最後まで走った夢リレー

 夜に眠ると決まって同じ夢を見る。

 私と同じ年頃の男の子が学校に行って、授業を受けて、家に帰って夕飯を食べて、夜に眠る。パチリ、男の子が眠ると同時に私が目を覚ます。男の子は溝口君という名前で私は溝口君に友達のような、家族のような、もしかすると別の世界の違う自分であるような気持ちを持ちながら日々を過ごす。

 生まれてからそんな感じで夢を見ていたものだから、夢というのはそういうものだと思っていたけれど学校で友達に話すと怖がられたのでどうやら違うらしい。

 でも気にしない。そもそも自分にとっての日常を変なものと実感しろと言われてもそう簡単に認識を改められるものでもないのだ。

 夢の中で時計を見ると溝口君の生活は明らかに私の睡眠時間よりも長いけど、その辺りは人から聞いた「夢ってそういうものだから」というのを取り入れて納得する。私の睡眠時間なのだから私が好きに解釈して良いのだ。

 溝口君の生活は音のない映像で、どんな話をしているかわからない。でも、ある日溝口君が本で夢について熱心に調べているのを見る。もしかすると溝口君の眠った時に私の夢を見ているのかもしれない。朝に目が覚めて、こうして起きて過ごしている時間を溝口君もまた見ているのかもしれない。

 私の中で不思議とそれは不快に感じない。むしろとても自然なことに思えたし、私の人生の甲斐、のようなものを唐突に自覚する。

 劇的に人生は変わらないけれど、生活は変わる。私は以前に増してしっかりと夜に眠るようになる。友達の家に泊まっていても、大晦日でもそうだ。でも、大晦日は私も溝口君も譲り合うように眠ってしまうので、うたた寝で何度も眠って起きてを繰り返す。結局どっちが年越しに立ち会ったんだろう? そんな年越しを何回も繰り返す。

 中学校、高校の皆でこっそり夜更かしするような修学旅行でも私は規則正しく生活をしていて最初は変な目で見られるけどしばらく経つとキャラとして定着する。夢の中の溝口君もそのようで、修学旅行の旅館のような場所で皆から離れて一人部屋に戻って眠ろうとする溝口君を私は見る。

 イベントだというのに私も溝口君も何よりもしっかり眠ることを一生懸命やっていることが何ともくだらなくて面白い。

 受験の時期になる。私も溝口君も朝からしっかりと勉強して夜にはちゃんと眠る。受験は誰もが孤独な戦いになるけれど、会話もできない夢の中の存在が同じように一生懸命、朝から晩まで頑張っているところを見ると勇気が湧いてくる。

 溝口君が大学に受かった時は自分のことよりも喜んでいて自分でびっくりする。朝起きると感極まって泣いている。家族に「大学に受かった……」と涙ながらに話すけど、私の合格発表は数日前だったものだから「今更?」と困惑される。この前の溝口君の涙はこれか!

 人生は進む。夢も一緒についてくる。私は大学生活を送り、楽しいことも悲しいことも、嫌になって全部投げ出したくなるようなこともたくさん経験する。

 溝口君も夢の中で色々な人と出会って、私とは全然違う生活を送る。色々な人との別れを私は見る。

 私は私で、溝口君は溝口君で恋人が出来る。もしかしたら嫉妬のような感情が湧くかもしれないと思ったけど不思議とそんな気持ちも湧いてこない。ただ、溝口君の想いが報われたことが嬉しい。

 私も溝口君も就職して働くようになる。溝口君は仕事をするようになって恋人と別れてしまう。仕事も忙しそうで毎日のように終電まで働いている。今までで、一番辛そうな時期かもしれなかった。

 私はむしろ睡眠時間を短くしたほうが溝口君にとって楽なのかな、と思う。溝口君にとっての辛い時期があっという間に終わるのじゃないかと思ったのだ。

 でも、私は眠る時間を変えない。不思議と、私が逆の立場でも溝口君はいつも通り眠ったんじゃないかと思う。どんな酸いも甘いも、奪われることなんて溝口君も私も望まない気がした。それに、そんな人生の辛い時期も溝口君はきっと何とか生きていけることを私は信じている。

 夢の中で溝口君は少しずつ人生を立て直す。転職をして、友人と会って穏やかな時間を得て少しずつ人生は前を向き始める。

 大丈夫、絶対大丈夫。私は祈りながら眠る。

 人生は巡る。私のとても辛い時期には夜にしっかり眠れるようになった溝口君が見れる。私もきっと大丈夫。ずっと見ていたんだから。

 そうして人生が流れていって、私の人生の最後の時が目の前にやってくる。

 もう、意識も保っていられない。それは溝口君もそうで、私も溝口君も病院のベッドで横になりながら命の終わりを感じている。

 命が終わりになったらどうなるのだろう? 私たちは永遠の眠りの中で出会うことになるのだろうか?

 わからない。でも、もし出会えたのならこうして生きてきたことを互いに褒めてやりたい気持ちだけがある。きっとそれは、溝口君も同じはずだ。

 今、初めて重なる。〈了〉

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