第76話 パーティ再集結
「ようこそ。我が書斎へ。...とは言っても今は宿の一部屋でしかありませんがね」
キール少年は部屋の奥の方の椅子に座っていた。今まではギルドであったり、外であったりしたときはごく普通の冒険者の少年に見えていた。
だが、こうして改めてこのような場所で、やはりどこか威厳というか、貴族に連なるものなのだという雰囲気を感じる。それは、今回初めて彼自身が貴族としてこちらに接しているからかもしれない。
その雰囲気にのまれたのか、ウシク達は緊張した様子でキール少年の方を見やる。彼らはキール少年が貴族だと言うことは知らないはずだ。
だが、この状況を見てなにかしら感じ取るものがあったのだろう。
そんなウシク達の緊張をよそにしてワロウは軽く挨拶をする。
「よう。調子はどうだ?」
「ええ。おかげさまで。流石に本調子にまでは戻っていませんが」
キール少年がそれににこやかに対応すると、ようやく緊張がほぐれたのか、まずは一番キール少年を気にしていたアンジェが畳みかけるようにして話しかけ始めた。
「ねえ。ケガはしてないの?大丈夫だった?痛いところはない?」
「え、ええ...このとおり、大丈夫ですよ」
アンジェの怒涛の勢いに押されて、やや戸惑っていたキール少年だったが、椅子から立ち上がると、クルリとその場で回ってみせた。
その軽い立ち回りからは確かにケガをしているようには見えない。それを見てアンジェも安堵したかのように大きく息を吐いた。
「よ、よかった~...ホントに心配したんだから...勝手に走っていっちゃって...」
「ええ...ご心配をおかけしました...申し訳ありません」
「...いいわ。無事だったから。でも、もう無茶したらダメよ?」
アンジェが諭すように言うと、キール少年は静かに頷いた。
「はい...あの時は頭が回っていませんでした。衝動的に行動してはいけないとあれほど父上から言われていたのですが...」
「ち、父上?どういうこった...」
普通の冒険者であれば自分の父のことを父上などとは呼ぶことはない。大抵は親父呼ばわりだ。ウシクはその丁寧な言い方に少し驚いたようだ。
「...キール。君のその丁寧な言葉使いといい...この場所といい...君は、一体何者なんだ?」
ソールがキール少年の方を見つめながら疑問を投げかける。それはある意味当然の疑問だろう。
普通の冒険者...しかもEランクの冒険者がこのような宿に泊まれるわけもないし、言葉使いだって冒険者が扱うようなものではない。
キール少年はそこで大きく息を吐くと、ウシク、アンジェ、ソールの顔を見渡した。そして、ひとつ間をおいて話し始めた。
「...はい。当然、疑問に思われるでしょう。...事情を、お話しします」
そこからキール少年はすべてを話した。自分が貴族であること。今、この国は帝国派と王国派とで争っている最中だと言うこと。自分は王国派の貴族であり、帝国派の貴族に狙われているということ。
そして、自分は婚約者がいて、その婚約者が毒殺されかけたこと。その影響で自分たちが襲われたかもしれないということ...
果たしてどこまで話していいか難しかっただろうが、キール少年は包み隠さずすべてを話すことにしたようだ。
貴族としてはあまり褒められたことではないかもしれないが、人間としては誠実で、好感が持てる対応だった。
「はー...成程な。っつってもまだよくわかんねえことばかりだけどよ...」
キール少年の話はウシク達にとってはかなり衝撃的だったこともいくつもあったはずだ。ウシクは成程とは言ったが、まだ完全には事情を飲み込めていない様子だ。
「しかし、いいのか?我々のような平民に言ってしまっても?」
「ええ、構いません。皆さんは信用できると思ったからお話したのです」
「む...そう言われると、それに応えないわけにはいかぬな...」
ソールの心配はもっともで、ここまで踏み込んだ内容をただの平民に話してもよいかと言われると、かなり怪しい。
だが、キール少年はそれでも構わない、ここにいる人間は信用できると判断したようだ。今まで貴族として暮らしてきた中で培ってきた真偽眼がそう告げているのだろう。
ワロウとしてもここにいる人間は信用してもいいだろうとは思っていた。これはあくまでもワロウの今までの経験と勘だが。
「...ちょっと待って」
そこまで、特にもめることもなく進んでいたキール少年の話であったが、突如、アンジェが真剣な顔で話を止めた。
「...キール君。婚約者って...ホント?」
「...え、ええ。リンネといいます。私が貴族でも普通に接してくれるいい子ですよ」
そのなんでもないように告げられたキール少年の言葉が最後の一撃となったようだ。アンジェは力なく床へと座り込んでしまった。
「うぐぐ...なんで...婚約者なんて...」
「...まあ、諦めるこったな。冒険者と貴族じゃ釣り合わねえだろう」
「え?え?だ、大丈夫...ですか?」
ウシクが苦笑しながらアンジェの肩を叩く。キール少年は状況を飲み込めていないようで狼狽えている。
「まあ、気にしないでいい。そのままにしておいてくれ」
「そ、そうですか...」
ソールはアンジェを一瞥して放置しておけばいいと思ったようだ。床にうずくまったまま起きてこないアンジェを心配そうに見つめながらもキール少年は話を続ける。
「というわけで皆様にはお詫びとお礼を込めて何か贈らせていただきたいと思うのですが...」
「ああ、いや...俺はいいさ」
キール少年の言葉に真っ先に反応したのはウシクだった。
「なんか...別に俺がどうこうしたってわけでもねえしな。俺の分の礼ならレイナとワロウにしてくれよ」
ウシクは手をひらひらと振って礼はいらないと仕草で示した。それに対してキール少年は困ったような表情になる。
「し、しかし...」
「そういうことなら私もそれで構わん。特に何もやってないのは同じだからな」
「アタシも別にいいわよ。巻き込まれたって言っても逃げてきただけだし」
ソールもアンジェも特に礼をもらう気はないようだ。ワロウには何となくだがその気持ちが分かった。
(何もやってないのに報酬を受け取る...)
(それじゃ施しと同じだ。それが嫌なんだろうな)
冒険者は我が強いものが多く、他人から施しを受けるようなことはまず受け入れない。
ウシク達は確かに巻き込まれて化け物に追われて逃げてきたものの、倒すことに関しては直接関わっていない。
彼らからしてみれば、キール少年とワロウを置き去りにして逃げただけなのに何かをもらうというのは気が引けるのだろう。
「ま、本人たちがそう言ってるんだし、いいんじゃねえか?」
「...わかりました。無理強いしては本末転倒ですからね...」
ウシク達は礼を受け取ってくれないだろうとわかったのか、キール少年は割とあっさりと引き下がった。
「では、レイナさんとワロウさん。いかがでしょうか?」
レイナとワロウは直接あの化け物と戦って、キール少年を守ったという大義名分がある。その分の報酬を受け取るのにも別に抵抗はない。
「そうだな...昨日も考えてはみたのだが...」
レイナはある程度目星をつけてきたようだ。
「下世話な話だが、やはり金だな。一番それが手っ取り早いだろう」
確かに、モノで要求するのは手間がかかるし、時間もかかる。すぐに選べというのも難しい。であれば何とでも交換できる金が一番手っ取り早いのは確かだ。
「ええ。その方がよいのならばもちろん構いませんよ。では白金貨100枚ほど...」
「ちょ、ちょっと待て...私の耳が確かならば今、白金貨100枚といったか?」
「はい。そうですが?」
白金貨100枚と言えば、王都でも家を建てられるレベルの金額である。確かにあの化け物は強敵ではあったが、普通にCランクパーティが挑めば倒せるくらいで、そこまで桁違いの報酬をもらえるほどではない。
その金額をあっさりと提示したキール少年はきょとんとした様子でこちらを見ている。やはり貴族。金銭感覚が庶民とは全く異なるようだ。
「...あの化け物は確かに強かったが、せいぜいCランクの中の上くらいの強さだろう。討伐報酬は大体白金貨10枚ほどのはずだ」
「し、白金貨10枚ですか...少なくありませんか?」
「普通はその報酬を人数分で分けるんだぞ。それでも多いくらいだ」
その後も少しもめていたレイナとキール少年だったが、結局無理やり押し付けるわけにもいかないということで、白金貨10枚で話がついた。
さて、レイナの方はそれでいいとして、問題なのはワロウの方だ。キール少年に視線を向けられたワロウは困ったように頭を掻くのであった。
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