世界の中心

 溝口君が世界の中心になってしまう。

 ちょっとしたきっかけから溝口君の深層心理が世界のありとあらゆる事象に影響を与えていると観測の結果判断される。それはにわかには信じがたいことだったし、溝口君も私もそんなことは全然信じていなかったけど段々とそれが真実味を帯びてきてしまう。

 溝口君のことを殴り飛ばした不良が交通事故に遭って学校にしばらく来れなくなる。

 溝口君と「今日のテスト嫌だね」なんて話したお昼休みの後に先生が急病で倒れてしまう。

 世界の危機を、溝口君に感じて攻撃を仕掛けてきた別の国が突然大陸ごと消えてしまう。

 学校に溝口君を危険視した大量の暴徒が押し寄せてくるけど、溝口君を見つけた瞬間誰もが殺意を失って倒れてしまう。皆が病院へと運ばれて、私たちの教室は沈黙に包まれる。

 誰もが溝口君のことを怯えてしまう。それまで笑い合って話をしていた溝口君の友達も、どこか溝口君に遠慮したようなよそよそしい態度になってしまう。

 学校が終わると溝口君を迎えに来る車がやってきて何処かへ溝口君を連れて行ってしまう。国の研究者の人だとか、何処かの組織の偉い人たちだとか、皆が想像で好き勝手話す。

「うわーやっぱ接待とか受けてんのかな」「そりゃもう酒池肉林でしょ」「いや、国にとって邪魔な人間を消すのに協力してるんじゃないかとか言われてるよ」「えー、まじ?」「あの国の大統領が病死したのもそれじゃないかって」「マジかよ最低だな」「それ聞かれたら殺されちゃうかもよ」「ひえー溝口様許して!」

 溝口君が世界の中心だというのに、話題の中心だというのに、溝口君がいない時に誰もが溝口君の話題で盛り上がる。ある事ないことを思いつくままに、尾鰭を付けて語っていく。

 でも、そんな話題もピタリと止んでしまう。国防を取り仕切っていた政府高官が突如大事故に巻き込まれて死んでしまう。溝口君に関わっていたと知って、誰もが遠い世界の出来事と思っていたことが身近な話と今度こそ本当に実感して誰も溝口君に触れなくなる。

「おはようございます」

 朝になって、学校に溝口君が登校しても誰も何も言わない。いや、聞こえないふりをする。目が偶然合った人が初めてそれに気づいたかのように会釈をするけれどみんなそんな風にしている。

「おはよう、溝口君」

 だけど、私は溝口君に声をかけてしまう。

 溝口君が世界の中心と信じていないわけじゃない。きっと、溝口君には理解の出来ない未知の力があるんだろう。

 それでも、私は溝口君を怖いと思いたくない。

 溝口君が不良に殴られたのは校舎裏で不良にライターで炙られている私を見つけたからだ。 

 溝口君がテスト中止に同意したのは私が勉強の出来ていない愚痴を言ってしまったからだ。

 溝口君が別の国を消したのは私たちを守ろうとしたからだ。

 そう私は信じる。信じようとする。

「おはよう。ありがとう」

 そう、溝口君が微笑んで返事をして、私はそれにとても安心する。声をかけて良かったと思う。

 でも、同時に私は自分の内心もわからない。

 もしかしたら、溝口君が全てそうなるように望んだのかもしれない。私が不良にいじめられるようになったのも、私がテストを嫌がることも、別の国が攻撃を仕掛けようとしたことも、全部。

 こうして、それでも私が溝口君に近づきたいと思うこの気持ちすらも溝口君が望んだことなのかもしれない。それとも、もう人に虐げられたくないという私自身の打算的な何か仄暗い気持ちがあるのかもしれない。

 わからない。

 何もかもが「そうかもしれない」でしかなくて、私は結局自分の気持ちに従うことにする。

 全てが溝口君を中心に回っているかもしれない世界の上で私は踊る。そもそもの話、本当の気持ちなんて最初からないのかもしれないと思いながら。〈了〉

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