第77話 キール少年からのお礼

「で、オレか...正直、今欲しいモンもあんまりねえんだよな...」

「...昨日もそうおっしゃっていましたね」


 路銀自体は娘を助けてくれたお礼にとすでにペンドールから白金貨5枚を受け取っている。正直これだけでかなり十分な路銀の量だ。


 もちろん多いことに越したことはないが、あまり嵩張るようでは旅に持っていくのに邪魔だ。白金貨はその金額の大きさからか、割としっかりした大きめの硬貨なのだ。5枚だけでもそれなりに重い。


 更に、ペンドールの報酬として武器、防具の類はすでに買い揃えている。これ以上の品を求めようとするならば、ほかの町まで行く必要があるが、そこまで待っている時間もない。


 今のワロウは本当に特にものを必要としていないのだ。


「強いて言うなら...旅をするのに便利な..モノとかな」


 自分で言いつつも、ワロウも何がいいのかよくわかっていなかった。こんなことを言われてもキール少年は困ってしまうだろう。


 どうしたもんかとキール少年の方を向くと、ワロウの予想に反してキール少年はピンときた様子だった。


「わかりました。ではワロウさんにはこれを差し上げましょう」


 そう言ってキール少年が取り出したのは一枚の板だった。よく見るとなにやら模様のようなものが彫られている。


「...なんじゃこりゃ?何かの魔道具か?」

「はい。ある種の魔道具になります。...とは言っても何か便利な機能があると言うわけではありません」

「...どういうこった?」


 特に何の機能もない魔道具などただの置物である。いったいこれを何に使うというのだろうか。


「そこにある模様は我がバングニル家の家紋になります」

「ふーん...この模様がねぇ...それで?」

「それを相手に見せればワロウさんがバングニル家の客人だということを示すことができます」


(...客人...か)


 正直、バングニル家の客人というう立場がどれほどのものなのかワロウにはわからない。

が、貴族の客人というならばそれなりの立場で扱われることになるのだろう。


「...おいおい、いいのか?そんな大層なモン?」


 キール少年の紹介というからには、もしこれをワロウが悪用した場合、バングニル家の名にもキズがつくということになる。


 少なくとも、まだあって間もないどこの馬の骨とも知らない冒険者にそう簡単にほいほい渡していいようなものでは無いことは確かだ。


「はい。もしダメだったとしたら、私の見る目が無かったということでしょう」

「...そりゃ、大したもんだ」


 自分がキール少年と同じくらいの年の時に、ここまで肝の座った発言ができただろうか。ワロウは自分よりも一回りも二回りも年下の少年に何か気圧されるようなものすら感じていた。


(...とは言ってもな...)


 キール少年から渡されたこの魔道具は大層なものなのは確かなのだが、使う機会が無ければただの荷物だ。むしろ無くしてはいけないということを考えると、余計に気を遣う羽目になりそうだ。


 やはり、ここはレイナと同じく金銭で受け取っておいた方がいいのではないか。多少荷物は重くなってしまうが、金はあることに越したことはない。


「あー...やっぱり...」


(...待てよ)


 やっぱりレイナと同じく白金貨10枚でいいと言おうとしたその時だった。一つワロウの脳裏に浮かんだものがあった。


(もしかしたら...使うかもしれねえ...)

(“アイツら”に会うときに...)


 かつてワロウとともに冒険していた仲間たち。その彼らは風の噂で町を救って英雄となり、Aランク冒険者となったと聞いていた。


 Aランク冒険者ともなれば、下手するとそんじょそこらの下級貴族よりも力を持っているといっても過言ではない。


 そんな彼らにただのそこらへんにいるような冒険者が会いたいと言っても門前払いされる可能性だって十分に考えられる。


 そのときにこのバングニル家の紋章があれば、ある程度融通を聞かせてくれる可能性があるかもしれない。これは中々お金だけでは解決できないことだ。


「...いや、やっぱりこれでいい。ありがたく受け取っておくぜ」

「...なるほど。何か使い道を見つけられたようですね」

「...まあな」

「わかりました。それではこちらを差し上げましょう」


 そう言ってキール少年はワロウにそっとその魔道具を手渡した。ワロウは若干緊張しつつも、その魔道具を受け取る。これで、この件は一件落着といったところだろう。


「なあ、ワロウ。これからどうするんだ?」


 ウシクが聞いてくる。ワロウ自身もこれから先の予定が完全に決まっているわけではない。だが、一つだけ決まっていることがあった。


「とりあえず、この町を出ようと思う」

「何?随分と急だな」


 ワロウはそもそもこの町で長居する予定は全くなかった。途中でEランク冒険者になってしまわなければ、すぐにでもここを出ていただろう。


 別に先を急いでいるというわけでもないのだが、あまりのんびりやっているといつまでたっても旅が終わらなくなってしまう。


 それに、ディントンの町ではワロウの帰りを待っている人間も大勢いるのだ。なるべく早く進むに越したことはないだろう。


 更に今はもう一つ理由があった。


「この町の貴族は帝国派らしいからな。面倒ごとが起こる前にさっさと逃げておいた方がいいだろう」


 ワロウたちのせいでキール少年暗殺は失敗してしまったのだ。当然恨まれている可能性も高い。で、あればこんなところからはさっさと離脱しておいた方がいいということだ。


「...そうか。まあ寂しくなるが、仕方ねえな」

「...それ、アタシたちは大丈夫なのかしら?」


 アンジェの心配ももっともだ。直接あの化け物討伐にかかわっているわけではないとはいえ、逆恨みで何かされる可能性もある。


「...いや、おそらくだが大丈夫だろう」


 そのアンジェの心配を否定したのはレイナだった。


「大丈夫って...なんでかしら?」

「直接的に妨害をしたのは私たちだからな。あまり関係もない君たちまで狙うほど暇ではないだろう」

「...どうかしら。怒り狂って手当たり次第に暴れまわることもあるんじゃない?」

「今回の件はすべてギルドに伝えてある。怪しまれている中、これ以上怪しい動きをするほど馬鹿ではないはずだ」


 今回のこの一件に関しては、レイナが冒険者ギルドにすべて報告済だった。もちろん、ここの領主が裏で暗躍していた可能性も含めて。


 そんな状態で一応化け物に遭遇しているとはいえ、ほとんど関係ないウシク達3人を狙うとは思えなかった。


「だったらワロウももうちょっとゆっくりできるんじゃないか?」

「...いや、いいさ。どうせそのうちここは出る予定だったからな」


 この件がなくとも、ワロウはこの町をすぐに出ていく予定だった。それが多少前後したところで、大勢に影響はない。


「とりあえず今日のうちには出発する予定だ」

「...そうか。全員でどっかで飯でも食いに行こうと思ってたんだが...」


 ウシクが残念そうな顔をする。ワロウもできれば行きたい気持ちはあったが、流石に状況が状況だ。


「悪いな。一応念のためってやつだ」

「...まあ、仕方ないさ。じゃあ今度会ったらいいモンでも食いに行こう」

「楽しみにしておくぜ」


 そして、ワロウとウシクはがっちりと握手しあった。その流れで周囲の皆も互いに握手しあい、互いの無事と幸運を祈った。


 ワロウが十数年ぶりにパーティを組んだ仲間達だ。しかも、ともに死線を潜り抜けた。名残惜しい気持ちはあるが、あまりのんびりもしていられない。


「...じゃあな。生きてりゃまた会おうぜ」

「お前こそ。危ないとこに首突っ込むなよ?」

「オレが突っ込むというよりかは、向こうから突っ込んでくるからな。どうしようもねえのさ」

「ホントかよ...」


 ワロウ自身は自分から危険に突っ込んでいるつもりは一切ない。大体危機に陥るときは向こうからやってくるのだ。...と本人は思っている。他人からはどう見えているのかはまた別の話ではあるが。


「...お前たち」


 皆に別れの挨拶をしていると、それを見ていたレイナがあきれ顔になった。そしてやれやれといった様子で話し始めた。


「せっかく頑張った試験の結果は知らなくていいのか?」

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