5

 あれは確か、街の広場で、玩具の剣を交えていた頃だ。修練場へ行くには年齢が足りていなくて、剣を持っている、それだけで強くなれた気がしていた。


 身長は私が少しだけ高かった。低かったシオンは、その欠点を上手く補っていたんだ。素早さを重視して、たぶん、あの頃が一番楽しかった。帰る途中で、シオンは私の手を握る。


「僕、背は低いし力もない。だからさ、逃げの方法を探さなくても戦えるアメリのほうが、うらやましいな」


 そう言ったあと、服の袖で、私の頬を拭うんだ。


「力一杯ですると、アメリのきれいな手を、ケガさせちゃいそうだし」


 当時は何言ってるんだか、そう思ってた。今同じ事を言われたら、背中に悪寒が走るかもしれない。




「アメリ? 手がどうかしたの? さっきからずっと見てるわよ?」

「…──ちょっと、前のことを思い出してたんです。買うもの、決まりました?」


 春祭、お世話になっている相手にお菓子を渡す日。異性の間で交換が行われると、どうしても深い意味のあることになってしまって、学園内は、ちょっぴりソワソワしている。


「前のこと? 嫌な出来事か、嬉しい出来事、どちら?」

「そう言われると、反応に困りますね。……悔しくて泣いて、ましたかね」

「お菓子売場で考えてしまうのは、気になるお相手って事でいいのかしら?」

「何でそうなるんですか!」


 ルシファーは、買ったお菓子を摘まみ、口へと入れた。酸味があったのか、一瞬だけ、ぎゅっと目を閉じる。


「そうだ。ルシファーに聞けばいいんですよね!」

「なにを?」

「ぬいぐるみにキスをしたくなるって、それはやっぱり、恋愛を絡めてますよね」

「好きでないと、近づきたいって気持ちにはならないと思うわよ?」


 摘まんで砂糖がついた指先を、ぺろっとルシファーは舐めた。


「どうしてそんな事を?」

「それはー……、その……」

「気になるお相手がぬいぐるみにしたとすれば、誰を思い浮かべたのかが気掛かりとか?」


 反応がおっとりしてるから、天然だと言われてるみたいだけど、実際は違いますよね。ねぇ、ルシファーさん!


「あら、噂をすれば?」

「噂? 別にしてないでしょ!」


 ルシファーの瞳を追い掛けた。


「シオン? どうして?」

「休日に街へ出掛けたらいけないのか? マルテの買い物についてきたんだよ」


 シオンの目線が下から上へと動く。


「どこを見てるんですか」

「いやぁー、かかとの高い靴って背筋が伸びるんだな。脹ら脛の曲線が綺麗だなと思っ──…褒めてるからな!? 怒るなよ!?」


 私、まだ何も言ってませんよ。自分で言ったことが直ぐに跳ね返ったようで、走ってどこかへ行ってしまった。


 直接想いを告げて。駄目でも、知らないより良いから。

 もし知れるなら、シオンの本音を聞きたい。ぬいぐるみに託すなんて、ズルいね。



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