旅のはて part3
「歩夢さんって呼んでよろしいですか?」
「うん、いいよ。それとそこまでかしこまらなくてもいいよ」
「ありがとうございます。歩夢さんはどうして旅を?」
やはりそれか。ここまでしっかりした子にこの話を聞かせるのは少し恥ずかしいものだが、どうせまた会うことも来ることもない。私はそう割り切って正直に話すことにした。
「私は働きたくなかったから、旅を始めたの」
私は天井を眺めながら言った。
「皆、学校を卒業したら社会に出て働くことに誰も疑問を持っていなかった。小学校の頃の夢は、本当に夢って感じなのに、高校生になることぐらいから、皆の夢はどんな仕事をしたいかに変わっていった。アイドルを応援していた先生はいなくなって、本当に後悔するぞ
とか、現実を見ろとか言う人ばかりになった。そういう小さい疑問とか違和感とかを、皆が見て見ぬふりというか、当たり前に受け入れているという事自体が、私はなんか納得できなかったの」
小夜は何も聞かずに話さない。だけど視線は嫌というほど感じられ、話をちゃんと聞いていることだけはわかる。この子は今何を感じているのだろうか。
私は一息つくためにお茶を一口含み、また続きを語る。
「皆口々に言うの。学生たちは就職したくないって。大人たちは働きたくないって。それなのに皆、一生懸命になって就活するの。なんか変だなって思った。だって、大人たちがサッカー選手とか、ロックスターを夢見る子供を馬鹿にしてきたのに、公務員とか大企業とかを目指しなさいって言ってきたのに、そこにいる人たちは全然イキイキしてないの。私はこの大衆的な流れにただ乗っかるだけなのが嫌だった。だから就職せずにたびに出たの」
私は思っていることを小夜に伝えた。改めて考えると、そんなこと両親どころか誰にも話したことがなかった。初めて口にして、胸が少し軽くなった気がする。
そして何より、今までとりあえず家を出て旅をしているだけだった私の、蔑ろにしてきた部分がはっきりとした。
「そうか、私は逃げているんだ」
「何からですか?」
久しぶりに口を挟んだ小夜に思わず視線が吸い寄せられると、そこには私の声を逃さないように、真剣にこちらを見る眼差しがこちらを見つめていた。
「多分・・・・・・現実かな」
「現実ですか」
「うん。さっきまでのは全部後付の理由だったんだ。本当は最初に言った通り、ただただ働きたくなくて、それが嫌で逃げ出しただけだ」
結局、私は働きたくないという感情を正当化するために、いろんな理由をこねくり回して、言い訳を作っていただけに過ぎないのだろう。
それに気がついた私は途端に恥ずかしくなってしまった。
今目の前にいるのは、私よりも断然年下なのに、立派に働いている社会人だった。
背中から嫌な汗が滲み、頬が熱くなった。
「あー恥ずかしい!ごめんね、こんな駄目人間の面白くない話を聞かせちゃって!」
慌てて手で顔を仰ぎながら、ごまかし笑いを浮かべる私は、私が今まで馬鹿にしてきた人たちの誰よりも愚かに思えた。
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