第72話 意外な事実
「やれやれ...まーだ着かねえのか」
「そう言うなって...もうそろそろだろ?」
ワロウたちが化け物を倒した場所から歩きつづけて数時間が経とうとしていた。当然辺りはすでに真っ暗で月明かりを頼りに進んでいる状態だ。
真っ暗闇というわけではないが、月明かりの中、魔物が出てくるかもしれない草原を進むというのはそれなりに体力を消耗する。
いい加減ワロウも愚痴の一つや二つは出てきてしまうのも仕方がない。それを宥めるバルドではあったが、彼の表情からして彼自身も結構疲労している様子だった。
今ここでまともに戦える状態にあるのはバルドしかいない。さらに加えて、絶対に守らなくてはいけないキルシェファードもいる。この数時間、バルドも周囲をずっと警戒し続けていなければならなかったのだ。
いくら彼がCランク冒険者でそんじょそこらの冒険者よりも体力があると言ってもこの状況はキツかった。
その時、先頭を歩いていたレイナが歓喜の声をあげた。
「おい、町の光が見えてきたぞ!」
「おお?ああ、あそこか...」
レイナの指さす方向を見ると、確かにかすかではあるが町の姿が見えてきたようだ。門の入り口で焚かれているかがり火がゆらゆらと揺れている様子が見える。
「やーっとついたか」
「ああ...今日一日、かなり長く感じたな...」
ワロウが万感の思いを込めてそうつぶやくと、レイナも同調した。
朝からレッドウルフを探して移動して、倒して、化け物に出会って、死にかけて、何とか倒して、そして数時間歩き続けて町に戻ってきたのだ。これが一日で起きたと考えると、信じられない。
普通ならありえないほどの濃さの一日であった。それが終わった今、もう誰も気力など残ってはいなかった。町に着いたらそのまま倒れこむ勢いだ。
「町に着いたら...後で構いませんのでゴルフェンの宿までいらしてください。お礼をお渡ししたいので」
「ああ、あそこか...わかった。明日には伺わせてもらう」
こんな状況下でもキール少年はお礼のことを忘れてはいなかったようだ。念押しするように、自分の宿まで来るよう言ってきた。レイナはそれに対して軽く頷き、ワロウもそれに倣おうとした時だった。
(...そういや、ゴルフェンの宿って...)
ゴルフェンの宿。どこかで聞き覚えがある。果たしてどこでだっただろうか。疲労でぼやける頭を使いつつも記憶の糸をたどってみる。
(ペンドールの泊っている宿の名前だったはずだ...ということは)
つまりキール少年はペンドールと同じ宿に泊まっているのだ。まあ、娘の婚約者なのだから当然と言えば当然だ。
そしてワロウはペンドールの厚意で同じ宿に泊らせてもらっている。...つまりワロウとキール少年は同じ宿に泊っているということである。
「...そういうことか。じゃあすぐにでも行けるっちゃ行けるんだな」
「...?どういうことですか?」
ワロウの意味深長な発言に、キール少年は首をかしげる。どうやらキール少年はワロウが宿に泊まっていることを知らないようだ。
「一応、その宿に泊まってるからな、今」
「えっ!そうだったんですか!」
キール少年はワロウの発言に目を丸くして驚いている。まさかワロウが自分と同じ宿に泊まっているとは思いもしなかったのだろう。
「何?あそこはかなりの高級宿だったと記憶しているが...そんなに金持ちだったのか?」
「違えよ。たまたま、成り行きさ」
レイナも驚いたような表情で聞いてくる。ゴルフェンの宿はこの町で一番の高級宿で、とてもではないが今までEランクでやってきた冒険者がおいそれと泊まれるようなところではない。
もちろんワロウも自分の金で泊っているわけではない。宿賃に関してはペンドール任せである。
「バルドは知っていましたか?ワロウさんが泊っていることを」
「ああ...いや、知っているというかなんというか...」
キール少年が尋ねると、バルドは口をもごもごさせながらそれに答える。当然バルドは知っているに決まっている。リンネを助けた時彼も一緒にいたのだから。
しかし、キール少年がそれを知らなかったということは、リンネをワロウが救ったということ自体も知らされていなさそうだ。
「キルシェファード様...実は...リンネ様を毒から救ったのはワロウなんですよ」
「な、なんですって!そうだったのですか...」
バルドが少しばつの悪そうな表情で告げる。それを聞いてキール少年はひどく驚いた様子だった。
まさか、自分が飛び出して受けた冒険者の試験でたまたまあった人間が自分の婚約者を救っていたなど思いもよらなかったのだろう。世界は意外と狭くできている...ということなのだろうか。
「まあ、そのおかげであの身分不相応な宿にいられてるってわけだな」
「成程な...うらやましいものだ」
「うん?お前なら泊まろうと思えば泊まれるんじゃないか?」
レイナがワロウのことをうらやましがってるのを聞いてワロウは不思議に思った。Cランク冒険者の稼ぎであれば、あそこに泊まるのは可能なのではないかと思ったからだ。
「あそこは紹介でしか泊れないからな。それに、いくら私がCランク冒険者だからと言っても、毎日あんなところに泊まっていたら破産してしまうよ」
「げっ...そんな値段するのかよ...」
値段が高いことは元々わかっていたが、Cランク冒険者のレイナが躊躇するレベルの金額とまでは思っていなかった。ワロウが思っていたよりも、ずっとあの宿は高いようだ。
「もう、あそこの生活に慣れてきちまってるんだよなぁ...」
「...それはまずいな。そのレベルに慣れてしまうと後がつらいぞ」
ワロウとレイナがぼそぼそと宿の金額について話している間に、キール少年もようやく驚きから回復したようだ。
「こうして私を助けていただいただけではなく、リンネまで救っていてくれたとは...」
「...まあ、偶然だよ、偶然」
正直、ワロウにとっては偶然もいいところだった。たまたま助けることになった二人が婚約者婚約者同士だったと言うだけだ。
だが、キール少年から見れば瀕死の状態だった婚約者のリンネを救い出し、しかも、無茶して飛び出した自分の命まで救ってくれた恩人だ。
「なんとお礼をすればよいのか...私に用意できるものでしたらなんでもおっしゃってください」
「欲しいモノ...ねぇ...」
同じような台詞をペンドールにも言われたが、正直、今のワロウにはほしいものはあまりなかった。
どこかに定住しているならまだしも、今のワロウは旅の途中の身である。旅に重要なのは身軽さだ。下手なものをもらってしまうと、かえって旅の邪魔になってしまう可能性が高い。
強いて言えば旅の資金が欲しいところだったが、これに関してはすでにペンドールから白金貨10枚を受け取っている。
当面はこれで十分だし、あまり大金を持ち歩くというのも落ち着かない。それに、白金貨は結構重い。10枚もあるとそれなりに負担になる。これ以上持っていても仕方がないのだ。
では他のものはどうか。すでに剣や防具はペンドールに買ってもらっているし、これ以上のものはもうこの町には無いだろう。
「今のところは特に思いつかねえな。とりあえずさっさと帰ってあの布団に飛び込みたいね」
「ああ、そりゃそうだなあ...」
ワロウの本心を口にすると、思わずといったようにバルドがそれに賛同する。このクタクタな状態で、あのふかふかな布団の中に潜り込んだらと考えると居ても立っても居られない。
「...それもそうですね。この話は少し落ち着いたらにしましょうか」
少し苦笑気味ではあったが、キール少年自身も相当疲れているはずだ。ワロウの言うこともわかるのだろう。
そして、ワロウたちは町にいち早く戻るため足を速めるのであった。
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