第68話 2匹の森狼

 キール花に夢中になっていたワロウ。その目の前には2匹の森狼が、いい獲物を見つけたとばかりにこちらを見ている。


(...やっちまったか。オレとしたことが...ここまで接近されていて気づかなかったのか)

(目的の物に夢中になりすぎた。今までアイツらに散々注意したってのに自分がそうなっちまうとはな)


 いつもは3匹以上の群れを作っていることが多い森狼だが、幸いなことに目の前にいるのは2匹のみで今のところ他の気配はしない。だが、幸運とはいってもワロウ自身より格上の魔物が2匹もいるのである。まさしく絶体絶命の危機だ。


(逃げるしかないが...町の方向は森狼がいる方向だ...)

(だが、町と離れる方向に逃げるわけにもいかねえ。前と違って逃げ回ってる時間はない...! )


 ワロウにとっては不都合なことに町の方向へ森狼達は立ちふさがっていた。前は森狼が手加減していたのかしばらく逃げ回ることができていたが、今回は前と違って制限時間がある。森の中を逃げ回っているうちにシェリーが死んでしまっては意味がないのだ。


(...覚悟を決めるしかないな)

(一か八かここで倒しに行く...!)


 今は二匹しかいない森狼だが、どこに仲間がいてもおかしくない。逃げる最中に増援を呼ばれでもしたら逃げるのはほぼ不可能になってしまうだろう。ならば、今二匹しかいないここで決着をつける。そう覚悟を決めた。


 戦うと決めたワロウは、剣を抜き放って、盾を油断なく構えた。森狼の行動は素早くワロウから攻撃を仕掛けたところで避けられて、反撃されるのがおちだ。


 可能性を少しでも増やすのならば相手が仕掛けてきたところをカウンターするしかない。そう考えたワロウはこちらからは仕掛けず、相手の動きを待つことにしたのだ。


 森狼達は最初警戒するようにワロウの周りをうろうろと動き回っていたが、ワロウから仕掛ける気配がないとわかると、地面を大きく蹴って2匹同時にワロウに向かって飛びかかってきた。


(狙いは...首か!)


 首を噛みちぎってさえしまえば、大抵の生き物はそれで死ぬ。本能的にか経験的にかはわからないが、森狼達はそのことを知っているようだ。だが、狙いさえわかっていればそれを防ぐことは難しくない。


 ワロウは首めがけて飛びかかってきた一匹を盾で跳ね返そうとする。が、森狼の突進の威力はかなり強く、一瞬姿勢を崩してしまった。そこを見逃すほど森狼は甘い相手ではない。すかさずもう一匹の森狼がワロウの足に噛みついてきた。


 姿勢を崩していたワロウは剣を振ってそれを防ぐこともできず、そのまま太ももに噛みつかれてしまった。一応ワロウも革製の防具をつけてはいたが、森狼の鋭く大きな牙はそれを易々と貫通した。


 肉に牙が入っていく嫌な感触がする。ワロウはそのまま地面に引きずり倒されそうになったが、剣を杖にして何とか踏みとどまった。


「ぐあッ...! この野郎...!」


 足に激痛が走る。かなり深くまで噛みつかれてしまっているようだ。ワロウは頭に血が上って、足に噛みついている森狼を攻撃しようとする。


 だが、もう一匹の方がこちらを狙っている様子を見て、迂闊に隙を見せるとそのまま首に噛みつかれると思いなんとか思いとどまる。


(クソ...! アレを使いたいが、その隙がねえ...!)


 ワロウはこうなったときのために家から一つ道具を持ってきていた。だが、それは腰の道具袋の中に入っており、こうも虎視眈々と狙われている状況では取り出すこともできない。


(こうなりゃ仕方がない...! 武器を手放したくはないが...死ぬよりマシだ...!)


 ワロウは一瞬考え込んだが、躊躇している暇はないと驚きの行動に出た。なんと自分の持っていた剣を、こちらを狙っている森狼に向かって投げつけたのである。


 まさか、相手が武器を投げつけてくるとは思っていなかったのか、こちらへ向かおうとしていた森狼の動きが一瞬鈍る。


 ワロウはその隙を見逃さなかった。武器を投げつけた瞬間にそのまま腰の道具入れに手を突っ込んであるものを取り出した。それは小さな袋だった。ワロウはそれをそのまま自分の足に噛みついている森狼の顔面にたたきつけた。


「これでも...喰らっときやがれ!」


ギャウン!?


 その袋の中から赤い粉が零れ落ちる。カラシンの粉だ。ワロウはいざというときのためにカラシンの粉を詰めた小袋を持ってきていたのであった。


 それを至近距離からまともに喰らった森狼は思わず噛みついていたワロウの足から口を離してしまい、そのまま地面を転げまわった。


 カラシンの粉がまともに目に入ったのだから、しばらくは戦闘不能状態だろう。森狼を一匹戦闘不能にしたワロウであったが、そちらを一瞥もせずその視線はもう一匹の森狼に集中していた。


 例え一匹であろうがワロウよりは格上の魔物なのだ。目を離した瞬間に死が確定してもおかしくはない。


 剣を投げてしまったワロウは攻撃手段がなく、飛びかかってこられたらどうしようかと思っていたのだが、もう一匹の森狼は仲間がやられたことに対して警戒しているようで、先ほどのようにすぐに飛びかかってくる気配はなかった。


 これは一見幸運のようだったが、実際はそうともいかなかった。


(クソ...! 足の傷が思ったよりも深いぞ...これ以上血を流すとまずい...)

(このまま様子見を続けられたら不利なのはオレだ...どうする...?)


 足のケガは深く、立っているのもやっとなほどだ。このまま様子見を続けられたら、失血で先にこちらが倒れてしまうだろう。それに、先ほど戦闘不能にした森狼だっていつ復活するかわからない。状況は悪くなっていく一方だった。


(...そうだ...!)


 そのとき、ワロウは思い出した。門番の二人から預かってきたものを。できるなら使わずにそのまま返そうと思っていたのだが、そうもいってられる状況ではなくなってしまった。二人には申し訳ないが使うとしたら森狼が警戒して攻撃してこない今しかない。


 ワロウはこっそりと自分の背嚢に手を伸ばしていった。その様子を森狼も見ていたが、相変わらずうなってこちらを威嚇するのみで、攻撃はしてこない。


 そしてワロウは目当てのものを手に掴むことができた。もしかしたら戦闘中に瓶が割れてしまっているかもしれないと思っていたが、幸いなことに割れておらず、中には赤い液体がしっかりと入っていた。


(使うのは初めてだが...ケガに直接かければよかったはずだ)


 こちらをの様子をうかがっている森狼から視線を外さずに、ワロウはポーションの中身を防具の隙間から直接ケガをしているところへ振りかけた。


 その効果は絶大だった。今までずっと流れ続けていた血はあっという間に止まってゆき、先ほどまで激痛だったケガの痛みは徐々に消えていった。


(こいつぁ...すげえ効果だな。おっそろしく高いだけのことはあるぜ)


 これでワロウの傷は完全とは言えないが、ほぼ治ったと言ってもよい状態になった。その一方で森狼側は、まだカラシンの粉を喰らった方は復帰できていない様子でしばらくは大丈夫そうだ。


 ただ、もう一匹の森狼は万全の状態のままである。しかも、剣を手放してしまった以上攻撃する手段がほとんどない。


(こちらから仕掛けるにしても、カウンターを狙うにしても剣がなきゃ始まらねえ)

(危険を承知で拾いに行くしかねえか...?)


 ワロウは剣を取り返す隙を伺ってはみたが、森狼もそれはわかっているのだろう。剣の場所からは離れようとしなかった。剣を取りに行こうとしたら間違いなくその瞬間に噛みついてくる気なのだろう。


(...このままじゃじり貧だ)

(クソ...また、一か八かの賭けをしなきゃいけねえのかよ...!)


 元々格上が相手なのだから仕方のない部分もあるが、どうやらワロウはまた分の悪い賭けに勝たなくてはいけないようだ。


 更にたとえ賭けに勝って無事に剣を取り戻せたとしてもそれで討伐ができるとも限らない。最初の完全な1対2よりは大分ましになりはしたが、相変わらずワロウは苦境に立たされていた。

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