最終話:まだ何も思い出せないけれど
それから数日後、私は二人の恋人を公園に呼び出した。
「私、色々な人に話を聞いてまわりました。…みんな、口を揃えて恋人のことを彼氏と言っていました。彼女という人は居なかった」
私のそのセリフを聞いてカナタさんが勝ち誇ったように笑った。
「これでもう分かっただろう。ナナ、君の恋人は僕だ。ストーカーは彼女。そもそも、疑うまでもないだろう。だって、同性が恋人なんておかしな話だろ?」
違う。おかしくなんてない。私の恋人はあなたじゃない。
「私はユウキさんを信じます」
その答えを聞いて、今度はユウキさんがふっと笑った。カナタさんは「は?」という顔をして彼女と私を交互に見る。
「私は、ユウキさんが、私の恋人だと思います」
声が、手が、足が、全身が震える。それもそうだ。目の前に居る人は私を階段から突き落とした人だ。私を殺そうとした人なのだ。その証拠を、私はユウキさんから突きつけられた。怖くないわけがない。
「ちょ、ちょっと待てよ…なに?何言ってるの?」
「…これ、聞いたんです」
ユウキさんから借りたスマホを操作し、証拠の音声を流す。
『ナナも、ナナの周りも、誰もがナナの恋人は男性だと信じて疑わない。恋愛は男女でするのが当たり前なんだ。同性同士の恋愛なんて恋愛ごっこでしかない。だから僕が彼女の目を覚まさせてやるんだ。道を踏み外した彼女を正しい道に導いてやるんだ。神様はきっと、彼女にチャンスをくれたんだよ。間違えた人生をやり直すチャンスを。だから死ぬはずだった彼女の記憶だけを消して、生かしてくれたんだ』
男性の声がスマホから流れる。音質が悪くて分かりづらいが、カナタさんの声だ。
『死ぬはずだった?お前が殺そうとしたんだろ。お前が彼女を階段から突き落としたんだろ。入間カナタ』
女性が言い返す。はっきりと、彼の名前を呼んだ。こっちはユウキさんの声。
『人聞きの悪いことを言わないでくれ。僕は彼女の背中を押しただけだ。荒療治ではあったが、それしかなかった。彼女に僕の言葉は届かなかったから。彼女が悪いんだ。僕は、彼女のためを思って、君と別れろと説得してあげていたのに。僕の方が彼女を愛しているのに。彼女はそれを分かってくれないから。だから、お仕置きしてあげたんだ。そうだ。彼女が悪いんだ』
音声はそこで終了だ。
「これが、証拠です」
「っ…ふざけるな!」
怒鳴るカナタさん。すかさずユウキさんが私を庇うように前に出た。
「そんなものは捏造に決まっているだろう!ナナ!騙されるな!ストーカーはこいつだ!」
「いや、ストーカーはお前だ」
「自白しただろう?」とユウキさんは彼を小馬鹿にするように鼻で笑う。
「うるさい!うるさいうるさい!あんなもの!作ろうと思えば作れる!もっとちゃんとした証拠を出せ!」
怖い。だけど…
「…あ、あの!私、事故があった現場に行ってみたんです」
嘘だ。行っていない。だけど、本当に私の恋人なら心配するはずだ。
「ナナ!一人で行ったのか!?」
「余計なことを…」
「ご、ごめんなさい…何か…思い出せたら良いなと思って…」
「何か思い出せた?」
「無理に思い出さなくていいよ。ナナ」
カナタさんの声が震える。その態度が何よりの証拠だ。
「…現場に行ったのは嘘です」
「「は?」」
二人の声が重なる。
「…二人の反応を見たくて。…犯人なら、私に記憶を取り戻してほしくないでしょうから。やっぱり、この音声は本物だと思います。…私は、ユウキさんを信じます」
カナタさんが俯き、わなわなと震える。近くにあったゴミ箱を蹴り上げて叫んだ。
「ふざけるな…ふざけるなよ!!僕がせっかく!道を正そうとしてあげたのに!」
本性を表すカナタさん。ユウキさんから聞かされた音声と同じ声で怒鳴る。
そして、ポケットから何かを取り出した。反射してきらりと光る。ナイフだ。
ダッとこちらに向かって駆け出す。
「ナナ!!」
咄嗟に、恐怖で動けなくなる私の前にユウキさんが飛び出た。そして振り上げられた彼の腕を掴んで投げ倒し、ねじ伏せる。
「うぁっ!」
カランと音を立ててナイフが落ちた。それを蹴り飛ばしてユウキさんは私に向かって何かを叫ぶ。一瞬、聞き取れなかった。二回目でようやく警察を呼べと指示されたことを理解する。
「は、はい!」
震える手で、ユウキさんから借りたスマホを使って110番に電話をかける。
「くそッ!離せ!ナナを返せ!」
カナタさんは必死に抵抗するが、ユウキさんが頭を掴んで何かを囁くと大人しくなり、怯えると怒りがこもったような顔で彼女を睨んだ。
パトカーのサイレンが近づいて来る。
そうして、カナタさんとユウキさんの会話を録音した音声が証拠として認められ、カナタさんは逮捕された。
私の記憶はまだ戻らない。だけど…
「…私を信じてくれてありがとう。ナナ」
「最初は迷いました。でも、カナタさんは貴女をやたらと悪く言ったけど、貴女は私の心配しかしなかった。彼のことは眼中には無いって感じで…」
ユウキさんは、会うたびに私を心配していた。少し過保護なくらいに。
「…あ、この人私のことしか見てないなって感じがしたんです。だから、少し話せばどっちが私の恋人かなんてすぐにわかりましたよ」
きっと私は、彼の根強い差別的な考えが嫌になったのだろう。だから別れた。
ギリギリまで悩んでいたのは、決定的な証拠がなかったからだ。
「…同性だから違うかなとは思わなかった?」
「正直、最初は思いました。…家族も周りもみんな彼氏って言うし…。でも…誰も私の恋人には会ってないって言うんですよね。顔も名前も知らないって。…だから…私が女だから、当たり前のように相手が男だと思って彼氏って言っちゃうのかなって思ったんです」
実際、サクラコさんは言っていた。私は彼氏とは一言も言わなかったと。
「中には恋人っていう子もいました。なんで彼氏って言わないのかって聞いたら『ナナが彼氏じゃなくて恋人だって言ってたからだよ』って言ったんです。誤魔化しながらも、地味に相手が男性ではないことを主張してたみたいですね。…それに気付いてくれていた人もいたみたいです」
「…そっか」
「…はい。…ねぇ、ユウキさん。記憶が戻ったら、貴女を両親に紹介したいです。私の恋人だって。同性だけど、恋人だって」
「…えっ、でも…」
不安そうな顔をするユウキさん。
「…大丈夫です。きっと受け入れてくれます」
家族はサクラコさんと普通に接していた。私の恋人が女性だと話しても、特別扱いせずに普通に接してくれると思う。
「仮に受け入れてくれなかったとしても、私は貴女のそばに居たいです」
「…ナナ…」
「…まだ何も思い出せないけど…ユウキさんが私の恋人だってことはもうわかります。頑張って、思い出します。だから…」
彼女は私を守ってくれた。きっと、記憶を失う前もたくさん守ってくれたのだろう。たくさん愛してくれたのだろう。だから、そんな不安そうな顔をしないでほしい。私にも貴女を守らせてほしい。
「記憶を失う前の私達の話、たくさん聞かせてください」
「…うん…うん…」
ぽろぽろと涙をこぼす彼女を抱きしめる。私はまだ、彼女のことを何も思い出せない。恋人だと言われても、何一つ覚えていない。だけど…
「愛してます。ユウキさん」
私はもう、貴女を疑ったりしない。
二人の恋人 三郎 @sabu_saburou
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