第75話 来訪の理由
ワロウは最初、てっきりキール少年のお礼の件だと思ったのだが、冷静に考えると彼らがそれを知っているわけがない。
何せその話が出たのはバルド、レイナ、ワロウとキール少年がいた時だけだったからだ。それに、彼らがどこに泊っているのかもわからないのに、連絡をつけられるわけがない。
というわけで、ワロウは彼らがここに来た理由が検討もつかなかったのだが、その疑問はアンジェがあっさりと解決してくれた。
「そりゃ、アンタを心配してきたに決まってるじゃない」
「...よくわかったな、ここが」
ワロウがこの宿に泊まっていることは、ウシク達に伝えた記憶はない。彼らはこの場所を知らないはずなのだが...
ワロウのその疑問に対してはソールがぼそりとつぶやくようにして答えてくれた。
「そこら辺のやつに聞いたらすぐにわかった。明らかに周囲から浮いている人間がいるとな」
「...そういうことか」
この宿はかなりの高級宿ということもあって、泊っている人間もそれなりの身分の者が多い。冒険者が泊っているというだけでかなり目立っていたのかもしれない。
それに、バルドは明らかに高級そうな装備を付けているから見た目からも上級冒険者だとわかりやすいが、ワロウは見た目はそこら辺の冒険者とさして変わらない。貧相な格好の人間が一人だけ混じっていたら確かにすぐにわかるだろう。
「こんなとこ、良く泊まれるな。わざわざ冒険者なんてやる必要ないんじゃないのか?」
ウシクは様々なっ装飾品が並べられた宿の中を見渡しながら、ワロウに疑問を投げかけてくる。
どうやら彼はワロウが自分の稼ぎでこの超高級宿に泊まっていると勘違いしているようだ。確かにワロウだってここまで稼ぎがあれば冒険者にはなっていなかったかもしれない。
「オレが自分で払ってるわけじゃねえ。たまたま成り行きで泊まらせてもらってるだけだ」
「なんだそれ。そんな成り行きがあるなら俺も泊まってみたいぜ」
「...と言われてもな」
ウシクはうらやましそうな顔でこちらを見てくる。とはいえ、これは本当に成り行きで泊まることになったので、真似できるようなものではないのだが。
「まあ、レイナもワロウも無事そうでよかった。あれ相手に良く生き残れたもんだよ」
「まあ、なんとかな。正直3人でなんとかできるとはオレも思って...」
「あーっ!」
ワロウとウシクが話していると、アンジェがいきなり大声をあげる。
「...なんだ。いきなり大声出しやがって」
「キール君よ!キール君!彼は無事なの!?」
アンジェはワロウに掴みかかるような勢いで迫ってくる。ワロウが3人といったところでキール少年も化け物の相手をしていたことを思い出したのであろう。
「そんな喚かなくても大丈夫だ。ピンピンしてるぜ」
「よ、良かった...」
ワロウが大丈夫だと告げると、アンジェはその場にへなへなと座り込んでしまった。よほど気になっていたのだろう。
「なあ、キールはどこにいるか聞いてるか?一応探してはみたんだが見当たらなくてな」
「...まあ、そりゃそうだな」
なにせキール少年はこの宿に泊まっているのだから。他の場所でみつかるわけもない。
だが、このことをここで話してもいいのだろうか。彼が貴族であるということやその他もろもろの事情はかなり重大な情報だ。ぺらぺら話していいとも思えない。
「...いいんじゃないか、ワロウ」
「レイナ...」
「アイツだってウシク達には事情を話して謝らなければと言っていた。だったらここで話そうがいつ話そうが関係ないだろう」
「...それもそうか」
目の前で繰り広げられているワロウとレイナの意味深な会話にウシク達は目を白黒させている。
「い、一体何の話をしてるんだ?」
「...まあ、それは聞いてからのお楽しみってやつだな」
「どういうことだよ...」
ウシクはなんともいえない微妙そうな顔をする。ワロウの曖昧な言葉だけではよくわからないのも当然だろう。
「まずキールだが...この宿に泊まっている」
「な、なに?ホントかよ!?」
キール少年は今回のパーティの中で一番年が下で、まだ子供と言っては過言ではない。しかも同じEランク冒険者のはずだ。その彼がこんな高級な宿に泊まっていると聞いて信じがたいのは当たり前だ。
「嘘ついても仕方ねえだろ?今からちょうど会いに行こうと思ってたところだ。一緒に行くか?」
「え...まあ、そうだな...」
ウシクはいきなり聞かされた色々な衝撃的な事実に混乱しているようで、曖昧に頷いた。
それに対して、アンジェは当然とばかり力強く頷いた。
「あったり前じゃない!早く行きましょ!」
「お。いい返事だな。じゃあ早速行くとするか...」
話はまとまった。5人で押しかけるとなると少し迷惑かもしれないが、まとめて話したほうがいいこともあるだろう...
と、思ったのだが...キール少年の部屋に向かおうとして、ワロウは急に立ち止まった。それに対してぶつかりそうになったアンジェが文句を言う。
「ちょ、ちょっと!急に止まってどうしたのよ?」
「オレ、アイツの部屋がどこだかわからねえんだった」
「...」
周囲の冷たい視線がワロウに突き刺さる。言葉にこそださないが、何を言っているんだこいつは...という思いがひしひしと伝わってくる。
「...何が”早速行くとするか”なのよ。肝心の場所がわかってないんじゃない」
「いや、オレもバルドに聞こうと思って、入口まで来てたところなんだって」
慌てて言い訳するも、周囲の視線の温度は変わらないままである。ワロウが徐々に焦り始めたその時、救世主が現れた。
「おいおい、ワロウ、どうしたんだ?こんな大勢で集まって...」
「バ、バルド!お前、ちょうどいいところに来たな!」
「え?...なんのことだ?」
いきなりいいところに来たと言われて、戸惑っているバルドにワロウは事情を説明した。ワロウの説明を聞くと、バルドは少し難しい顔をした。
「...成程な。だが、あまり多くの人間に居場所を知られるのはな...」
「まあそいうなって。まとめて話したほうが楽だろ?それに...」
「うん?」
「もうすぐこの町を出るんだろ?別にいいんじゃねえのか」
キール少年はあの化け物のことを父に相談してみると言っていた。キルシェファード伯爵の領地はここからかなり遠い。できるだけ早く出発したいはずだ。
そして出発してしまうのであれば、今の居場所が知られたところで問題ないはずだ。
「...それもそうか。だが、一応聞いておいた方がいいだろう。ちょっと待っててくれ」
そういうとバルドは宿の奥へと歩き始めた。キール少年に伝えに行ったのだろう。すると、ウシクが辺りを見渡しながら感慨深げに呟いた。
「...なんだかどこもかしこも高級って感じだぜ...」
「...そんなにキョロキョロしてると完全に田舎者なんだけど」
「う...わかったよ...」
ウシクはこのような高級品が並ぶ場所に来たのは初めてのようで、周囲にある高級そうなものが気になって仕方がないようだ。
その様子を見てアンジェがぼそりと小言を言うと、今度はまっすぐと前を見ながら歩き始める。だが、そうもしないうちにまた辺りをキョロキョロし始める。
「うわ...なんだありゃ?なにに使う道具なんだ...?」
「あれは光を灯す魔道具だ。魔石を使いながら光を出すからかなりの高級品だぞ」
ウシクの疑問に対してレイナが答える。流石はCランク冒険者といったところで、こういった高級な場所にあるものの知識もある程度はあるようだ。
「アレか...オレも最初見たときはビビったぜ。まさか明かりを確保するために魔石を使うたあ思ってもみなかった」
ワロウ自身も、最初この宿に泊まった時は驚きの連続だった。その中でも先ほど話題に挙がっていた光の魔道具が一番の驚きでもあった。
「魔石...あんまり知らないけど、高いんだろ?」
「そこの魔道具を一日動かすのに金貨3枚は必要だ」
「き、金貨3枚!?正気じゃねえな...そりゃ」
ワロウがいつも使っていた薬調合用の加速の魔法装置に比べれば、大分燃費はいいがその効果は光るだけ。コストとメリットが全くかみ合っていない状態だ。
「一応便利ではある。火と違って安定した光を出すし、放っておいても魔石がある限り光り続けてくれるからな」
「...それで金貨3枚は流石に払う気はせんがな」
ワロウが一応光の魔道具についてフォローを入れるが、ソールがそれに見合っていないと言うと、ウシクとアンジェもそれに頷いた。
金貨3枚あれば他にいくらでもできることはある。それを明かりにだけ使うという発想自体がないのだろう。
ワロウも初めは正気の沙汰ではないと思っていたのだが、慣れとは恐ろしいもので、安定していて、熱くないし、放っておいても光り続けるこの魔道具は悪くはないと思うようになってしまったのである。
そんなことを話していると、バルドが奥から戻ってきた。
「お会いになるそうだ。ついてきてくれ」
「お会い...?」
バルドの言葉を聞いたウシクは首をかしげる。バルドがキール少年に対して敬語を話しているということに違和感を覚えているのだろう。
だが、そんなウシクの反応には気が付かなかったようで、バルドは早速宿の奥の方へと歩を進めていた。ワロウたち5人もその後をぞろぞろとついていく。
しばらく廊下を進むとバルドはある部屋の前で立ち止まった。その部屋は今まで廊下に並んでいた部屋よりも一回り大きいらしく、その扉もかなり大きい。
バルドが軽くノックをすると中から声が聞こえてきた。
「...はい。どなたでしょう」
「バルドです。先ほどの件ですが、客人を連れてまいりました」
”入ってくれ”との返事があった。ワロウたちは扉を開けたバルドの後ろに付いてその部屋の中へと入っていったのであった。
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