空想いぬトーク
澄岡京樹
いぬ「わんわん!」
空想いぬトーク
「犬ってワンワン鳴くじゃん。じゃあ仮にツーツー鳴いたらそれは犬だと思う?」
「何を言っている?」
何を言っている? ——ああ、思わず思ったことを脊髄反射気味に口から出してしまった。でも仕方がなくない?
「いやだからさ。ワンワン鳴くのが犬なわけじゃん。で、ワンって数字の一を英語で言った時のやつじゃん。じゃあ数字の二の英語バージョンであるツーが犬の鳴き声というifの場合さ、それは犬だと思う? って訊いたんよ俺は」
「本当に何を言っている?」
マジで何一つわからない。こいつの言っていることが何も——正確には仮定の部分が——何もわからない。哲学なのかこれは? 哲学として認識していいのかこれは??
「えぇとな……それがその世界の犬的生物の鳴き声だとするなら、まあそれは犬と言えるんじゃないかな」
なんとか真面目に答えてみる。これで納得してもらえるといいのだが——
「いやでもそれって本当に犬なのか? その世界の犬的生物って言ったけどそれは俺たちの世界における犬と本当に同一なのか?」
「いやそれは知らんが……」
ていうかそれを言い出したらキリがないんじゃないかこれ。なんというかその——
「この会話もう既に千日手めいてないか?」
俺が何を言おうとこいつはきっとなんらかの反論をしてくる。それが繰り返されると理論上は無限に問答が平行線になりかねない。そう思ったのだが——
「いやそれはおかしいって。だって人間って喋り続けるのは流石に無理じゃんよ。どっかのタイミングで寝ないといけないしさ。だから厳格に千日手って認定するのは無理だと思うんだよな」
いやそりゃそうなんだけどさ。それはわかるんだけどさ。千日手ってそこまで超厳密に定義しないといけないやつなの? 俺もうわかんなくなっちゃったよ。
「じゃあ千日手じゃなくていいよ……」
と、面倒なので俺はここで話をなんとか切り上げたかったのだが——
「ところで千日手って聞いてふと思ったんだけどよ、もし犬の鳴き声がサウザンドサウザンドだったらそれって犬なのかな。
「知らねーよ!!? ていうかお前今サウザンドッグって言ったよな!? それはドッグって入ってるから犬なんじゃないのか!!!?????」
ついつい叫んでしまったが仕方ないよね。こんなん真面目に話している方が困難でしょマジで。
「ドッグかどうかわからんじゃんよ。サウザンド・ドッグなら確かに犬かもしれんよ。でもこれはサウザンドッグなわけじゃん。ていうことはサウザンド・ッグって言うサウザンドな『ッグ』かもしれないわけじゃん。それはもうさ、犬じゃないと思うんだよな」
「『ッグ』ってなんなんだよ!!!???」
思わず叫んじゃった。いやこんなんキレないでいる方が困難でしょ実際。
「え、ひょっとして『ッグ』をご存知でない?」
「——は?」
こいつこの後に及んでさらに訳のわからんことを言い始めた。『ッグ』ってなんだよ知るわけないだろ。
「そっか。『ッグ』を知らなかったかー」
「何??」
なぜかマジトーンで淡々と話し始めたのでわりとガチで困惑している。……何? 『ッグ』って実在するの?????
とか思っているとなんか得心のいった表情を眼前の野郎がし始めた。
「あー悪ぃ。『ッグ』って『ワンワン鳴く犬』の世界には存在しないんだったわ。今のは忘れてくれ」
「へ?????」
「うーん話題チョイスをミスっちったな〜〜。まあいいか。領域外の話をしちゃって悪かったな。また今度『センバーガー』奢るわ」
そう言ってそいつはどっかへ歩いて行ってしまった。……俺は無性にハンバーガーが食べたくなった。とにかくなんとか安堵したかったのだ。
満月が輝く夜、どこかで犬が鳴いていた。
空想いぬトーク、了。
空想いぬトーク 澄岡京樹 @TapiokanotC
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます