩行をしていたからだ。鼬熊も後ろ足だけで立つこともあるが、その体勢で歩くことは出来ない。それどころか化け物たちは前足に鈍器のような物を握っていて、それを振り上げながら突進してきた。そして人間には理解できない言語で会話をしている。伝説の魔物、憎魔そのものの姿だった。


 すぐにポエン王国軍が応戦したものの、憎魔は巨体に見合った頑丈さを持っていた。火を恐れず、毒を塗った矢が刺さっても微動駄びどうだにしない。岩を削ってつくられた鈍器で兵士達の頭をいとも簡単に砕いた。


 みるみる数を減らしていく兵士を見て ポエン王国軍は慌てて農民達にも武器を持たせたが、焼け石に水だった。


 憎魔は女子供関係なく殺していった。地獄絵図そのものだった。


 憎魔が活動するのは夜のみで、太陽光はもちろん、月の光が強い時も姿を見せなかった。


 それでも王国が壊滅するのは時間の問題と思われた時、1人の旅人がやってきた。


 対応した農民が現在の王国の状況を説明して、受け入れを断った。


「この国はもうダメだから、すぐに他に行ってください。ここから南方に一日歩けば平和な国に着きますから」


 そう言って旅人になけなしの食料を渡した。どうせ持っていても憎魔に奪われるだけだ。


 しかし旅人は「私に何か出来ることがあるかもしれません。この国の王に会わせて頂けませんか」と頭を下げた。


 農民は、一介いっかいの旅人が国王に接見など出来るわけないだろう、と思ったが、貧相な身なりながら彼の目に賢智けんちの光が灯っていることに気づいた。


「分かりました、明日、王に接見できると訊いてみますので、今晩は私の家にお泊まり下さい」


 農民は旅人を自分の家に招き入れた。彼なら何とかしてくれる、と本気で思ったわけではなかったが、このまま追い返すと後で後悔するような気がした。

 

 その日の夜、憎魔の群れが街を襲ってきた。農民はすぐに旅人を起こした。


「あなたはこの国の民ではないから死ぬ必要はない。早く裏から逃げてください」


 ゆっくりと身体を起こした旅人は「分かりました」と頷いて、荷物を持たずに外に出ていった。

 

 旅人は憎魔の姿を確認すると、逃げるどころか逆に近づいていった。

 そして両手の平を顔の前で合わせると、何やら呟き始めた。異国の言葉のようで、意味は理解できなかった。


 すると憎魔たちは途端に頭をおさえて苦しみだし、来た道を引き返し始めた。

 旅人は呪文を唱えながら憎魔の後を追い、そのままクドラ山へ入っていった。


 すべての憎魔が山頂付近にある巨大な洞窟に入ったのを確認した旅人は足を止めてその場に膝をつくと、それまで唱えていたものとは違う呪文を唱え始めた。


 すると洞窟の入り口に、薄い水面のような膜が張り、それが徐々に分厚くなっていくと、ついには頑丈な壁となって洞窟を完全に塞いだ。


 旅人は下山するとその足でポエン国王に会いにいった。


 国王と接見した旅人は自身のことを【禅人ぜんじん】と名乗り、懐から親指の爪ほどの大きさの何かを取り出した。それは果実のようで、王に噛まずに飲みこむように促した。


「それを飲みこんだらこの国の平和を祈ってください。貴殿きでんの祈りの力でこの国に安寧あんねいがもたらされます」


 王は言われた通りにすると体が輝き始めて、頭上に光の玉が現れた。


 それはゆっくりと上に上っていき、城の天井をすり抜けて空に昇っていって、やがて見えなくなった。旅人はそれを確認すると満足げに頷いた。


「あの玉から発する光を結界が吸収し続けるかぎり、憎魔に破られることはありません。良き国にしていってください」


 感動した王は彼に王国に残ってもらうように懇願こんがんしたが、旅人は首を縦に振らず、ポエン王国をあとにした。


 以来、憎魔がポエン王国に現れることはなかった。

 

 この結界は【防魔鏡】命名されて、今もポエン王国民を守り続けている。

 

 ◆◇◆◇◆◇


 小難しい言い回しが多々あって読むのに苦労したけど、要約するとこんな内容だった。


 現在クドラ山が一般入山を禁止されている理由は、この【防魔鏡】と呼ばれる結界がいつ破られて憎魔が襲ってきても被害を最小限にとどめるためとされていて、常に王国軍の監視下に置かれている。


 なので【防魔鏡】を実際に見た国民はほとんどいない。


 本を閉じたルーロンが首をぐるりと大きく回して伸びをした。


 分厚い本を読んだせいで肩がだいぶ固まっていた。


 ルーロンは自分の目で見たもの以外は信用しないと決めている。

 なので【防魔鏡】が実際にあるとは思っていない。憎魔はもちろん、多人数の人間を襲う鼬熊の存在だって疑っている。


 今晩、同郷の幼なじみと会う約束をしている。彼なら何か知っていると期待していた。

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