ギャルゲーから出てきたのは主人公の方でした。

@kadochi

ギャルゲーから出てきたのは主人公の方でした。

 パソコンの画面が強く光り輝いている。

 ダウンロードしたばかりのギャルゲー──魅力的な女の子とキャッキャウフフするゲーム──を意気揚々と起動した直後の出来事。何らかのバグかとも思ったが、パソコンやモニターの出力さえ上回るバグなど聞いたことがない。これは超常現象だ。

 続いて画面から光の粒が溢れ、デスクの横に人型を形成していく。普通なら混乱して取り乱しかねない事態だが、不思議と俺の頭は冷静の極みだった。何故か。

 人は自分の妄想に近い状況になると、どれだけ非現実的でも、その結末までをも妄想通りに期待してしまう。つまり、俺が日頃思い描いていた展開がくると、信じて疑っていなかったのだ。

 光の粒は段々と輝きを失い、反対に形成する人型の詳細が見え始めてくる。俺と同じくらいの背丈。ブレザーの上半身。息を吸い込む気配。胸板が膨らんでいないのは問題ではない。そういう人は多い。

 嗚呼、二次元に傾倒して幾星霜。賢者の悟るが如し虚無を感じながらも、ついに我が元へ訪れたのか。妄想が現実となる歓喜の瞬間が──!

「──ギャルゲのヒロインがこの世界に、キ──えっ?」

 某顔文字のように大興奮の叫び声を上げようとした俺を、衝撃の事実が襲った。

 制服が、スカートではなかったのである。

「成功した、かな」

 追い打ちをかけるように響いた、声変わりを通過したイケメンボイス。ハスキーなどといった表現ではカバーし切れない低音。

「へぇ、ここが」

 焦らすようにゆっくりと現れた顔の部分が、決定打となる。長めの黒髪だが清潔感があり、目鼻立ちが嫌というほど整った、

「……初めまして、向こう側の世界の人。俺は持田もちだはじめ。とりあえず、よろしく」

 美少年だった。

「チェンジ!!」

「えぇっ!?」


 俺が購入したギャルゲー『月のしるべのエンゲージ』の公式サイト、その人物紹介ページを睨みつける。

「……同じだ」

 持田一。光の粒から変化した人物は、物語の主人公として掲載されているイラストと寸分違わず一致していた。理屈は置いておくとすれば、どうやら本当にこのギャルゲーの世界から飛び出してきたらしい。驚きはしたが受け入れるしかない。

 しかし。

「なんで男の方なんだよ……ギャルゲーだろお前……」

 謎のエラーを吐いて動かなくなったゲームのアイコンを見つめる。持田はというと、嘆く俺そっちのけで部屋の窓から外の風景を眺めていた。

「すっげ、ほんとに別の町だ。そっちの家は幼馴染?」

「ちげぇよ空き家だ。幼馴染の家ははす向かい」

 すると持田は愕然とした様子でこちらを見てきた。

「えっ……それって幼馴染って言うの?」

「言うわ! 真隣ばかりが幼馴染じゃねぇよ!」

「じゃあ隣からは誰が窓を伝って会いに来てくれるんだ?」

「誰も伝って来ねぇ! あんなのフィクションでしかありえねぇっつーの!」

 仮に隣に仲の良い人が住んでいたとしても、窓伝いで来るようなことはそうそうないだろう。

「あーあ、これで『月しる』のカリンが来てたら、隣に住んでそういうこともあったかもしれないのに……」

「カリン? あいつとは小さい頃からの付き合いがあっての関係だから引っ越してきてもすぐに仲良くなれるかは微妙だぞ。そもそも元の性格は引っ込み思案なとこがあるから」

「うるせぇな! 可能性の話だよ!」

 ゲームの登場人物に現実的な反論をされた。こいつだけは幼気な男子の夢を壊したらいけないだろ!

「というかカリンのことを知ってるんだな。本当に俺のいた世界とリンクしてるのか」

「リンク?」

「ああ。関係のある世界とリンクを繋ぐから、少しの間向こうの生活を体験してくるがよいって」

「はぁ? 誰がだよ」

「……神様?」

 いや、俺に疑問形で返されても困る。ゲーム内に存在している神様か、はたまたゲームの制作会社のことか。どちらにしろこの現象を引き起こしたとしたら異常だが。

「よくあることだから」

「ねぇよ! くっ、羨ましいもんだぜ」

「そうなのか?」

「そりゃこっちは現じ……あぁいや、つまんねぇ世界だからな」

 一応、二次元と三次元の壁を超えてきたという事実はこっちからは触れないでおこう。向こうが自覚してなかったら、創られた存在なのかとショックを受けるかもしれない。

 前向きに考えれば、ゲームのキャラと直接会話できる貴重な機会だ。現状を受け入れて楽しむのも手だろう。それだけに美少女じゃないのが本当に悔やまれるが……。

「そうそう、樫野かしのは何て高校に通ってんの?」

「俺? 前島北」

「前島北! 俺明日からそこに転校すんだよ」

「はい!?」

 ゲームから出てきただけでなく、転校手続きという社会的な根回しまで済ませていたのか? それどころか今後の生活基盤だって構築済みだったりするのか?

 持田の言う神様というのは、もしや文字通りの神様なのかもしれない。

「いやぁ楽しみだな。転校してくることはあっても、自分が転校するなんてなかったからな」

 うきうきと学校生活に思いを馳せている持田。迷いや不安などは感じられない。

 まぁ、とりあえず様子見かな。


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。俺のクラスは何事もなく、いつもの平和な昼休みへと突入した。

「あいつ、どうしてんのかな」

 てっきり同じクラスに入ってくるものかと思っていたが、そもそもあいつは一個下だった。学年すら違うためか、今日が初登校とはいえ転校生の話題は何一つ聞いていない。

「ギャルゲーの主人公なんだから、既に何かやらかしてそうな気はするけど」

 女の子を惚れさせているとか、女の子を侍らせているとか、女の子を手込めにしているとか……。想像しただけで腹が立ってくる。

「ご飯一緒に食べよー」

 隣の席に女子が座ってくる。

「いいよ」

 が、相手は俺ではない。

 いつも大人数で机をくっつけて昼休みを過ごすグループの二人で、ここから人数はさらに増えるだろう。

「……」

 俺は自分の弁当を持って、無言で席を立った。行く宛なんかないけど。

 ……まぁ、あれだ。持田にこんな情けない姿を見られるなら、自分の知らないところで幸せにでもなっていやがれ、と思った。

「樫野ぉ」

 と、教室の入り口から、クラスメイトが俺を呼ぶ声が聞こえた。

「何?」

「なんか一年が呼んでる」

 見れば、クラスメイトの後ろでやけに縮こまっている持田がいた。

「え、何? どうしたんだ?」

 ひとまず持田の元まで行くと、彼は苦笑いを浮かべた。そして、

「……馴染めん」

 主人公らしからぬ、可愛らしくも切ない悩みを打ち明けたのだった。


「暗いんだよクラスが! 俺も初めは転校生だからと下手に動かず大人しくしてたが、クラスにほっとんどアクションがない! 寂しすぎるだろ!」

 適当な空き教室にて、持田は眉間をシワだらけにして机から身を乗り出していた。

「あぁ、ありそうでないな」

 俺にもクラスへ転校生が来る経験はあった。直前まではどんな奴が来るか密かに盛り上がっていたが、いざ本人が来ると、クラス全体の空気がよそよそしくなった。全然知らない他人がやって来るわけだから、最初から仲良くなれる人の方が珍しい。

 物語中の転校生イベントに慣れているこいつにとっては、確かに実際の転校とはギャップを感じるだろう。楽しみにしていた分ショックは大きい。

「しかも眼鏡かけた真面目な学級委員長いないし!」

「だからそういねぇよ! お前そういう知識に信頼置きすぎだろ」

「えっ? 転校生をフォローするために生まれるんじゃないのか?」

「どういう生き物だよ!?」

 仮にもヒロイン格の立ち位置だが、主人公にとってみればそういう印象なのだろうか。

「仕方なくこっちから歩み寄ったはいいが、他愛もない世間話で終わって、元々の輪には入れなかったし。授業の隙間時間だけでもめちゃくちゃ気まずかったわ」

「それで初日の昼休みを逃したら、それこそ今後馴染むチャンスをなくすぞ。二年のフロアに来てる場合か?」

「……」

 目を逸らしながら焼きそばパンにかじりつく。図星だったようだ。

「だってなぁ。俺のいた世界の同級生と雰囲気が違くて、ほんとに同じ人間かよって思うわ」

 ゲームの中はノリの良いキャラばかりだからな。持田のクラスは俺みたいに人が多いと声を上げられない陰気な奴ばかりなのかもしれない。あれ、なんか悲しくなってきたぞ。

 常温の米がやけにしょっぱく感じながらも箸を進めていると、教室の入り口に、昼飯を持った女子数名が現れる。

「あっ」

 その中に見知った顔がいて、思わず声が出た。

「そーなんだよねー。もう、……もう大変でさぁ」

 向こうも気づいたが、談笑を途切らせる間なく視線を戻す。表情も変化しない一瞬のことだった。

 自然に俺達とは逆の席まで行くと、器用に話しながら飯を食べ始めた。

「……知り合い?」

 目敏かった。空気を読んで向こうには聞こえないよう小声で訊ねてくる。このあたりはさすが主人公といったところだろうか。

「幼馴染だよ」

「えぇっ!? あれが!?」

 即行で大声出しやがった。ジト目を送ると持田は慌ててボリュームを落としたが、ちらちらと鈴川すずかわの方を盗み見ている。

「え、えっと、元カノとかそういうこと? 気まずいの」

「いや。普通にあんな感じ」

「普通? 普通じゃないだろあれは。ていうか普通に気まずいってなんだ!?」

 こいつは幼馴染の感覚も固定されているみたいだから当然か。ゲーム内ではカリンという子犬系元気っ娘が幼馴染らしいから、余計に信じられないようだ。

「あいつとは保育園からずっと一緒で、小さい頃は割と遊んでたけど、小学校高学年あたりから話さなくなってな。まぁ、男女でつるみにくくなるアレだよ」

「あぁ……」

 意外にも同じ感覚はあるようで、微妙に頷いた。なら分かる気もしそうだが。

「幼馴染でもあるんだな」

「幼馴染だからこそだよ。距離近かったからよくからかわれたな。そこからお互い関わることがなくなって、偶然同じ高校来たけど、別に話さない。クラスも違うしな」

 喧嘩しているわけではないから、敵意を向けたり苛立ったりとかはない。単純にただの知り合いがいる、という程度だろう。少なくとも鈴川からすれば。

「そんなもんなのか?」

「そんなもんだよ」

 逆に現実がこんなだから、創作の中では理想の関係が描かれるのだ。

 すると持田は、口からはみ出た焼きそばをチュルッと啜ってから言い放った。

「でも樫野はあの娘好きでしょ?」

 思わず箸を動かす手が止まった。

「あのな持田、だからこっちじゃ、幼馴染だからって恋愛対象にする義務はないんだからな?」

「いや、幼馴染だからっていうか、目とか表情がさ。ガチで好きな反応だったから」

 真面目な顔で焼きそばパンを頬張る。からかう様子はなく、どうやら確信していた。

「……なんで分かんだよ」

 鈍感系でなくとも、主人公は色恋沙汰には疎いのが定番だ。これ友人キャラ並に聡いだろう。俺の友人扱いだからか? 俺が主人公になるかっての。

「いっつも俺が当事者だからさ、人のこういう話したかったんだよ。なぁ、どういうとこが好きなんだ? きっかけは? 気づいたらそうなってたやつ?」

 声量こそ抑えているが、何の話をしているか、見る人から見れば丸分かりなテンションになりつつあった。

「騒ぐな騒ぐな。誰が言うか」

「えぇ~、応援してぇのに。もっと頑張れよ! せっかくの恋心だろ?」

「お前もクラスに馴染めるよう頑張れよ」

 真摯に受け止めて「ぐぬぬ」と唸っている持田だが、言った瞬間気づいた。これ特大ブーメランだ。俺もこれぐらい真面目にならなきゃいけなくて、人に言える立場ではなかった。


「諦めちゃったからなぁ」

 自室のベッドに寝転がり、呟く。

 こうして放課後部活もせず、遊びに行きもせず、ギャルゲーをするために家へ帰ってきているからだというのは分かっている。分かっているが、これが自分にとって楽しいのだから仕方ない。

 昼飯もいつも一人になるわけではない。席の近くの奴らと食う時や、いつの間にか混ざっている時もある。誰とも話さないぼっち男、というイメージはないはずで、俺も特別問題視していない。でなければ放置もしないわけで。

 個人的には今のままで十分だが、確かに持田の言う通りに頑張るとしたら、足りないものばかりだ。

 俺は視線だけを窓の外へと向ける。バルコニーの塀があってベッドからは見えないが、その先には何度も眺めた鈴川の家がある。一時期はやけに玄関や窓の向こうが気になったりもしたが、今はそうでもない。あまりにも彼女との間に距離ができてしまったからだろうか。

 鈴川は俺と違って社交的だ。いつも周りに誰かしらいるし、中心になって笑っている。俺はああやって笑うことは少ないし、笑わせることはもっとない。そうやってあからさまに陰と陽で別れた俺達がまた近付くなんて、それこそゲームのようなイベントでもなければあり得ない。だから俺はゲームで済ませるんだ。

 ベッドから起き上がり、パソコンの電源をつけて『月の導のエンゲージ』のアイコンをダブルクリックする。ゲームが立ち上がりかけるが、フッとウィンドウが消えてしまう。

 昨日持田がこちらに現れてからずっとこうだ。もしかして、あいつが戻るまで永遠にプレイできないのでは?

「はぁ」

 と言っても、もう現実の知り合いになった奴が主人公を努める、しかも恋愛シミュレーションゲームをプレイしたいかというと、気が引ける。やらなくて正解かもしれない。

 じゃあ何をやるか、とネットの海に潜って探す。最初の目的がダメでも、こうやってすぐ次に向かえるのがネットの良いところだと思う。

 小さい頃の、一つのものに突き進むしかなかった俺が知れば、どうなることやら。

「……」

 今もネットがなかったら、という妄想は、新しく見つけたゲームのまとめサイトを読んでいるうちに忘れていった。


「おはよー、モッチー!」

「あはは。それ定着したんだ」

 朝の通学路で、後ろから追い越していった女子が持田と親しげに挨拶を交わした。

「可愛いじゃん。またあとでね」

「おーう」

 女子は特に並び歩くわけでもなく、走っていってしまう。だが、その一瞬でさえ俺の心には深い傷跡が残った。

「お前……あんな可愛い女子と……お前……」

「ど、どうした! 目が虚ろだぞ」

 転校生俺じゃないよね? ってぐらいに立場が逆転していた。

「クラスに馴染めなかったんじゃないのかよ!」

「え? あー、あの人はクラスメイトじゃないよ。いやぁ、放課後になったら、部活の勧誘があってさ。主に部員の少ない文化部からだけど、じゃあ全部行ってみるかって」

「全部!?」

 詳しくは知らないが、文化部だけでも十は超えているはずだ。それを昨日の時点で回ったというのか。

「よく行こうという気になったな」

「最初の演劇部が面白かったからな。そういう、話をつくる部活? に興味が湧いて、放送部とか文芸部とかも行って。ものをつくるのも良いなってことで、美術部、華道部、あと流れで茶道部」

「流れで行く部じゃないだろ。最後二つとか、男子禁制じゃないのか?」

 女の園って感じで、一年の部活紹介の時も女子しかいなかったから、見学も女子しか行っていなかった気がする。

「そんなことなかったぞ? 珍しー、って歓迎された。いや、ちょっと扱いづらいそうな空気は感じたけど。でも普通に部活のこと教えてくれたし、入りたいって言えば入らさせてもらえたと思うぞ」

 そうだったのか。興味があったわけじゃないが、踏み込まないと分からないこともあるんだな。

「あ、さっきの人は文芸部の一年生な。部活的にああいうイメージなかったんだけど、気さくな人も多かったわ。いつかは元の世界に戻るから入部はしなかったけど、ひとまず気軽に話せる人ができて良かったよ」

 ほっとしたように笑みを浮かべてみせる。一安心って感じの心境のようだが、陰キャにとってはそれどころではない進歩だ。

「……すげぇな、持田は。すぐ人と仲良くなれてさ。やろうと思ったら、すぐ頑張れるんだな」

 主人公補正で過程を飛ばして強制的に、とも考えたが、初対面の俺ともすぐ打ち解けた。俺の場合は状況が特殊だが、話しやすかったのは間違いない。単純に、良い奴なのだ。

 だが、本人は微妙な表情を浮かべた。

「う~ん、別に仲良くしようと思ってなったわけじゃないんだよな。樫野に言われたクラスに馴染むの頑張れよっていうのは、やれてない」

「いや、でも」

「俺はただ部活に興味があっただけだよ。専門的なことをやったらどうなんのかなとか、そういう人達の集団ってどんな感じなのかなとか。面白そうでさ」

 細められた目が、実際に面白かったと物語っている。

「それが人間関係を変えるんだよ。結果的に」

 持田は空を仰いだ。

「俺の周りって、不思議と問題を抱えた奴ばっか集まるんだけど、俺の全く知らない世界で悩んでるんだよ。そういうことは初めから知るしかないし、難しい。でも諦めずに向き合ってると、いつの間にかそいつとの関係も良くなってたりするんだよな」

 諦めずに向き合う。

 そうだ。主人公達は、何も黙ってモテているわけじゃない。かといって周囲の人間にへりくだっているわけでもない。

 一つのことに、真剣になっているんだ。時にはそれ以外が目に入らなくなるほどに。

 人そのものの時もあれば、部活やスポーツ、勉強、事件に、ファンタジーなら怪奇現象、戦闘。何かがいつも軸にある。

 そして持田のような主人公は、そういったものへの興味が強い。面倒くさいとは思わず、正面から踏み込んで、真剣に考えていける。その姿が魅力的なんだ。

「……俺にあるかな、そういう、向き合えるようなもん」

 自嘲気味なただの独り言を、持田は拾った。

「俺だってそんな真剣に探したことはない。それがちゃんと向き合えるかどうかは分かんないんだし。今近くにあるものを片っ端から見てってるだけ」

 それだけで良いんだろうか。……それだけなんだろうな。

「なんなら」

 持田はフッと軽く微笑み、俺の目を見据えてきた。

「俺も付き合うぞ。何が樫野に合ってるのか、探すの」

 穏やかで優しい表情だった。その一瞬は、やけに俺の心に際立って刻まれ……。

「……なぁ、まさか俺を攻略しようとしてる?」

「は? 何のことだ?」

 きょとんとする持田。さすがは恋愛シミュレーションゲーム出身、天然人たらしだ。思わず苦笑が溢れる。

「何でもねぇよ」

 ここまでとはいかなくても、俺も少しだけ前のめりに生きられたら。

 ぼんやりと通学路の先を眺めていた俺は、適当に足元の小石を蹴り飛ばした。



「……ここで場転、か?」

 一区切りついたところで、キーボードを打つ手を止める。導入部としては重めというか、アドベンチャーゲームならもっと読みやすい方が良いかもしれない。

「キャラクターを活かして笑える箇所を……人物相関も広げた方が……ていうかヒロイン! どこで出すんだよお前……」

 しばし思案に耽ってから、溜め息を吐く。やはり反省点が多い。

「やっぱテレワークだとなぁ」

 自宅にいるとどうしても発想が昔の記憶に引っ張られてしまう。自分の実体験をほぼ流用して設定を作るとは、書き手として切り札を切る時ではないだろうか。嫌だ、まだまだ売れっ子には程遠いんだぞ、俺。

 実体験とは言ったものの、あの時の記憶は正直あやふやだ。高校でのことではあるが、非現実的な展開を含めたせいか、どこまでが実体験でどこからが創作なのか、曖昧になってしまった。まぁ、そのあたりは気にしなくても良いだろう。

「書き直すか。もしくは没。ふぅ」

 背もたれに身体を預ける。ぎしり、と椅子が鳴るのに合わせて、玄関のチャイムが響いた。家族は出かけているから俺が出ないと。

 階段を下り、ドアを開ける。

「よっす」

 気安くうちに来て、なおかつ俺に気安く話しかける人間なんて限られている。だからこそ、その来訪者に俺は内心驚いた。

「どうした。珍しいな」

「まぁね。結局こっちで就職したから、報告ってことで」

「あぁ。大学、関西の方行ってたんだっけか」

「そ」

 玄関に入り込んで、閉めたドアに寄り掛かる。家の中をちらちらと観察しているようだった。

「? なんだ?」

「いや。……文芸部だったよね」

 唐突だったが、書いていた内容もあって、すぐに高校のことかと思い至った。

「おう。まぁ、途中からな」

「そっから続けて、物書きとはねぇ。すごいじゃん」

「そうかな。めっちゃ大変だけど」

 次の仕事が回ってくるだけでも幸運な状態。決して楽ではない。

「でも楽しいからな」

 身近にあったから軽い気持ちで挑戦した。あの時はこれほど続くと思わなかったのに、予想以上に性に合っていたらしい。何が正解か、分からないものだ。

 すると、久しく見ていなかった小悪魔のような悪戯っぽい笑顔が、目の前に現れる。

「うん。一時期辛気臭かったのに、なんかイケメンになった」

「……なんだそれ」

 やめろ。せっかく目を逸らせていたのに、あんまり揺さぶるんじゃない。にやけそうな口元を無理矢理歪めて、変な表情をつくる。

 昔はしばらく合わせもしなかったくせに、今は何故か、しばらく目を逸らさなかった。

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