旅のはて part1

 そこには車と波の出す音だけが響いていた。潮風が、少し日に焼けてひりつく肌に追い討ちをかける。その痛みは私を詰問するようで、でもかえってそれがあることで私は罰を受けていると錯覚できるようで、甘んじて受け入れ続けていた。

 地平線の向こうまで続く曇り空を眺めながら、これからどうするかを考える。

 「これから・・・・・・ね」

 未来は未来でも、近い未来のこと。今にも降り出しそうな、そして当分止むことがなさそうな様子に対して、私は足を止めるべきか、それともその中でも進むべきかを考えていた。

 大学四回生になって、誰もが就職活動に躍起になり、中には早々に内々定を獲得したものまで現れだす中、私はほとんど動かなかった。

 これといった理由があるわけじゃないが、就職したくなかったのだ。

 しかし、いくら就職したくないからと言っても、はいそうですかと言って終わらせてもらえるほど、私の家は裕福ではないし、両親はもちろん、自身の評価を危惧したゼミの教授も黙ってはいなかった。ほぼ毎日のように、就活しているのか、履歴書は書いているのか、この間の合説は行ったのか、 案内が届いていたぞ、他の人は去年から動いていたぞと、顔を合わせるたびにあれやこれやと問うてくる。

 そして八月がもう間近に迫り、流石に痺れを切らした両親と教授が結託して、大学生でありながら四者面談が開かれた。結局決断を迫られた私は、まだやりたいことを探したいという大義名分を掲げ、日本一周自分探しの旅をすることになった。

 資金に関しては、何となくこうなることを予期していたため、高校を卒業する前からアルバイトを初めて、コツコツ蓄えた貯金を切り詰めるということで、なんとか合意を得ることができた。逆に言えばそれが尽きた時がタイムリミットとなるわけだ。それまでには何らかの形で結論を見出さなければならない。

 免許証を持たない私の唯一の移動手段であるこのクロスバイクは、私に生えている足よりも早く遠くに進むことができるが、雨風を守ってくれる傘はなければ、車のような屋根もない。とりあえず今日は、雨が降り出す前にどこかで宿を取るなりして休憩することに決めた。

 

 この辺りは釣り人にとってかなり有名なスポットらしく、それ故に結構な観光客が来るらしい。今の季節はあじが美味しいのだと旅館の店主が教えてくれた。

 とにかく最安値で探した宿は、値段の通りというか適正価格と言うべきか、まあそんな感じだった。そのわりに客が入っているのは、私のような流れのものが以外と多いからだろうか。そんなことを考えたが何てことはなくて、薄給に喘ぎながらも釣りに命をかける者たちがこぞって利用しているだけだった。

 なるほど。道理で女将さんが私を見て驚くわけだ。

 釣り人で無い、それも女の一人客。大層な喜び様で歓迎された。挙句に背中を流そうかとか聞いてきたが、丁重にお断りしておいた。

 風呂を出て、これまたそれなりの夕食を頂き、やることもなくただぼーっと窓から夜の海を眺めていた。明かり一つないそれは、昼間見た時以上に虚無の空間がただ目の前に広がっているだけで、闇そのもののようだ。いっそここに飲み込まれてしまえば、私はこんなにも何かに迷うこともなくなるのかもしれない。まるで冗談のようなことを本気で考える。

 さっき話した女将さんは、私が旅をしていることを凄いと言ったが、こんなことを真面目に考えている人が果たして本当に凄いのだろうか。

 少し早い時間だが、明日の天候回復を願いつつもう寝よう。そう思って布団に入ろうとした時、扉を叩く音がした。

 

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