2021年)空を飛んだハロウィーン

 街から遠く離れた小さな村に、彩りあるかぼちゃを育てる一家が暮らしている。毎年十月中旬になると、村から街まで売り物のかぼちゃを荷車で運び、街の人々は来るハロウィーンに向けて準備を進める。そして今日はハロウィーン前日。母はいつもより張り切っているせいか少し早めに出掛ける準備をしている。

「ティオ、今日も稼ぎに行くわよ」

「えー! もうちょっとだけ練習させてよー!」

 ティオはまだ幼い魔女。最初に教わる変身魔法でさえ習得できていないにも関わらず、箒に跨がって空を飛ぶ練習をしている。母が庭を覗けば、ティオは一生懸命跳ねていた。

「また飛行魔法の練習? 変身魔法も出来ないあなたには無理よ」

「ふーんだ! ママよりも高く飛んでやるんだい!」

「はいはい。そんなことよりかぼちゃを売りに行くわよ。これが売れなかったら今晩はパンと芋汁だけですからね」

 ティオは慌てて出掛ける準備をし、母とティオで街に繰り出す。母は家の裏側に仕舞っている荷車に魔法を掛けると、荷車は独りでに動き出す。母が命令を出せばその通りに動くが、ティオが命令しても言うことはきかない。今度はかぼちゃに魔法を掛ければ、実は茎から切られ、荷車に積まれていく。

「さあ、出発よ。荷車に乗りなさい」

「はーい」

 ティオはまだ飛行魔法が使えないため荷車のかぼちゃと一緒に運ばれていく。母は手作りの立派な箒で横に乗り、ふわふわと浮きながら街へ先導する。


 街はいつでも人で賑わっている。そこは種族など関係ない。ある者は亡霊と妖精、ある者は悪魔と神、ある者は人間と獣人……誰もが手を取り合って仲良く過ごしている。

 いつも露店を出している位置に到着すれば、母は箒から降りて魔法を掛ける。一瞬にして荷車は露店風の店に変わり、早速商売を始める。

 母もティオも接客に精を出し、一生懸命育てたかぼちゃを売っていく。日が沈む頃にはかぼちゃも数えるほどしか残っておらず、売り切れるまでその場所から離れようとはしなかった。

「ねーママー、そろそろ帰ろうよー。お腹すいたー」

 駄々を捏ねるティオに対し、母は「もう少しの辛抱だから」といって最後の一つが売れるまでは帰らないつもりでいた。その時ティオが目にしたのは、ショーウィンドウに飾られたキャンディーのお店に目を輝かせていた。看板には【メリー・ハッピーのお菓子な店】と書かれていた。ティオはかばんの中にお小遣いを入れているポーチがあることを確認して、持ってきていたお菓子を自分と同じ姿になるよう変身魔法を掛けた。不格好とはいえそれなりに形になっているため、バレる前には戻ってこられるだろうと策を立てていた。そして母の目を盗んでお店に走って行った。

「いらっしゃいませー。……あら、お嬢ちゃん一人?」

 店番をする大きな魔女帽を被った綺麗な女性は、これから店仕舞いでもするのか陳列棚のカーテンを下ろしていた。

「お姉さん、もうお店しまっちゃうの?」

「そうよ。でもお嬢ちゃんが欲しいものがあれば、すぐ出してあげる」

 そういうと、ティナはまだ開いている陳列棚を見てみると、棒付きの大きいな丸いキャンディーが目に止まった。黒とオレンジの縞模様がお洒落にも見えて、物欲しそうに目が一層輝いていた。

「それが欲しいの?」

 ティナはこくこくと頷き、女性は腰に仕舞っている細いスティックを取り出してキャンディーを自分の方へ引き寄せた。代金と引き換えにキャンディーを手に入れたティオは、ルンルン気分で露店に戻って行く。

「あれ!?」

 しかし行き交う種族すら数えるほどにまで少なくなり、さらに露店は一つも無かった。自分が乗ってきた荷車と母の姿も無く、ティオは寂しさのあまり中央の石像の前で小さくなっていた。

「ママー……」

 か細い声は誰に届くのだろうか。すると目の前に突然おじいさんが「おい」とぶっきらぼうに声を掛けてきた。

「ひっ!」

 ティオは驚いて身を引いてしまったが、おじいさんは無理に近寄ろうとはしなかった。

「そこに居たら食い意地の悪い鬼に食われるぞ。帰る場所が無いならうちに来い」

 おじいさんはティナが立ち上がるのを確認すると、ティナの歩幅を気にすること無く先に進んで行く。家路を進むにつれて街灯の数は少なくなっていき、ついには月星の灯りだけが頼りになった。

 ようやく辿り着いた小さな一軒家は植物が纏わり付いていて古臭さを匂わせる。しかしドアを開ければ美味しそうな匂いがおじいさんの帰りとティナを歓迎する。

「あ、おじいさん、おかえりなさい! ……その子はだれ?」

「ただの迷子じゃよ。相手してやれ」

 そういっておじいさんは自分の部屋にある椅子に座って休む。勢いよく出迎えたティナより少し年上の女の子は、自分から名乗って温かく接する。

「アタシ、シェイネ! まだ初級の魔女だけど、少しは魔法使えるんだ。よろしくね!」

 ティオは自分と家族以外にも魔法を使える人がいることに驚いたと同時に、共感の嬉しさを覚える。

「そうなの!? 私、ティオ! まだ練習中だけど、ちょっとだけ魔法使えるよ」

「え、この世界にも魔法使える人がいるんだ! 見せて見せて!」

 シェイネという少女は興味津々に目を輝かせていた。その期待に応えるように、ティオは持っていた棒付きキャンディーにお呪いを掛けてみせた。すると棒付きキャンディーは地面に降り立ち、まるで生きているように跳ねた。

「わー! すごいすごい! じゃあアタシもとっておき、見せてあげる! こっち来て!」

 シェイネは勢いに任せてティオの手首を掴み、そのまま玄関から家の裏手へ走る。壁に立て掛けてあったのは、シェイネが空を飛ぶための箒だった。

「シェイネちゃんは空飛べるの?」

「飛べるっていっても、まだ長い時間飛べるわけじゃないんだ。ティナちゃんは?」

 ティナは静かに首を横に振る。けれどシェイネの箒を見て、一緒に飛べたらどれだけ素適なのだろうと思いを馳せる。そんな滲み出る感情を察したのか、シェイネはさっそく箒を手に取って柄に跨がる。

「ティナちゃんも早く!」

 急かされるとティナもシェイネの背中にくっついて座る。

「いっくよー……」

 シェイネは力を込めて集中する。次第に足が宙に浮いた、と思えば急上昇した。

「わああああ!」

 気が付けば眼下に街の灯りが輝いていた。真下にはおじいさんの家の屋根が小さく見える。それほど高く飛んだのだろうというのは一目瞭然だった。

「あはは、ごめんごめん。つい力入れすぎちゃった」

「もう! シェイネちゃんってば!」

 顔を合わせれば、何かが可笑しくなってお互いに笑い出す。一呼吸置いたところで、シェイネはゆっくりと動く。

 ティオにとって初めての夜間飛行は、嬉しい反面、悔しさも混じっていた。

「シェイネちゃんは、どうやって魔法の練習をしてるの?」

「ひたすら練習してる。何度でもね」

「何度も?」

「うん。アタシはね、この世界とは違うところで学校に通ってるんだけど、才能無くていつもびりっけつ。でも魔法は好きだし、アタシの魔法で誰かを笑顔にさせることができるなら頑張れる。成績なんてお構いなし!」

 いの字の口を大きく見せる。ティオはシェイネの言葉に感銘を受けた。

「私も……私も頑張って、空飛んでみせる! ママをびっくりさせる!」

「うん! 頑張って!」

 しばらく夜間飛行を堪能し、その後はティオとシェイネは飛行魔法の特訓に励んだ。おじいさんは様子を見に来た序でに、シェイネが作ったパンプキンスープを二人分運ぶ。

「怪我するんじゃないぞ」

 相変わらずぶっきらぼうな口調にシェイネは「素直じゃないんだから」と思いながらクスクスと笑う。

「何が可笑しいんじゃ」

「なんでもなーい! いただきまーす!」

「お前さんも冷める前に飲め」

「あ、ありがとうございます!」

 温かいカップを手に取り、一口啜ると優しい味に涙が出そうになる。

「あれでもおじいさん、ティオのこと心配してるんだ」

 シェイネはおじいさんに聞こえないように言う。飲み終えたカップをおじいさんに返して、二人はまた特訓に戻る。

 もうヘロヘロで動けなくなりそうになった時、ティオが跨がった箒が宙に浮いた。

「ティオ、その調子! 頑張れ!」

(もう少し……もう少し高く……!)

 ティオはそう念じていても、もう力は残っていなかった。ゆっくりと地面に着地した途端、ティオは疲れ切ってそのまま寝てしまった。

「ティオちゃん、そんなところで寝たら風邪ひいちゃうよ?」

 揺すっても起きないほど、意識は奥底に沈んでいた。シェイネはなんとか魔法で浮き上がらせ家の中に運ぶ。間借りしている部屋のベッドにティオを下ろし、シェイネはソファーで眠ることにした。


 ティオが目を覚ましたのは、翌日の夕方だった。街のハロウィーンパーティー開催までは、あと一時間もない。

「シェイネちゃん! 街までどのくらい掛かる?」

「あ、ティオちゃんおはよー。街までは歩くと一時間は掛かるかなー?」

「けっこう遠いんだね……」

「お前さんたちなら、箒があるじゃろう」

 部屋から出てきたおじいさんは、ティオとシェイネに提案する。

「でもおじいさんはどうするの?」

「わしは留守番する。毎年騒がしくて嫌いなんじゃ」

 そう言うとまた自分の部屋に戻っていく。シェイネはこっそりおじいさんの様子を窺うと、お気に入りの椅子に座って本を読んでいた。

(きっとあの様子じゃあ、強引に誘っても行かないだろう)

 察したシェイネは、急いで出掛ける支度をする。

「ティオちゃん、街に行こ!」

 ティオの支度が終われば、二人とも箒に跨がって街を目指す。

「おじいさんって、ほんと素直じゃないんだからー」

「そうなの?」

「そうだよ。昨日のスープ運んできてくれたのだって、アタシたちを心配して様子を見に来てくれたし、さっきだって、歩いたらパーティーの時間に遅れちゃうし、箒も大きくないから二人が限界なのを分かってて『自分は留守番する』なんて格好つけてるだけ。多分、後から一人で街に来ると思うよ」

「なんか、悪いことしちゃったなー……」

「これでいいの! おじいさんは頑固者だから、自分が決めたことは曲げないんだ」

「おじいさんと仲良いんだね、シェイネちゃん」

「仲良い、のかな? 分かんないや」

 話しているうちに、街の入り口がすぐそこまで見えていた。他の地域からもやってくる人がたくさんいて、歩くには一苦労しそうなほど詰まっている。

「あ、そうだ! いいこと思いついた!」

 シェイネが突然声を上げると、近くの高い屋根に箒を下ろした。

「どうしたの? いいことって何?」

「パーティーの最後にね、スイーツレインショーっていって、向こう側に見える時計塔から飛んでお菓子を降らせるんだけど、その役目をティオちゃんに任せてもらえないかなーと思って」

「ええ!? そんな大きな役目なんて、私には……」

「しかも空からいーっぱい! ありったけばら撒くの!」

 両手を広げて大きく円を描く。ティオはそれを想像してみたが、成功する自信が無かった。昨日少しだけ浮いたことを、ティオ自身は覚えていない。

「でも、私、空なんて飛べないし……」

「大丈夫! ティオちゃんが前で、アタシが後ろに乗るから!」

「そ、それなら……」

「さっそく聞いてみよ!」

 また箒に跨がって、時計塔の外階段まで移動する。シェイネはまるで、今日の段取りが分かっているかのようにテキパキと行動する。時計塔の中はやたらと扉があり、ビシッとスーツを着こなした種族が右往左往と行き交う。シェイネが向かった先には大きな金の取っ手が付いた立派な扉が立ちはだかる。ここにはこの街を統括している偉い人が居るらしい。シェイネは三回ノックして、目当ての所在を確かめる。音を立てながら開いた扉から現れたのはケットシーと呼ばれる妖精猫のヘリオ。蝶ネクタイをピシッと決めて二人を見つめる。

「おや、シェイネさん。町長なら席を外されておりますが、何か御用でしたか?」

「ヘリオさん、今回のスイーツレインショー、この子に任せてもらえないかなーと思って、お願いに来ました!」

「この方は?」

「魔女のティナちゃん! 今日のために頑張って飛行魔法を練習したんですよ? 代わってもらえませんか?」

 ティナは小声でシェイネに言おうとしたが、嘘を吐いてでも前に立たせてアピールをする。ヘリオは上から下までティナをじっくりと観察し、頭を傾げる。

 スイーツレインショーは、飛行魔法が使える魔女によって行われるもので、籠いっぱいに詰めたお菓子を空からばら撒く

「随分とお若いようですが、本当に飛べるんですか?」

「大丈夫! もしもの時のために、アタシが後ろに乗ってますから!」

 自信に満ち溢れた表情でヘリオに頼み込む。腕を組んで考えるうちに、町長のゲイルが戻ってきた。

「シェイネか。久しぶりだな」

「あ、ゲイルさん! 今ヘリオさんにスイーツレインショーの主役を代わってもらえないか、頼んでいたんです。このティナちゃんにお願いできませんか?」

 背の高いゲイルはティナの目線と合わさるようにしゃがむ。緊張のあまり動けないティナは言葉も出なかった。

「分かった。今年の主役はメリーだから、ちょっと聞いてみよう」

「ありがとうございます!」

「あ、ありがとう、ございます!」

 ゲイルは町長室の窓を開けて、耳触りの悪いベルを数回振る。数分後に現れたのは、あのお菓子屋の女性メリーが優雅に横座りで空を飛んでいた。

「あら町長、どうしたの? まだ本番には早いけど。――あら、シェイネちゃんと、その子は昨日のお客さんじゃない」

 メリーは窓からゆっくりと室内に入り、すとん、と足を着ける。

「シェイネが今年の役目を、このティナという子に代わってくれというんだ」

「あら、いいんじゃない? あの籠、結構重いから疲れるのよね。これ以上肉体労働は遠慮したいところだわ。ところでティナちゃん、こんなところで油を売ってていいの? お母さんが心配して街中探し回ってるわよ」

「アタシが責任持つから大丈夫! 空から迷子が見つかったら素適じゃない?」

 シェイネは胸を張って言い切った。しかし大人三人はあまり良い顔をしない。

「シェイネさん、ここは大人として言わせてもらいますが、サプライズにするのは良い考えとは言えません。親御さんはきっと、一晩中飛び続けて探し回っていることでしょう」

「ヘリオの言うとおりだ。俺も子供がいるから、親心というのは痛いほど分かる」

「私にはそういうの分からないけど、貴方の身勝手な考えでティナちゃんに何かあったらどうするの?」

 シェイネに対しての考え方は、決して良いものとは言えない。俯いて涙を堪えながら、「だって……だって……」と呟く声は、傍にいるティナにしか聞こえていない。

「――私、やります!」

 ティナは声を張った。自分に注目させるほどに張り上げた声は、部屋中に響いた。

「こんな状況になったのも、私がお母さんの目を盗んでお菓子を買いに来た私のせいだし……シェイネちゃんは頑張ってくれてるのに、私、何もしてない……」

 自分自身の不甲斐無さに、今度はティオの目に涙が浮かぶ。メリーはそんな子供たちに手を貸す。

「お姉さんが力になってあげるから、泣かないの」

 ショーが始まる時間まではあまり残されていない。メリーはシェイネとティナを別室に連れ出し、サプライズの打ち合わせをしに話を進めた。


 街のハロウィーンパーティーはもうすぐ終幕を迎える時刻。時計塔の文字盤台に、シェイネとティナは待機していた。

「ねえ、シェイネちゃん。本当に上手くいくのかな?」

「大丈夫、ティナちゃんは出来る!」

 そうは言ってくれるものの、やはり飛べたという感覚が無いせいか、一発勝負で成功するなんて奇跡が起きない限り無理だろうと思っていた。

 急に空に照らし出されたライトには、メリーの顔が映っていた。

「レディース、アンド、ジェントルマン。皆々様は今宵のハロウィーンパーティーを存分に楽しんでいらっしゃいますでしょうか? さて、今宵の最後の思い出に、可愛い魔女から素適なプレゼントが降って参ります。どなた様も頭上に注意されたし。されど受け取った方々には幸運が訪れるでしょう。――それでは、イッツショーターイム!」

 風と共に散っていった光が無くなり、空には暗闇が戻る。ざわざわとパーティーに参加している人々は、今か今かと期待に胸を膨らませる。その雑踏に向かって、これから二人は飛ぼうと、ティナを前に乗せた箒にシェイネが後ろから支える。

「大丈夫、ティナちゃんなら絶対飛べるから」

「うん……」

 二人は呼吸を合わせて、いくよ、とティナの掛け声とともに地面を蹴る。

「うわああああああああ!!」

 箒もろとも、真っ逆さまに落ちる。目の前の地面すれすれで地面と箒を水平にすることができたが、一部始終を見ていた周りの人たちはとても心配そうに見ていた。

「ティオちゃん、行くよ」

「う、うん!」

 シェイネの息に合わせて、ティオは魔力を集中し飛行魔法を唱える。次第に街を見下ろすだけの十分な高さに達したところで、シェイネとティオは両手に抱えたお菓子を目下の人々に向けてばら撒く。

 もう籠の中が空になり時計塔に戻ろうとしたその時、声が聞こえた。

「ティオ!」

 名前を呼ばれた方向を見ると、ティオの母が箒に乗ってやってきた。涙目になりながらティオに抱きつく。バランスが崩れそうになりながらも、母はティオから離れようとしなかった。

「もう! ティオったら! 心配したんだから!」

「ママ……ママ!!」

 一日ぶりなのに、長い間離れていたかのように寂しく思えたが、心配していたことが全部嘘のようになくなり大泣きする。

「ごめんなさーい!」

「ううん。私も貴方に無理をさせたわ。ちゃんと魔法が使えるように頑張っていたのに、邪魔をしちゃったんだもの。悪いのはママの方」

 ティオの母はちらりとシェイネを見る。

「貴方が保護してくれたんですか?」

「ううん。アタシじゃなくて、おじいさんなんだ。たぶんまだ街にいると思う」

「ぜひお礼をさせてちょうだい。案内お願いできるかしら?」

「もちろん!」

 ティオは母の後ろに座り、シェイネの後に続いておじいさんを探す。街中の人々は案内蝙蝠の動線に続いて我が家を目指している中、一人だけ石像の前で佇んでいる老人がいた。目の前で三人が着地することを確認すると、おじいさんもそちらに向き直った。

「そちらの方は?」

 シェイネをちらりと見ると、やはり無愛想に訊ねる。

「この子の母です。保護してくださったということで、ああ、なんとお礼を申し上げればよいか……」

「別に礼など要らん。わしはそういう泣き面を見るのが嫌いなんじゃ。見つかったんならとっとと帰れ」

「あの、ありがとうございました!」

 母は深々と頭を下げる。

「嬢ちゃん、忘れ物じゃ」

 後ろ手に持っていた物をティオに返す。それはメリーの店で買った棒付きキャンディー。もうすっかり魔力は無くなり、今ではただのお菓子となっている。

「おじいさん、ありがとう!」

「今度は逸れるんじゃないぞ。シェイネ、わしは先に帰るからな」

 街の入り口に向かって歩き出すと、シェイネはおじいさんの後を追いかけるように飛んでいった。

「それじゃ、私たちも帰りましょうか」

「待って! まだ町長さんたちにお礼言ってない」

「分かったわ」

 時計塔に向かおうとしたが、その必要はなかった。振り返ればゲイル、ヘリオ、メリーがこちらに向かってきていた。

「ティオちゃん、お母さん見つかってよかったね」

 ゲイルは安堵の表情を浮かべながら一言放つ。

「お母様、ティオちゃんは大変よく頑張ってくれました。帰ったらぜひ、話を聞いてあげてください」

「ヘリオさんったら、自分で語らないあたり、意地悪よね」

「こういうのは体験した本人から話すのが一番いいのです」

 二人の会話を割って、ティオは「ごめんなさい!」と大人たちに向けて突然頭を下げた。

「全部、私が原因でこんなことになって、メリーさんのお仕事まで取っちゃうし……」

「あら、私はむしろ助かったわ。こんな疲れる行事なんて私の召喚霊に任せておけばいいのに、ヘリオさんがダメっていうから仕方なく飛んでるのよ? だから、ティオちゃんがそんなに背負うことなんてないわ」

 メリーはティオの両肩に手を置き、優しく見つめる。安心したティオはその優しさに感極まり、また泣き出す。

「ゲイル町長。私も子供の面倒を見切れず、こんなことになってしまい、本当に申し訳ございません」

「過ぎてしまったことは今後に活かせばいいのです。結果的に今年のハロウィーンも大成功に終わりました。もしよろしければ、ティオちゃんにぜひ、この役目をお任せしたいところです」

「ええ、ええ、ぜひとも! 未熟な母娘共々、ご迷惑をおかけしますが、これからもよろしくお願い致します」

 また深々と頭を下げる。ゲイルと母は固い握手を交わし、それからティオを箒に乗せて家路を辿る。

「よかったんですか? あんなこと言って」

 ヘリオが訊ねる。

「ティオちゃんはもう、一人で飛べるさ」

「そうね。あの子、シェイネちゃんの力を借りないで、あの子だけの魔力で飛んでるのを、ちゃんと感じたもの」

 三人は街から離れていく母娘を見送り、時計塔の中へと戻っていく。

 今年のハロウィーンも無事終了し、日付が変われば街の装飾は光の粉となって消えていく。




おしまい

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