第71話 腕輪の力

『...マスターの生体反応の低下を確認。危機的状況と判断します。オートモードを開始...』


(...なんだ...?)

(どこかで...聞いたような...)


どこからか何か言語のようなものが聞こえて来る。何を言っているかはさっぱりだったが、どこか聞き覚えのある声だった。一体どこで聞いたものだったか...


『腹部と右大腿部に負傷を確認。放置した場合後1582秒で死に至ると判断します。回復用スキルの検討を開始します』


(これは...)

(...!! そうだ。思い出したぞ! これは...前にキール花を取りに行った時の...)

(この腕輪か!)


 ワロウが思わず腕にはめた腕輪を見ると、その腕輪はピカピカと光っている。何事かが起こっているようだが、腕輪の話す言葉がわからないワロウにとっては何が何だか全く分からない。


 一つ幸運だったのは、いきなり光り始めた腕輪に警戒してか、森狼がこちらに飛びかかってこなかったことである。腹の傷を左手で押さえながら倒れているだけのワロウは全く抵抗できない状態だったのだが、なんとかそれで時間を稼ぐことができていた。


『検索終了。現状の負傷レベルからスキル”回復術D”を習得します。所持エーテルを消費します』

『至急回復術を使用してください。呪文は”リカバー”です』


(...クソ...急に光り始めて何か起きると思ったが...光るだけだ)

(結局、最後生き残れる時間が少し伸びただけ...か)


 腕輪は光ってしゃべるだけで、何も起こらなかった。今は森狼も警戒しているが、すぐにでも何も起こらないことに気づいて襲い掛かってくるだろう。ワロウが死ぬまでのカウントダウンが始まった。そう思ったときだった。


『回復術の行使を確認できません。なんらかの原因によって呪文が唱えられないと判断します。スキル”無詠唱”を習得します。所持エーテルを消費します』


(...? 腹の傷が...痛くない...?)


 ワロウは気づいた。先ほどまでドクドクと血を流していて激痛が走っていたはずの腹部から痛みが嘘のように消えていた。驚いて自分の腹部を見やると、腹部の傷を押さえていた左手から淡い水色の光が漏れ出していた


(...! 何だ...これは)


 しかも痛みが消えただけではない。森狼の牙によって穴が空いていた腹の傷が完全に塞がっている。間違いない。治っているのだ。


(もしかして...この光のおかげでケガが治ったのか?)

(だったら...!)


 ワロウはその淡く光る左手を今度は右足の傷の上へと置いた。すると、今まで森狼の牙によって切り裂かれていたワロウの右足の太ももの部分がみるみるうちに治っていった。


(...回復術...なのか? 名前だけなら聞いたことがある)

(だが、あれは...僧侶しか使えないと聞いたが...)


 ワロウが自分のケガが治ったことに驚いている最中、森狼の方もそのことに驚いていた。

 今まで戦ってきた獲物の中で自分の傷を癒せるものは見たことがなかったのだ。だが、ここまで追いつめておいて逃がすわけにもいかない。


 元々戦闘力は自分が上のようなので、回復される前に仕留めてしまえばいい。そう考えた森狼は今度こそワロウの息の根を止めようと突進の構えを見せた。


 ワロウの方も自分が回復したことに気を取られていたが、今はまだ戦闘中だ。しかも回復したところで相手の方が強い事実は変わらない。戦闘で勝てなければいくら回復したところでいつか負けてしまうだろう。


 だが、今はそれでもなんとかするしかない。ワロウはそばに落ちていた剣を拾うと再度構えなおした。森狼とワロウとの間で緊張が走る。


『敵性生物の反応を確認。現状のスキルで突破できる可能性は...5.2%。戦闘用のスキルの検討を開始します』


 腕輪がまたしゃべり始めたがそれを気にしている余裕はない。ワロウが立ち位置を変えようと足を地面から話した瞬間、森狼が襲い掛かってきた。だが、ワロウは冷静だった。


 ここで剣をむやみやたらと振り回すのではさっきの二の舞になってしまう。そこでワロウは森狼に向かって切りつけるのではなく、剣を構えたまま大きく後退した。


 後退したワロウに対してそのまま突進を仕掛けようとした森狼であったが、その軌道上にはワロウが構えた剣先があった。森狼はグルルル...と忌々し気に声を上げると、一回立ち止まり再度飛びかかる隙を伺い始めた。また、状況は振出しへと戻った。


『戦闘用スキルの検討が終了しました。”剣術D”を取得します。....前提条件が足りていません。前提条件のスキルを取得できるか検討します』


(今の飛びかかりは何とか防げたが...次もできるかどうかは怪しい...)

(このままじゃいくら回復できても、いつかは負けちまうことになる...)

(どうすればいい...どうすればいいんだ..!)


 このままではやられる、ワロウのそんな葛藤をよそに腕輪は淡々としゃべり続ける。


『前提スキル“身体能力D”を習得します。また、これに伴い”剣術D”の習得を行います。所持エーテルを消費します』


 その瞬間、ワロウは自分の体が軽くなったような感覚に襲われた。今までよりも明らかに体が動きやすい。最初はケガが治ったからそう感じるのだろうと思った。だが、それだけとは思えないほど体のキレが増している。


 しかも、自分が今までずっと持っていて、重さも知り尽くしているはずの愛剣が明らかに軽く感じるようになっている。一体何が起こっているのだろうか。


 ワロウがそんな自分の変化に戸惑っていると、森狼が再度攻撃を仕掛けてきた。体の状態に気を取られていたワロウは、突進してきた森狼に対して思わず持っていた剣を森狼に向けて振るってしまった。


(しまった...!)


 剣を振るったところでワロウの技術では森狼に攻撃を与えることはできない。最初のように躱されてカウンターを喰らってしまうだろう。まずい...!その思考が一瞬の間にワロウの頭の中で行われたのだが、実際はそうはならなかった。


 ワロウが剣を振るった瞬間、途中で剣が加速した。いや、途中で加速したという言い方は正確ではない。そもそもの振り始めのスピードが今までのワロウではありえないほどに早かったのだ。

 森狼もその思わぬ速度に対応しきれず、ワロウの剣をまともに喰らってしまった。


ギャウン!


 ややカウンター気味に入ったその攻撃は綺麗に森狼の頭をとらえた。特に考えもせず咄嗟に振るった剣だったのだが、剣筋は森狼の頭に綺麗に決まっていたようだ。ワロウ自身もこの結果に驚いていた。


 今まで剣をまともに習ったことのないワロウは完全に自己流の剣で戦っていた。昔、パーティのリーダーに剣を教わったこともあったが、一回染みついてしまった自己流の癖は抜けず、結局途中であきらめてしまったのだ。それ以来ワロウは自分の剣の腕は3流もいいところだと思っていた。


 だが、今の攻撃はどうだっただろうか。剣がいきなり軽くなって速度が増したというのもあるが、それだけではああも綺麗に頭を捉えることはできない。


 まるで、剣術のお手本のようなタイミングとその位置で剣を振るっていたのである。ワロウは自分がそれを成したことをいまだに信じられなかった。


(...今さら剣の才能があったとかそういう話でもねえだろう)

(しかし...急に...まさに今できるようになった...そんな感じだ)


グルルル...グガァッ!!


 ワロウの一撃を喰らった森狼だったが、逆にそれが闘争心に火をつけたらしい。今まで慎重に様子見をしていたことが嘘だったかのように猛り狂っている。手負いの獣ほど危険な相手はいない。今にも襲い掛かってきそうな森狼に対して、ワロウは再度剣を構えた。


 森狼がワロウに向かって高く飛び上がった。狙いはワロウの頭だ。手負いとはいえどその速度は先ほどと遜色ないばかりか、むしろ早くなっているように感じた。


 だが、ワロウはどこに剣を振ればカウンターができるかわかった。頭で考えたわけではない。感覚でそれを理解したのだ。


 それがわかっていれば後はその通りに剣を振るだけである。ワロウは自分でも驚くほど冷静に、そして全身をしならせるようにして剣を振るっていた。


 今までこのようにして全身を使って剣を振るようなことがあっただろうか。こんな剣の振り方は知らないはずだった。しかし、今実際にワロウの全身を使ったその一撃は森狼に向かって振るわれた。


 その速度を増した剣撃はまるで先ほどの再現かのように森狼の頭へと吸い込まれていった。先ほどと異なるのはその威力である。きちんと構えて森狼の突進を迎え撃った、ワロウの全力の一撃は先ほどとは威力が桁違いだった。


ガッ...


 鈍い音がその場に響き渡った。その一撃を喰らった森狼は悲鳴を上げる隙もなく、横にふっ飛ばされた。そしてそのまま地面を転がるとピクリとも動かなくなった。頭を見ると、剣が当たった部分が深く陥没していることがわかる。間違いなく致命傷だろう。


『敵性生物の死亡を確認しました。今回の戦闘のフィードバックを行います...』


(...倒した...のか...? オレが...一人で...)

(...信じられねえ...一体何が...)


 森狼自体はDランクの魔物の中でも強い方ではない。群れるから厄介なのだ。一対一ならそれこそベテラン冒険者のベルンなら狩れるだろう。だから、森狼を倒したこと自体はありえない話ではない。


 問題なのはつい先ほどまではEランクそこそこの実力だったワロウが、比較的あっさりと倒せてしまったことである。


 実はワロウは実力者だった...ということはない。そもそもそれだけの実力があれば、最初の2匹と出くわしたときに腕や足に噛みつかれながら捨て身で倒しに行く必要はない。その時までは本当にEランク程度の実力しかなかったのだ。


 何があったのだろうか。最初の2匹と戦った時と、最後の1匹と戦った時の違いはなんだろうか。答えは一つしかなかった。


(この腕輪...か)

(こいつがピカピカ光り始めてから回復ができるようになったし、体が軽くなって剣の腕さえ上がった)

(本当に...古代の遺物なのか)


『今回の戦闘での死亡リスクが高すぎます。より、危険に対しての対処能力を向上すべくオートモードの設定の修正を行います。』


 ワロウはまじまじと自分の腕にはまっているその腕輪を眺めてみる。先ほどからピカピカ光って何事かを言っているようだが、相変わらず意味は分からない。


(そういや...回復術はまだ使えるのか確認しておいた方がいいな)


 先ほどケガを治してから、回復術は使っていない。さっきだけ使えるようになっていたという可能性もなくはないので一応試しておいた方がいいだろう。ワロウは試しにもう一度回復術を使おうとするが、使い方がわからないことに今更ながら気づいた。


(...どうやりゃいいんだ? )

(さっきはケガに手をかざしただけで使えたんだが...)


 仕方がないので、適当に体に手をかざして治れ治れと念じてみる。かなり適当なやり方だったが、それでも回復術は発動したらしくワロウの手には淡い水色の光が宿る。それをぼんやりと眺めていたワロウだったが、急に立ち眩みを起こして倒れこんでしまった。


『魔力値が基準値を下回っています。至急魔法の行使を停止してください』


(ぐおっ...何だ...急にめまいがしやがった)

(力が抜けていくような...)


 その時ワロウはシェリーが光玉と炎玉を使った時に、魔力切れでふらふらになっていたことを思い出した。いくら何でもなんの代償もなく回復をできるというのは考えにくい。

 回復術の使用にも魔力を使っていて、ワロウも魔力切れで立ち眩みを起こしたと考えるべきだろう。


(...今のところ使えるのは3回ってところか)

(ケガの程度にもよるかもしれんが...まあ目安くらいにはなりそうだ)


 回復術について考えていたワロウだったが、ふと辺りを見渡すと今まで月明かりが照らしていたはずの森が、うっすらと明るくなり始めているのに気づいた。今まで必死に戦っていたため気づかなかったが思っていたよりも時間が経過しているようだ。


(マズい...! とりあえずこのことは後回しだ...!)

(さっさと町に戻らないと、いつまでシェリーの体力が持つかわからん)

(キール花は...あるな。行くか!)


 散々な目にあって、何回も死にかけたがキール花は手に入れることができた。これさえあればシェリーのことを助けることができるはずだ。


 後問題なのは時間のみ。シェリーの体力との勝負である。ワロウは軽くなった体を追い風にして、颯爽と町までかけてゆくのであった。

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