2022年)ホワイト・マスク ―笑顔を取り戻せ!―
毎年ハロウィンの日は、地区に住む人たちが
「今年のホワイト・マスクはどんなお菓子を配るのかな?」
「さあね。それよりちょっとこれ着てくれる?」
今日もその地区の家々では、ハロウィンの準備が進められていることだろう。それはこの青年も例外ではない。
「よし。あとは描くだけ」
身長二百センチメートルもあるフレディが作っているのは、一枚が掌よりも大きいクッキーの上に粉砂糖と卵白を混ぜたクリームでデコレーションするアイシングクッキー。焼き上がったクッキーの粗熱が取れたので、これからデコレーションをするところだ。
かぼちゃの形をしたクッキーにはジャック・オウ・ランタン、正円から伸びた棒の形をしたクッキーにはロリポップ、仮面の形をしたクッキーには豪華な装飾を施した舞踏会用のデザイン。他にも様々な形のクッキーを作り、蓋の付いたガラスの入れ物に保存してクリームを乾燥させる。それには睡眠時間と同等の時間が必要なため、フレディはキッチンの片付けを始めた。
「今年も喜んでくれるといいな」
フレディはクッキーを作り終えた満足感と、子供たちがそれを手にしたときの顔を想像すると、口角は自然に上がっていた。
ハロウィン当日、フレディは個包装したクッキーを黒い紙袋に詰め、黒いマント、黒いシルクハット、白い仮面を身に付けて会場に向かう。住民たちはすでにお菓子の交換会を始めていて、今年も賑やかなパーティーとなっていた。一人の子供が白い仮面のフレディに気付くと、「あ! ホワイト・マスクだ!」と叫んでフレディに飛びつくように子供たちが駆け寄る。何も言わずに手作りのアイシングクッキーを手渡し、子供たちの笑顔を見ながら仮面越しに微笑む。
親たちは子供そっちのけで会話に花を咲かせていると、突然女の子が大声で泣き出した。
「うわあーん! 私のクッキー!」
女の子の足下にはフレディから貰ったクッキーがバラバラに割れていた。
「こ、こいつが悪いんだぞ! クッキー交換してくれないから、こんなことになったんだぞ!」
男の子も泣きそうな顔で弁解するも、男の子の母親が真っ先に飛んできて後頭部を
「ごめんね。代わりにこれあげるから許してね」
男の子の母親は一言謝り小さい袋を渡した。しかし女の子はそれで納得することはなく、泣きながら自分の母親の元へ歩いて行く。
「ママー。あの子が無理やり私のクッキー取ろうとして、落としちゃったー」
女の子が説明すると、母親は即座に男の子の母親の元へ行き娘が泣いている原因を言及した。最初こそ男の子の母親は事の経緯を説明するも、次第に華ではなくハロウィンに全く相応しくない親同士の言い争いが飛び交った。フレディはどうにかしてこの場を納めようとするも蚊帳の外にされてしまい、どうすることもできなかった。すると子供たちがフレディに寄ってきて助けを求めた。
「ホワイト・マスク、お母さんたちどうにかして」
「こんなハロウィンやだー」
「おかし、おいしくなくなっちゃう!」
フレディは子供たちの笑顔が消えてしまった今がとても悲しく、意を決してもう一度親たちを止めに入る。
「あの! 一旦、落ち着きま――」
「だから貴方には関係ないって言ったでしょ!」
「そうよ! こっちの問題なんだから!」
「じゃあ子供そっちのけで喧嘩していいんですか? 見てください、子供たちから笑顔が消えてしまっているんですよ、何とも思わないんですか!?」
フレディの言葉と、傍にいる子供たちの顔を見渡すと、親たちは一瞬で言い争いを
「今日は楽しいハロウィンの日のはずです。何故こんなことになったんですか?」
「ごめんなさい。息子がご迷惑をおかけして……」
男の子の母親がフレディの前に立ち、事の経緯を説明する。
男の子はフレディから貰ったキャンディ型のクッキーと、女の子が持っていたお化け型のクッキーをどうしても交換してほしいと頼んだが断られたそうで、逆上して奪い合いになってしまったそうだ。その反動で女の子の持っていたクッキーが床に落ちて割れてしまい、台無しになったのだと言う。
「……息子さんと話をしてもいいですか?」
「ええ、構いませんが……」
泣き止んだばかりの男の子がフレディの前に現れると、フレディは膝を突いて男の子と目線を合わせた。
「どうして、お化けのクッキーが欲しかったの?」
「だって、おばけの方が好きだから……」
「キャンディは嫌い?」
「きらいじゃないけど、好きくない」
「じゃあ、どうして僕に言わなかった?」
「ママに聞いたら『みんな同じようにもらってるんだから、がまんしなさい』って」
フレディは合点がいったようで、男の子に、教えてくれてありがとう、と言って母親に向き直った。
「お母様。失礼ですが、本当の原因は貴方にあったようです。僕に聞いていれば、今回のような事は起こらなかったはずです。それを皆が平等だから、という理由だけで勝手に決めつけるのは、僕はとても憤慨に思います」
「貴方に何が分かるって言うの!」
母親は自分の理解が伝わらないことに対して、逆上して大声を上げた。フレディは腹の底から怒りが湧き上がってくる感覚を抑えながら、母親の怒りを受け止めた。その横では息子である男の子の目からは、また涙が零れそうになっていた。
(このままではさっきの状況と変わらない。どうすれば……)
フレディは状況打破の策を必死で考えていると、野太い男性の声が上がり注目を集めた。
「ここはひとつ! ――皆で楽しいことをやりませんかな。こんな悲しいハロウィンで終わりたくないでしょう」
声の主は自然と地区の中心となっている人物で、顔を合わせれば必ず挨拶を返す物腰の柔らかい男性。何となくフレディを見ながら言ったような気がしたが、それは間違いではなかった。
「ホワイト・マスクさん。貴方が皆さんの笑顔を取り戻してください」
鶴の一声は魔法のように強力で、その場にいる全員がフレディへ羨望の眼差しを注ぐ。
「し、仕方ないですね。では皆さんで、子供たちに配ったクッキーを一緒に作りましょう」
「ホワイト・マスクさんと、いっしょにクッキー作るの!?」
「楽しそう!」
「えー。クッキーに絵をかくなんてむずかしそう」
様々な声が飛び交うも、ピリピリとした嫌な空気は無くなった。フレディは物腰の柔らかい男性と相談して、近所の料理教室に皆を引き連れた。材料等も物腰の柔らかい男性が負担してくれるとのことで、フレディは心置きなく事を進められそうだと早速準備に取り掛かる。
「えー、まず、五、六人程度に分かれてください。僕が今から材料を運びますので、触らないようにお願いします」
フレディの指示通りに皆が動き、楽しそうにクッキーを作っていく。焼き上がったクッキーにデコレーション用のクリームを塗っていくが、子供たちは自分で絵を描く子もいれば、親に任せる子もいる。親子共々苦戦しながら作り、一人一つのクッキーが出来上がった。
「出来上がったばかりのクッキーは、まだクリームが固まっていないので、この箱に一つ入れてお持ち帰りください」
用意したのはボックス型のシンプルな白い箱。仕舞い込んだ後の皆の顔はとても明るい様子だった。
「ホワイト・マスクさん、ありがとう!」
「楽しかった!」
「またお料理教室、やりたい!」
子供たちは大喜びで、フレディも嬉しい気持ちでいっぱいだった。中には作ったクッキーをプレゼントしようとする子供もいたが、フレディは受け取らなかった。
「作ったクッキーは、ぜひ自分で食べてみて。誰かのために作ったものは全部美味しいから」
そう言うと、はーい、と可愛らしい返事をして親元へ戻っていく。その後ろには例の男の子と女の子が、しょんぼり顔でフレディを見るなり、頭を下げて謝った。
「ごめんなさい」「ごめんなさい」
「ちゃんと『ごめんなさい』が言えて偉い! でも、これからはこうなる前に、相手の気持ちを考えてお願いしようね。特に君。欲しいものを無理やり手に入れようとするのは、悪い悪魔さんがすることと一緒。もし次も同じようなことをしたら、知らない世界に連れて行っちゃうかもしれないから、気をつけようね」
絵本の読み聞かせのように、所々演技を挟みながら注意する。
「わ、分かってるってば! もうしないよ」
「うん、偉い」
フレディは慰めるように二人の頭を優しく撫でる。
「あの。この度は本当にご迷惑しました。差し支えなければお名前を……」
「ホワイト・マスク、でいいですよ。その方が子供たちも喜んでくれるので」
フレディは男の子の母親の質問に対して、決して自分の正体を明かさなかった。
皆が料理教室から退出しフレディだけになろうとした時、物腰の柔らかい男性が最後に尋ねた。
「どうして君は、ハロウィンの時だけそのマスクを外さないのかな?」
「これを着けている時は、なんだか今までの自分じゃないような気がして、自信が持てるんです」
「そう思っているだけで、マスクを着けている時が本当の自分じゃないのかな? フレディ君」
「さあ。誰でしょうね」
「はは。今日は無茶を言って悪かったね」
「楽しかったので、結果オーライです」
物腰の柔らかい男性は、お先に、と言いながら家路を辿る。フレディも片付けが全部済み、家に帰る頃にはすっかり真夜中になっていた。
「やっぱり笑顔が一番だな」
次の日。子供たちの間ではすっかりホワイト・マスクのことで盛り上がっていた。
「ホワイト・マスクって、誰なんだろうね」
「この学校の先生のだれかじゃない?」
「君ん家のパパじゃないの?」
「そんなわけないよ! パパはお料理できないもの!」
「ホワイト・マスクさんの声、はじめて聞いたけど、かっこよかったなー……」
「じつは有名人だったりして」
根拠のない噂でも、子供たちは楽しそうに話していた。
決してホワイト・マスクがフレディであることは一人を除いて誰も知らない。それでも笑顔を取り戻してくれた青年のことは、正体を知らずとも、楽しい思い出の一部となっただろう。
おしまい
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます