誰かが色を奪っても

 世界から色が奪われる。それまで赤青黄色と様々な色によって構成されていた私たちの世界がモノクロームに変わってしまう。

 人々はその事態に混乱したし、実際に日々の生活に支障が発生もした。世界から色が消えた瞬間は誰もが突然の出来事に対応できずに車は信号無視をして大事故が多発した。手術中に色がわからなくなったものだから繊細な手つきの執刀が出来ずに帰ってこない人が出た。そしてその手術を受けていたのは溝口君だった。

 絶対大丈夫。そう無責任に私は言ったし、溝口君もそれでも不安そうな私に溝口君は微笑んで同じことを言ったけど世界に絶対なんて存在しない。世界に当たり前に存在していると思っていた色すらも消えてしまったのだから。

 でも、もしかしたら私たちのそんな傲慢さに罰が当たったのかも知れなかった。当たり前ということを疑わない傲慢さ。色を介さない人はいくらでもそれまでの世界に存在していたというのに、こうなって突然慌てだす私たちはきっと愚かだ。

 溝口君がいなくなった世界はとても冷たく、つまらなく感じる。それは色の不在のせいでそう感じるのか、溝口君の不在でそう感じさせられるのか、今の私にはわからないまま日々を過ごしていく。ただただ、溝口君のことをも想いながら。

 だけど、どんな状況からも人類は活路を見出すもので人々は色を取り戻す方法を見つけ出す。

 思い出はいつも色鮮やかで、誰にも奪えないものだから神様すらもそこから色を消し去れない。人々はそんな思い出を解体して、今の私たちの世界に切り貼りしていってしまう。

 世界には少しずつ色が戻っていく。それでも、世界から抜け落ちてしまった色彩を取り戻すにはまだ遠い。

 世界の主要都市が優先されてしまうから、少し田舎の私の町は今でもモノクロームのままだ。

 私も自分にいらない思い出を差し出すけれど、人々はもっと捧げるようにと言う。お父さんやお母さんも言ってくる。

「思い出ばかりにこだわるやつはろくなやつじゃない」「人は今に生きるんだ」「過去のことばかり振り返っていても前に進めない」

 そんな言葉が飛び交うけれど、私はそんな話をしている両親が少し前まで過去の話ばかりしていたことを知っている。自分が有益なことを出来ているという実感のためなら、簡単に思い出を捨てる人だっている。

 私の中で一番の彩りのある思い出はやっぱり溝口君との思い出で、私はそんな思い出ばかり振り返る。

「ねぇ、溝口君。溝口君がこうしていなくならなかったら今頃私たちはどんな風に過ごしていたんだろうね」

 四十九日を過ぎて、私は溝口君のお墓参りに訪れる。四十九日を過ぎるというのに、溝口君のことばかり考えて前に進める気がしなかったから少しでも近くに溝口君を感じたかったのかも知れない。モノクロームはお墓は雰囲気に合っている気もしたし、一層に寂しくも見えた。

「なんか寂しいお供えになっちゃったけど、来たよ。溝口君」

 お墓の前で手を合わす。ありえないことだけど、溝口君のお墓参りに、溝口君と訪れていたら彼は何て言うんだろう。「悲しまないでいい」と言うだろうか。それとも「ごめんね」と私に謝るんだろうか。

 でも、どれも違う気がした。溝口君はただ、私の悲しみを否定するわけでもなく、そこにいてくれるのが自然だった気がするから。

 そうしてお供物のチョイスについて感謝してくれる。

 私の持ってきたお供物は大したものじゃなくて、二人でよく食べたお菓子ばかりだ。ポッキーとか、お煎餅とか、そんなものばかり。

 でも、溝口君はそんなチョイスを嬉しそうに話すのだろう。

 ありがとう。十分カラフルだよ、このポッキーも良い新色だよ。

 そんな、言葉。

 私がそう考えた時に、私のイメージが私の外に流れ出す。備えていたポッキーに赤と黒ではないそれまでに見たことないカラーリングがパッケージに宿る。

 その色は私の知らない、まだ見たことのない色だ。

 墓参りを終えて、墓地を出て行こうとする。私は、溝口君との会話を思い描く。

 私の歩く道の先に今までに見たことのない色が滲んで広がっていく。

 思い出は私の中にあって、私はこれから先の人生の中にいくらでも溝口君を見出すことが出来る。

 誰にも、私のこれからの色は奪えない。私の視界の先に、見たこともない色彩に満ちた世界が見えている。

 絶対大丈夫。そんな声が聞こえてくる気がした。〈了〉

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