第74話 想定外の来訪
「....イテェ....」
翌朝。ワロウの口から洩れたのはそんな情けない言葉だった。ケガが痛むわけではない。そもそもワロウ自身はそこまで大きなケガは負っていなかったためだ。
では、一体何が痛むのか。答えは簡単だ。筋肉痛である。なにせ昨日はずっと戦い続けていたし、走ってもいた。筋肉痛になるのも仕方がない。
「でも、次の日に来たってことは...」
ワロウは年を取ると筋肉痛が遅れてやってくるという話を聞いたことがあった。はっきりとした記憶はないが、ボルドーが酒の席でそんなことを言っていたような気がする。
(オレもまだまだ若いってことか?)
次の日に筋肉痛が来たからと言って、別にワロウ自身が若返るわけではないのだが、なんとなく気分は良くなった。
そのいい気分のまま外を見てみると、辺りはすっかり日が昇り昼に差し掛かるような時間になっていた。
(もうこんな時間か...ちょっと寝すぎたかもしれん)
ワロウは痛む足をさすりつつもベッドから立ち上がると、一つ大きく伸びをした。...それとともに立ち眩みをおこし、ベッドに座り込む。
「うう...む...まだ、疲れが残ってやがるのか...」
かなりの時間を寝ていたワロウであったが、体の芯ではまだ疲労が残っているような感じがある。年をとると中々一度寝たくらいでは疲労が抜けていかないのだ。
(やっぱり年なのか...?)
先ほどやや上がったばかりの気分は残念ながら一瞬で元に戻ってしまった。
(さて...と。今日やることは...)
今日やらなければならないことはたくさんある。まず、レイナが完全に回復しきっているかどうかも気になるし、ウシク達の様子も気になる。
(とりあえずウシク達はギルドに行けば会えるか?)
すっかり忘れそうになっていたが、昨日の依頼は一応Dランク昇格試験だ。そしてその結果は翌日の午後、ギルドで発表されるとのことだった。
であればその結果を見にウシク達もギルドにいる可能性が高い。彼らを探すのならギルドに行った方が良さそうだ。
(後...お礼とやらを受け取らねえといけねえのか)
昨日、キール少年に何度も念押しされたところである。今のところワロウに欲しいものは特にないが、流石にすっぽかすわけにはいかないだろう。
それに、今は同じ宿に泊まっているのだから会いに行くこと自体はたやすい。
(...まずはそっちを片付けるか)
とりあえず手の付けられるところから用事を済ませた方がいいだろう。そう思ったワロウは早速キール少年に会いに行くことにしたのであった。
(そういや...場所がわからねえな)
早速キール少年の元へ行こうとしたワロウだったが、彼の部屋の場所を知らないことにいまさらながら気が付いた。
昨日は倒れこむようにして部屋に戻ったので、部屋の場所などは聞いていない。宿屋の人間に聞いてみてもいいが、さすがにお貴族様が泊っている部屋をそう簡単には教えてくれないだろう。
(やれやれ...バルドをまず探したほうがいいみたいだな...ん?)
ワロウはバルドを探すためにとりあえず宿の入口の方まで来ていた。そのとき入口の方で見覚えのある顔が見えた。彼らは宿の中へ入ろうかどうかでうろうろしているようだ。
どうやらこの宿の豪勢さに押されて、気後れしているらしい。その怪しい行動に対して宿の警備が徐々に視線を鋭くし始める。
このままでは警備兵に取っ捕まってしまってもおかしくない。さっさと声をかけて中に入れた方が良さそうだ。
「おい。お前ら...どうやら元気そうだな」
ワロウが声をかけると彼らは驚いたようにこちらを向いた。
「ワロウ!無事だったんだな!」
「まあな。お前らが機転を利かせてバルドを呼んでくれたおかげだよ」
入口に来ていたのはウシク達だった。ウシクもソールもアンジェも元気そうで特にケガをしている様子はない。彼らもあの後無事に逃げられたということなのだろう。
「...全く...無事だったなら連絡の一つでもよこしなさいよ」
「そう言われてもなあ...戻ってから誰かに連絡できるほど余裕はなかったぜ」
「それでもよ!」
「んな無茶な...」
ワロウがアンジェの無茶ぶりに苦笑いを浮かべると、ウシクがそれを宥めてくれた。
「まあまあ落ち着けって...結局、どうだったんだ?隙を見て逃げ出せたのか?」
「いや、あの化け物は倒した」
ワロウがこともなげに倒したというと、ウシクは目をむいて驚いた。あの時、あれほどの絶望感を持って迫ってきたあの魔物を倒したというのだから、ウシクが驚くのは無理もないかもしれない。
「倒した!?ホントかよ。すげえな...」
「まあな。つってもほとんどレイナがやったようなもんだ」
あの化け物を倒したときのメンバーの中で一番貢献していたのは間違いなくレイナだ。というか、レイナの攻撃以外はほとんど効いていなかったに等しい。時間稼ぎをしてくれていたのもレイナだ。
その次はキール少年だろう。あの化け物を静かに凍り付かせた彼の魔法が無ければ、あの化け物は倒せなかった可能性が高い。
最後にワロウだ。ワロウがやったことと言えばレイナを多少サポートしたくらいで、後は大したことはできなかった。しいて言うならレイナを回復させてやったくらいか。
...というのはあくまでワロウの自己評価である。
実際は、あの化け物が回復するということに真っ先に気づいたのはワロウだったし、キール少年が魔法を喰らわせる前に、化け物に特攻して回復する隙を作りだしたのもワロウである。
決してワロウの貢献が低いわけではないのだが、この男、自分を低く見る癖がついてしまっているのだ。
「...そうか?レッドウルフのとき、相当活躍していたと思うがな」
「そうそう。謙遜するなって」
ソールがぼそりとつぶやくと、ウシクもそれに同調した。彼らからしてみれば、レッドウルフを倒したときのワロウの動きはとてもではないが、自分たちと同じEランク冒険者のものとは思えなかった。今のワロウの話も謙遜だと思うのも仕方がない。
「別にそういうわけでもねえんだが...」
「なんだ。お前たちも来ていたのか」
ワロウたちが化け物との戦いについて話していると、誰かが話しかけてきた。聞き覚えのある声...というか昨日も聞いた声だ。ワロウが後ろを振り向くと、そこには予想通りレイナが立っていた。
「レイナ。お前、立ち歩いても大丈夫なのか?」
いくらあの時ワロウが回復してやったとはいえ、疲労や失った血が戻っているわけではない。更に、そのボロボロの体を押してこの町まで数時間かけて戻ってきたのだ。
大したケガをしていなかったワロウですら、かなり疲労が残っている。ましてや死にかけだった彼女は相当大きな負担になっているはずだ。
ワロウが心配そうにレイナの体調を尋ねると、当の本人はけろっとした表情でそれに答えた。
「いや、特に問題ない...とまではいかないが、ある程度は回復した。歩くくらいなら何ともないさ」
「え...そこまで大ケガしてたのか?」
当然ウシク達はあの場所にいなかったので、レイナが死にかけていたことは知らない。ただ、ワロウとのやり取りを聞いてある程度どうなったのかがわかったのだろう。
「まあな。奴の攻撃を一回まともに喰らってな。あの時は死ぬかと思ったぞ」
「...良く生きてたわね」
「キールがポーションを使ってくれたおかげだな。それに...」
レイナが助かったのはポーションによって外傷が癒えて、ワロウの回復術によって内臓のキズが癒えたためである。
だが、それを馬鹿正直に話されてしまってはワロウが回復術を使えることがバレてしまう。
ワロウはこっそりとレイナに目配せした。”余計なことは言うな”...そんな意味も込めてだ。
「それに?」
「...いや、なんでもない」
ワロウのサインは通じたようで、レイナはそこで口をつぐんでくれた。ウシク達にだったら知られても大丈夫かもしれないが、知られないことに越したことはない。
このままこの話題が続くと苦しいので、話を逸らすためにワロウは別の話をすることにした。先ほどから気になっていることでもある。
「...そういや、お前らなんでここに来たんだ?」
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