旅のはて part2

 「本日は当館をご利用いただき誠にありがとうございます」

 そこに現れたのはうら若き少女。まとう制服は、童顔な顔立ちと成長段階の背丈にはあまりに似合っておらず、年齢は見るからに私よりも下だろう。そのはずだが言葉遣いはとても丁寧で、一挙手一投足まで洗礼された所作からは熟年のものを感じさせる。それだけで女将の娘だろうとわかった。

 「お食事はお気に召されましたか?」

 「ええ、正直値段に見合ってないんじゃないですかってくらい」

 少女はクスリと笑った。それさえも上品だ。

 「ここには海の匂いをまとった方しかいらっしゃいませんから。女将が張り切りまして、普段は出さないような新鮮な魚介を特別にご用意させていただいたのです」

 「そうでしたか。それはそれはありがとうございます」

 何故か私までつられてあっているかもわからない丁寧な言葉を使い、膝をついてお礼をしてしまった。

 「あの、このあとは何かご予定はございますか?」

 「いえ、特に何も」

 「もしよろしければ就寝までの間、お話しませんか?」


 「さあ、こちらへどうぞ」

 案内されたのは敷地内にある少し本館から離れた小屋。そこは若女将の家だった。

 「お茶を用意しますので、少し待っていてください」

 そう言って私を一人残して部屋を出てしまう。あったばかりの人を家に上げ目を話すとは、信頼されているのか、それともただただ不用心なだけか。いずれにせよ彼女の年相応の価値観が現れているように思えた。

 あまり褒められたことではないが、つい手持ち無沙汰で辺りを見回してしまう。本棚には小説の他に、各地の名所などが記されたものや、冒険家の書記などが並んでおり、彼女の趣味がわかるようなラインナップとなっていた。それ以外には物がほとんどなく、あまり少女然としておらず、全体的に落ち着いた色合いで飾り気のない部屋だった。

 タンスの中でも開けば何かわかるかもしれないと思ったが、そこまで行けば私はただの変態だ。自分を探すためにたびに出て、見つけた私はただの変態で、行き着く先は牢獄ではあまりに滑稽ではないか。

 と、そんなくだらないことを妄想しているうちに、若女将は部屋に戻ってきた。

 「何もないところでごめんなさい。どうぞ、粗茶ですが」

 「ありがとうございます」

 こういう下手に出られた時、どうするのが正解なのだろうか。正直何かを期待したわけでもないのだから、何もなくていいのだ。

 「そういえば、挨拶がまだでしたね。私、当旅館の女将の娘でございます、小鳥遊小夜たかなしさよと申します」

 「小夜ちゃんね。私は―――」

 「島歩夢しまあゆむさん、ですよね」

 「なんで・・・・・・、ってそっか」

 「はい。名簿を見れば」

 「小夜ちゃんっていくつ?」

 「今十五です。今年十六になります」

 「えっと、十五ってことは・・・・・・高校生?」

 「いえ、実は高校には行ってないんです」

 「え、なんで?」

 「どのみちこの旅館を次ぐことが決まってますから。それなら高いお金を払ってまで、高校に行こうが大学に行こうが意味がないので」

 これは驚いた。まさかそこまでの判断をこの小さな体で行ったのだから。道理で本棚や勉強机などに、教科書やノートの類が見当たらないわけだ。

 「凄いね。私が中学生の頃にはお金のことなんて考えたことなかったよ」

 「それは小さい頃からここの経営について、母から教わっていたので。だから、別に大したことないんですよ」

 そう答える小夜の表情には影が指しており、それは私もよく知るものだった。

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