第70話 絶体絶命


(なにかを忘れているような...)

(...!! そういえば最初の森狼はどうした?)


 ワロウが最初にカラシンを投げつけて無力化した森狼の姿がどこにも見当たらない。一体どこへ消えてしまったのだろうか。ワロウがその姿を探していると、地面に足跡が残っていることに気づいた。


(...森の奥へと向かってゆく足跡があるな)

(逃げたのか...? それだけならいいんだが...)

(戻ってくる可能性もある。警戒しておいた方がいいな)


 足跡のあった方角をしばらく警戒していたワロウだが、そこから森狼が姿をあらわす気配は一向にしなかった。どうやら森狼は本当に逃げてしまったようである。つまりワロウは、森狼2体を相手にして勝利を収めたのである。


(まさか...森狼2体をどうにかできるとは思ってなかったぜ)

(オレもまだまだ捨てたもんじゃねえな...なんてな)


 ただ、勝ったとはいえ、何回も大けがを負っているし、かなり高価なポーションを2本も使っている。道具を駆使し、捨て身の攻撃を仕掛けることによって何とか勝つことはできたが、もし、これが依頼だったら大損間違いなしだっただろう。


 ワロウもいつもはこんな戦い方はしないのだが、素早い森狼に攻撃を当てるためにこのような作戦をとらざるを得なかった。


(一回休憩したいが...)

(そんな余裕はない...か)


 ついさっきまで重傷を負いながら命のやり取りをしていたワロウは体力の限界に近かった。一回休憩をはさみたいところだが、夜の森は危険な場所ばかりで、ずっとこの場所にとどまるのは得策ではない。それにシェリーのこともある。あまりゆっくりはしていられない。


(肝心のキール花は...)

(よし、大丈夫そうだな...)

(さっさとこんなところからはおさらばしたいぜ)


 辺りには森狼とワロウの血痕があちこちに残っており、血の匂いが辺りに広まっている。この状態ではいつ魔物が寄って来てもおかしくはない。なにはともあれここから離れた方が良さそうだ。そう思ってワロウがその場から離れようとしたそのとき


グルルルル....


 ワロウが向かおうとしていた方向からうなり声が聞こえてきた。嫌なことにそのうなり声には聞き覚えがあった。なぜならば、つい先ほどまでそのうなり声を聞いていたからだ。


(嘘...だろ...そんな...)


 ガサガサと目の前の茂みが揺れる。茂みの中から足がまず最初に見えた。そして草をかき分けて出てきたその姿は...


(嘘だと言ってくれ...!)


 残念ながらワロウの願いは叶わなかった。彼の目の前には一体の森狼が現れたのだ。先ほどカラシンで撃退した個体とは違う個体だろう。


 カラシンで撃退した森狼は森の奥に逃げて行ったあとがあったのに対して、今目の前にいる個体はワロウの向かう方向...つまり町の方角から現れたからである。つまりそれは目の前の森狼が万全な状態の個体であることを意味する。


 万全な状態の森狼と戦ったところでワロウに勝ち目はない。先ほどの二体はたまたま致命傷を負わなかったこと、カラシンを使うことによって1対2から1対1に持ち込めたこと、捨て身の攻撃が成功したこと、ポーションでケガを治せたことなど様々な要因があって何とか勝てただけなのである。


 しかも今のワロウは、先ほどまでの戦いで疲労困憊だし、盾も壊されてしまっている。ポーションもすでに使い切ってしまった。もうこれ以上ケガを負うことはできないのだ。


 剣だけは先ほど回収したので持ってはいるが、森狼に当てられるほどの技術も身体能力もない。


 今度こそ本当の絶体絶命だった。ワロウがここを切り抜けるためには目の前の森狼をほぼ無傷で倒すか撃退するかしなければならない。ポーションがないため先ほどのように腕を犠牲にしながらの強攻もできない。


(...まだだ)

(なんでもいい。まぐれ当たりだろうが、なんだろうがアイツを倒せればいい)


「...かかって来いよ。お前のお仲間はもう倒しちまったぜ?」


 強がりだった。ワロウにもわかっていた。もはや状況はひっくり返しようがないところまで来てしまっていることを。これ以上使えそうな道具を持っていない以上、ワロウの実力のみで目の前の森狼を倒さなければならない。それは土台無理な話であった。


 じりじりと森狼がワロウとの距離を詰めてくる。もう盾がない以上噛みつきを仕掛けられたら剣で防御するしかない。ワロウは剣先を森狼の方へ向けながら、その場を動かずにいた。


 森狼の素早さにはついていけないので動き回って狙いに行っても無駄だし、そもそも疲労困憊で動く気力もない。森狼を倒すためには、あちらが飛びかかってきたところをカウンターで仕留めるしかないのだ。


 しばらくワロウの周りをうろうろと回っていた森狼だったが、ワロウが動かないとわかったようで、次の瞬間前足を振り上げてワロウにとびかかってきた。


 ワロウも当然それを黙って見ているわけではない。飛びかかってきた森狼をカウンターで仕留めようと必死に剣を突き出した。だが、それをあざ笑うかのようにして森狼は突き出された剣をひらりと躱すとワロウの右足に噛みついてきた。


「ぐ...ッ...!」


 何とか踏ん張ろうとするが、こらえきれず転倒する。その瞬間、森狼は噛んでいた足を放し、首を狙って噛みつこうとしてきた。首に噛みつかれたら一巻の終わりである。ワロウは必死に剣を使って防御した。


 首への噛みつきを防がれた森狼だったが、それであきらめるほど甘い相手ではない。今度は防御が薄くなったワロウの腹目掛けて噛みついてきた。ワロウも何とか体をひねって躱そうとしたが、それは無理だった。森狼が腹に噛みついてくる。牙が腹の中まで届く嫌な感触がする。


 ワロウは咄嗟に腰の袋からナイフを取りだすと、腹に噛みついている森狼の目を狙って突き立てようとした。だが、森狼はワロウがナイフを取り出したのを見るが否やすぐに噛みつきを止めて距離をとった。


 その隙に腹のキズを押さえながら、剣を杖にして何とか立ち上がろうとするワロウだったが、もう腕に力が入らなかった。


(...クソ...ケガが酷すぎる...もう立てん..か)


 足に噛みつかれ、腹を食い破られてしまったこの状態ではもはや何もできない。たとえこのまま森狼が飛びかかってこなかったとしてもこのまま死んでしまうだろう。それだけの大けがなのだ。


(...結局無理だった...か)


 もう無理だ。そう思うと今まで張っていた気がするすると抜けてゆく。何とか抵抗しようとしていた気力もなくなり、がくりとうなだれる。意識が徐々に薄れてゆく。疲労もあるし、なにより度重なるケガで血を流しすぎた。ワロウの体は限界だった。


(...あっけないもんだな)

(死ぬ前に一度でいいから...もう一度会いたかった)

(“アイツら”に...もう一度だけ...)


がくりとうなだれたまま動かなくなったワロウを見て、もうこれ以上抵抗はしないだろうとそう思ったのか森狼が徐々にワロウの方へと近づいてくる。


 ワロウはそれを視界の隅でぼんやりと捉えていた、もはや追い払えるほどの気力はない。このまま森狼の餌になってしまうのか。そう思ったその瞬間。


『...マスターの生体反応の低下を確認。危機的状況と判断します。オートモードを開始...』

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