秘める想いは花よりも
朝の教室で溝口君の頭から花が咲いていることに気づく。
「うわ、溝口君どうしたのそれ」
「え、うわ、なんだこれ」
その花は最初、薄い赤色をしたとても小さい花だった。何か髪の毛に引っかかっているのかと思って私が取ろうとして見るけど、ちょっと触った程度で取れる気配がない。
「これ、根を張ってない?」
「ええ〜」
「ガッツリくっ付いてるよ溝口君」
花は溝口君のつむじのあたりから生えていて、頭をふったりした程度じゃ取れない。無理やり抜いてしまうことも考えたけれど、ここまでしっかり生えていると溝口君の頭皮も傷つけそうだった。花に触れると花弁が揺れて、良い香りが漂ってくる。
今まで嗅いだことのないような甘い香りだった。こんなに花って良い匂いをするものだったっけ?
「とりあえず病院に行って見たら?」
「うん、学校終わったら行ってみようかな」
でも、そんなことを言っている場合ではなかったのだ。
溝口君の花はあっという間に成長を遂げる。最初はつむじ程度だった大きさの花が放課後には既に溝口君の頭を覆うようなサイズに変貌している。
そしてその花の香りは朝に私が触れた時よりも遥かに質を増していて、教室の人々にも香りが届くようになる。
「溝口、凄い良い匂いだなその花」「素敵〜何それ」「もう少し嗅がせてよ」
教室はちょっとした騒ぎになる。皆、その花の香りに夢中になってしまう。
溝口君はその後なんとか病院へいくけれど、ろくに診療してもらえずに終わる。「こんな良い香りの花を取るなんて良くないよ」なんて言われてしまう。
それから、皆が少しおかしくなる。
溝口君が学校へやってくるとあっという間に皆が溝口君を取り囲む。
「おはよう溝口!」「溝口さん今日も学校に来てくれてよかった!」「良い天気だね今日も、花の調子も良いんじゃない?」
皆、各々が言葉を発しながら誰も溝口君を見ていない。溝口君の頭の花だけを見つめている。
溝口君の花はどんどん成長を続けていて、日に日にそのサイズを大きくさせていく。
誰もがその花の成長だけを望んでいて、相対的に存在を薄めていく溝口君に誰も気を払わない。
私は溝口君に話せない。近づけない。私もまた、花の影響を受けてしまいそうだから。
溝口君のことを見ているようで花のことだけを見ている人たちに憤りを覚えながら、溝口君に近づかず何もしない自分に嫌気が差す。溝口君を取り囲みながら花しか見ていない人たちに「溝口君を蔑ろにするな!」と思うけど、何もできない、近づこうとしない私もまた溝口君を蔑ろにしている気がする。
更に花は成長していく。溝口君の体を包み込むように花は育っていって、やがて学校すらその花の中に閉じ込めてしまう。
ある人は僅かに残った正気で学校から出て、ある人はそのまま学校の中で花の香りに陶酔しながら二度と出てこなくなった。
花の香りは風に乗って街を包む。
私は電車に乗って街から逃げる。
事態を重く見た香りの外の人々が行動を起こすけど、もうその動きは遅すぎる。花は学校を土台に更に巨大になっている。
航空自衛隊が空爆をしようとするけれど、ミサイルの雨霰を受けてもその花は壊れない。その香りはあらゆる場所を包んでいく。
もう、私たちの住んでいた国もすっかり駄目になってしまった。
私は海外にいて、空港のテレビで花に向けて核ミサイルでの攻撃が行われるという報道を見ている。
きっと、うまくいかない。もう花の香りが届く周辺国からは猛烈なバッシングが行われていて、花を燃やすぐらいなら報復としての核攻撃を行うとまで宣言がされている。
花を燃やし尽くせるならそれもありかもしれないけれど、私は何処かでもうあの花は打ち倒せない気すらしている。
でも、今の私に重要なのはそれじゃない。
世界中の人たちはもう花のことに夢中で誰も溝口君のことを考えていない。
逃げないと。花の香りが届かないところまで。
今はそれだけが、溝口君のことを想い続けるただ一つの道。〈了〉
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