ここから始まる
また後日、図書委員の当番の
「(我が家は一般家庭で住宅街だし…なんか風流がないのよね。
田舎の風景を思い浮かべていると、ふとまたあの少年、
その時、ガラッとドアが開く音がする。ちらりと少し睨むように入ってきた人物を確認した文香は固まる。
「あ…
「…こんにちは」
そこには今文香の脳内をいっぱいにしていた少年圭がジャージ姿で立っていたからだ。すぐに視線を逸らしはしたが、挨拶は返した。圭は気まずそうにえーと…と言いながら開けたドアを閉めた。そしてカウンターにいる文香に近づく。文香は彼が近づいてきてる気配を感じてドキドキと心臓が鳴り、緊張で小説を持つ手が震えた。
「あの、本ありがとう」
「あぁ…」
圭は気恥ずかしそうにしながらも借りた小説が入っている小さな紙袋を差し出した。お礼の言葉でそれが何か分かった文香は素直にそれを受け取る。わざわざ紙袋に入れるなんて律儀な人と考えながら中身をしっかりすると、そこには小説と他に既製品のお菓子が入っていた。文香が顔を上げて圭を見ると、彼は貸してくれたお礼だから受け取ってほしいと両手を胸の位置で横にわたわたと動かしながら言った。それに対してありがたく受け取ることにした文香がお礼を言うと、圭は安心したように笑う。その笑顔にまた文香は目の前の世界がチカチカと光って輝いて見えた。
「なんで…」
無意識に出た言葉だったそれは圭には聞き取れず、ごめん聞こえなかったと言うと文香は微かに眉間に皺を寄せた。
「…本、どうだったかなと思って」
「あ、確かに浅井さんの言う通りだったけど…俺、この本好きだな」
「ふぅん…どんなところが?」
「え! えっと…」
突然顔を赤くする彼に文香は首を傾げる。ここは快適な温度のはずだから熱いわけではないだろうし、それとも何か恥ずかしくなるような理由なのか、そんなことあり得るのか、文香には謎だった。しかし、圭には十分恥ずかしがる理由があった。それを、言うか言わないか迷って、そしてうまく誤魔化そうと決める。
「そ、それより、俺はバスケ部なんだけどさ…浅井さんは何か部活って入ってるの?」
「入ってないけど…君、話を逸らすのが下手じゃない?面白くなかったら面白くなかったと言っても気にしないけど」
「そんなんじゃないよ!!ち、違くて…!」
文香はあからさまに話を逸らした圭を不審に思い、理由を聞かずに別の話に乗るという優しいことはせずに問いだすと圭が大声を出したので声が大きいと睨む。それに慌てて口を押さえた圭は眉を下げてごめん…と謝る。ここが図書室だということを忘れてしまっていたのだ。まぁ今誰もいないからいいけど…と思っている文香をよそに、文香の前で失態ばかりで圭は落ち込む。もっとかっこつけていたいのに、うまくいかないことばかりだ。あの時だって本当は周りに悪く言われてる彼女を守ろうとしたのに、実際は話しかけただけで何も守れていないし、単純に変な空気を作っただけであった。
「それで?貸したんだし感想聞く権利はあると思うんだけど」
「そうだよね…えっと…」
情けないと落ち込んでることなんて知らない文香は感想を聞く。正直、どうして彼の感想がこんなに聞きたいのか分からなかった。けれど、これで彼との関係が終わるのをなんとなく嫌だと感じていた。だからこれは彼女なりに引き止めているのだ。分かりづらくはあるが。
一方で圭は迷っていた。こうやって文香が自分と話そうとしてくれているのに逃げていいのか、だが本当のことを伝えるには今の印象が悪すぎる。もっと自分のいいところをアピールした後とか、もっと気軽に話すような仲になってからの方がいいのではないか。そう悩んで、うーーんと唸る圭に文香は言いづらいことだったのかと思い、発言を撤回しようか考えるが、彼の意見がまとまるまでは待ってみようと思い黙って圭が何か話すのを待つ。圭は色々と考えているためそんな彼女に気付かずに悩む。そして、でも…自分のこういうかっこ悪いところも、受け入れてほしいと思った。いいところばかり見せていたって後に困ることになるだけだ。そう思ったら、混乱していた頭が凪いで、自然と落ち着いた。別にどんなスタートだっていい、彼女に見てもらうためには、ある程度の衝撃が必要なのかもしれない。
ぎゅっと拳を握った圭は文香をまっすぐ見つめる。そして穏やかに笑った。
「この本ね、浅井さんに似てるなって思ったから好きなんだ」
「……私に?」
「うん。浅井さんが言ったように淡々としていたけど…それでも凛としていて、優しくて…そういうところが浅井さんに似てて好きだなって思った」
「…何言ってんの…?」
この男に自分の何が分かるというのだろうかと文香は正直に思った。そして同時に、ほぼ初対面の相手にどうしてこんなに告白じみたことが言えるのか不思議でたまらなかった。文香に変な人だなと思われてる圭はそんなこと知らずに覚悟を決めていた。外と違い快適な温度のはずなのに、汗が垂れる。心臓の音で周りの音なんてほとんど聞こえない。
「俺…1年の頃から浅井さんのこと好きなんだ」
顔を赤くさせて、でも真剣な表情の圭を前に文香の見る世界がまたキラキラと輝き始めた。眩しいくらいに。学校指定のジャージで、部活後だからか少しボサついた髪の彼は顔が良くとも、ダサい格好なことには変わりないのに文香の目には今まで見たことある人たちの中で一番かっこよく映った。鼓動が早くなるのを感じる…目を逸らしたいのに、真剣な表情の彼から目を逸らすことなんてできない。かろうじて、小さくどうしてと言えた程度だった。
「入学式の新入生代表挨拶に選ばれて壇上に立った時はこの人頭良いんだなぁくらいにしか思ってなかったんだけどそこで顔と名前は覚えてて、クラスが一緒だったからなんとなく目で追いかけることがあった」
「……」
「初めは特に何も思ってなかったんだ。でも…1人でいても、周りに何を言われても、泣いたり怒ったりすることもなく、凛としてる姿がかっこいいと思って…俺だったら気にしちゃうのにって、憧れるなって、思って…前より気になるようになって、普段バスケばっかで本なんて読まないのに、浅井さんが読んでた本を読んでみたりなんかもした」
お互い目を逸らすことなく話し、聞く。圭は心臓の音が大きすぎて、死んでしまうのではないかとまでと思っていたが、彼女に想いを伝えたい一心で口を動かしていた。
一方文香は今まで恋愛に無縁だったため免疫がなく、本を読んで知識があってもこんな時にどうにもできない自分が歯痒く、告白されるだけでこんなに胸が高まるものなのかと戸惑っていた。
「それだけじゃ浅井さんは冷たい人に見えるかもしれないけど…移動教室が変更になったのを知らない時にそっちじゃないよって教えてくれたり、落とし物を拾って届けたりもしてて…浅井さんはそっけなく見えても優しい人なんだって気付いて…自分だけがこのことを知ってるんじゃないかって優越感と独占欲を覚えた時に、自分がとっくのとうに浅井さんに恋してることに気付いた」
輝く圭の瞳から逃れることができない文香はごくっと唾を飲み込んだ。真剣なのが、本気なのが伝わる。見られてたなんて気付かなかった鈍感な自分を恥じる前に、彼の本気の気持ちを嬉しいと思う自分が分からなかった。
「だから…その本が淡々としてるけど優しくて、凛とした雰囲気のその本が…浅井さんに似ていて好きだと思ったんだ」
「わ、たしに…」
文香は自分が手にしている紙袋の中をちらりと見る。自分は凛となんてしていないし、優しいだなんて思わない。淡々と、どこか人よりも感情が抜けている自覚はあったし、周りへの興味も薄い。そんな自分を、彼はそんなことないと否定をしてくる。自分の性格を悲観したことはないし、困ってこなかった…なのにキュッと締め付けられる胸が、嬉しいと、自分は喜んでいると知らせてくる。一度逸らした視線をまた圭に向けると、彼は優しく微笑んでいた。それにまた激しく鼓動が鳴る。
圭は言いきったことによってスッキリとしていた。自分が好かれてるとは思わない。彼女と話したことはほとんどないのに、どこか遠くを見つめている彼女が自分を見てくれていたなんて思えない。だからといって諦める気持ちはなく、今やっとスタート地点に立てたのだと思っていた。
「急に言われてびっくりすると思う…けど、浅井さんのことが好きなのは本当だから」
固まっている文香を見て、純粋に可愛いなぁと思いながらそれじゃ…と圭が手を振って去ろうとする。文香は焦った。まだ自分は何も伝えられていないのに、真剣な彼に何も返せていないのに、彼は帰ろうとするのだ。
「待って!」
普段落ち着いていて、誰かと話しているところもあまり見かけない文香の大きめの声とガタッという大きい音に驚き、圭は振り向く。そこには、見たことのない表情の文香がいて、文香が座っていた椅子が倒れていた。それにポカンとマヌケ面をする圭。まさか自分に対してこんなに文香が感情を向けてくれるなんて考えもしていなかったからだ。
「好き勝手言って逃げるのはずるいんじゃない?私の答えは知りたくないわけ?一方的に言って君は満足なの?」
「え、えっと…でも急だったし、そんなすぐに返事とかできないかなと思って…」
「それでも言いたいことはある。返事もできる」
カウンターから出て圭の前にへと歩み寄る文香。自分に近づいてくる彼女に思わず後退りするが、逃げるの?という文香の言葉に逃げない!と立ち止まる。圭の前に立ち、身長差から自分を少し見上げる文香にドキドキと胸が高鳴る。文香も、思ったより身長が高い彼を前にして少し緊張した。そして、今はもっと彼のことを知りたいと考えていた。
「正直に言うと、君のことは別に好きなわけじゃない。だって何も知らないし」
「うっ…」
「私は君の名前すら分からない」
「え!?」
「1年の頃も同じクラスだったの?」
「え…うん…」
「名前は?」
「あ、
「そう、青野ね。知ってると思うけど私は浅井文香」
名前すら知られてなかったことに少なからずショックを受ける圭のことはつゆ知らず、文香は彼が気になる気持ちが、キラキラして見える世界が、きっと恋をしている感覚なのだと思った。彼に告白されるまで恋愛方面に考えていなかったけれど、そうなのだと考えたら納得ができる。
「(私は、きっとこの人に恋をしたんだ)」
自然と口角が上がる。ずっと悩んでいたモヤモヤが晴れて清々しい気持ちだ。
「私たちはまだお互いのことあまり知らないと思うの。青野は私のこと見てくれてたかもしれないけど、私の好みとか知らないことはまだまだあるでしょ」
「う、うん…俺もそうだと思う」
「私は、青野のこともっと知ってから答えを出したい」
愚直に恋をした、彼も自分が好き、だから付き合うなんてして、その男が悪い奴だったら笑えない。文香は圭のことをほとんど知らない。だから、もっと知っていきたい。
ふわりと柔らかく笑った文香に圭は顔を真っ赤にさせて手のひらで口元を押さえる。笑った彼女なんて見たことがない。好きな子の笑顔の破壊力はこんなに強かったか、それとも彼女だからなのか、分からないが笑いかけてもらえたことが嬉しくてたまらない。
「だから手始めに、来週の土曜日にある花火大会、一緒に行かない?」
「…もちろん!行くよ!」
圭が勢いよくそう答えると、文香は楽しそうに笑った。それに圭が嬉しそうに笑う。幸せそうな2人が、そこにはいた。
文香はどうか圭がいい人であるようにと祈る。だって、いつか遠い未来に、あの夏に彼に会えてよかったと笑えるようにしたいから。
あの夏に 七夕奈々 @tnabata-7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます