2話:私の恋人は
翌日から、私は見舞いに来る友人達に恋人のことを聞き込みした。
「あぁ、彼氏の話は聞いたことあるよ。頑なに会わせてくれないから、本当に居るのか疑ってたけど」
「彼氏…ですか…」
彼氏。私がそう言っていたのだろうか。それとも友人が勝手に異性だと判断したのだろうか。
「ん?何?」
「…いえ。ありがとうございます」
「元気になったら、今度こそ彼氏紹介してね」
「…はい」
他の友人にも聞き込みをする。全員口を揃えて彼氏と言う。しかし、実際にその彼氏に会ったことがある人は居ないらしい。「頑なに会わせてもらえなかった」と、これまた口を揃えて言う。どうやら私は恋人の存在を隠していたようだ。同性同士だったから言えなかったのか、それとも、二股かけていたから言えなかったのか。
「ユウキさんもカナタさんも優しそうだったけど…どちらかが嘘をついているんだよね…。…私はどっちを信じたら良いの…?」
呟きは誰にも届かず消える。もしかしたら本当に、嘘をついているのは私自身なのではないか。そう思いたくなるほど、二人とも良い人だ。どちらも疑いたくないが、今のところ疑いを向けるとしたら、圧倒的にカナタさんの方だ。彼は同性愛に対して嫌悪感を抱いていた。元カレだとして、私を
だけど認めるのが怖い。優しそうな彼がストーカーだと認めるのが怖い。本性を知るのが怖い。全て自分の罪にしてしまいたい。どちらかが、あるいは私が嘘をついていたという決定的な証拠が欲しい。
それから数日に渡って来る人来る人に聞き込みを続けた。どうやら私には友人が沢山いたらしい。記憶を失う前の私は沢山の人に愛されていたようだ。その中に唯一
「恋人がどんな人かって?」
私の恋人を彼氏と言わない女性がいた。
「彼氏…じゃないんですか?」
「ん?彼氏なの?ナナは恋人って言ってたし、今も恋人って言ったじゃん」
彼女は苦笑いしながら言う。
「…来る人はみんな、彼氏って言ってました」
「そう。でも私は恋人だって聞いてるよ」
「彼氏と言ったことは?」
「なかったね。恋人に会わせたくない理由も当たり前のように異性だと思われているからめんどくさいってことだと、私は思ってたけど…恋人は異性なの?」
「…それを確かめたいんです。実は、私の恋人と名乗る人物が二人いて…」
「えっ、何それ。怖っ」
と言いながらも彼女の目は輝いている。当事者の私からしたらそんなキラキラした目で話せない話なのだが。苦笑いしてしまうと彼女はハッとして、真剣な表情を作り直した。
「一人は女性、一人は男性で、二人とも、お互いを私のストーカーだと主張したんです。…どっちも、嘘をついているようには見えなくて。私が…二股かけていたのではないかと…」
「ナナは二股かけるようなタイプじゃないよ。私はね、ナナのことを幼少期から知ってるんだ。ずっと見てきた」
「幼馴染なんですね」
「…うん。…それで…えっと…私ね…生まれた時は男だったんだ」
彼女は周りを気にしながら、言いにくそう小声で話す。全く気づかなかった。声も、見た目も完全に女性だ。昔の写真を見せてくれたが、今の姿の面影はあるものの同一人物だと言われても結びつかない。兄か弟か、あるいは親戚かなと思う程度だ。彼女によく似た男性としか思えない。
「ナナだけが、私が女だって信じてくれた。だから私は自分を女だと信じて、胸を張って生きることが出来るんだ。サクラコって名前も、ナナがくれたんだよ。桜には"優美な女性"って花言葉があるんだって」
あぁ…そうだ。私は花が好きだったな。
「ナナは、いい意味で人に無関心で…それで、誠実な人だった。二股かけるような人じゃないよ」
「…私は、貴女にも、恋人の写真を見せてはいなかったのですか?」
「…そうだね。でも、私になら見せて良いかなって言ってたよ。恋人に許可取るから待っててねって。連絡するねって。だけど、次に来た連絡は…」
「君が救急車に運ばれて意識不明になったって連絡だった」と、彼女の声が震える。
「…ごめんなさい。何も思い出せなくて」
「…ううん。生きていてくれただけで充分だよ…もう…二度と会えないかと思った」
私を抱きしめて泣いてしまうサクラコさん。幼馴染で親友だというのは本当のようだ。そんな彼女にさえ、私は恋人のことを打ち明けなかったらしい。
「私に出来ることがあったら何でも言って」
「はい。…あ、男性と付き合っていた過去は知ってますか?」
「いや、それも知らない。けど、恋人と別れた話は聞いた。で、新しい恋人が出来たって」
「…前の恋人の性別についても明言してなかったんですね」
「うん。多分、ナナは他人の性別は気にしないんだろうね。男性、女性ではなくて、個人を見てくれる。…だからナナはいつも人に囲まれていた。みんな、ナナのことが大好きだった。私もね。…もし、ナナをこんな目に合わせた犯人がいるなら私は絶対許さない。地獄に突き落としてやりたい」
腕に込められた力から、震える身体から、激しい怒りが伝わって来る。
後から来た家族に幼馴染のサクラコさんのことを聞くと、彼女が話してくれたことと同じ話をしてくれた。サクラコという名前は私が考えたこと、それから、彼女が親にカミングアウトする時に私が付き添ったらしい。それほど仲が良かったようだ。ただ、やはり恋人のことは知らないらしい。家族にも話していないようだ。しかし、家族も恋人のことは彼氏とは言わなかった。元々私は、彼氏や彼女という性別を限定した言い方はしなかったようだ。
やっぱり私は、あの人が私の恋人だと思う。だけど、まだ決定的な証拠はない。
しかし、それから数日経ったある日のこと
「…ナナ、ちょっといいかな」
自称恋人の一人から、決定的な証拠を叩きつけられた。
「…これは…」
「…本物。信じてくれる?」
「…」
それを信じれば、あの人をストーカーだと認めなくてはならなくなる。怖い。優しいあの人の本性を知るのが怖い。だけど…
「…信じます」
私は、目の前にいるこの人を信じたい。
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