第66話 彼らの思い
ワロウの前に立ちふさがる門番の二人。ここを通す気はないという意思表示なのだろう。ジョーが重々しく口を開く。
「...ダメだ。ワロウ、わかってるだろう。どれだけ夜の森が危険か」
”ダメだ”...その言葉はワロウの心に突き刺さった。普段の陽気な彼とは思えない真剣な表情、そして真剣な口調だ。それだけ彼の本気なのがひしひしと伝わってくる。
だが、ここであきらめるわけにはいかない。シェリーの命もかかっている。ここまで来て引き下がるわけにはいかないのだ。ワロウは必死でジョーを説得しようと言葉を紡ぐ。
「オレはこの森を知り尽くしている! 危険な場所は避ければいいだけだ!」
ワロウのその言葉に、今まで静かだった彼の口調が一気に荒々しくなった。
「そう言ってこの前死にかけたんじゃねえか! 森狼の縄張りは変わってるんだぞ! もうここはお前が知っている森じゃない! 」
「.......」
言い返せなかった。森狼の縄張りが変わっていて死にかけたのはつい一か月前のことだ。そのときは彼らにも大分心配をかけてしまった。今、ワロウが森の中を知り尽くしているから大丈夫と言っても信用がないのは当然なのだ。
「俺だって...止めたいわけじゃない」
ジョーがポツリとつぶやく。その彼の目には涙がうっすらと見える。
「だけど...お前を死にに行かせるわけにはいかない。俺は門番だから、今まで同じような奴が何人もここを通っていくのを見届けてきた。...そして、大抵の奴らはそのまま死んでいった」
「........」
「お前にそうなって欲しくない。門番の役目としてだけじゃない。お前の友人として...ここを通すわけにはいかない」
そう言い切ったジョーの顔は苦しげだった。彼の言う通り、彼自身も止めたいわけではないのだろう。だが、それでもし止めないでワロウをこのまま森へと向かわせたら...
門番としての経験が告げていた。このまま送り出してもきっと生きては帰ってこないだろうと。だからここ通すわけにはいかない。ワロウは...かけがえのない友人なのだから。
ワロウもジョーの気持ちは痛いほどわかった。ついさっきワロウも同じ理由でハルト達を止めたのだ。わからないわけがなかった。
普通なら彼の気持ちを汲み取って諦めるだろう。だが、ワロウは諦めが悪い男だった。一回こうと決めたらそれをやり通す。頑固な男なのだ。
「...お前の気持ちはわかった。...町に戻る。無理を言ってすまなかった」
「....ワロウ。ごめん...ごめんな」
ついにジョーはこらえきれなくなり泣き出してしまった。今まで抑えていたものがあふれ出したのかもしれない。その姿を見ると、ワロウは踵を返して町の方へ戻ろうとした。だが、その時ダンがワロウを止めた。
「待て...ワロウ。お前、遠回りをして森に行こうとしているだろう?」
「.........」
「頑固なお前が、一回断られたくらいであきらめるとは思えん」
町から森に向かうには門を通るしかないと言ったが、実は森に行く手段は他にもある。この町は全体が塀に覆われているわけではないので、その隙間から外へ出ることは可能なのだ。
ただ、遠回りになるし意味もないためそのような手段をとることはない。...今回のような場合を除いては。
ダンの話を聞いたジョーが驚いた表情でワロウを見る。
「な...! ワロウ...! お前...!!」
「...否定はしない。だが、お前らがそれを止めることはできないだろう」
門番の彼らはここを離れることはできない。他の場所をすり抜けて森へと向かうワロウを止めることはできない。ワロウがそう指摘するとダンは苦々しい表情になった。図星...といったところだろうか。
「...じゃあな。こっちは急いでるんでね」
「...待て」
ダンたちに背を向けて去ろうとしたワロウをダンが呼び止める。だが、ワロウは振り返らなかった。
「悪いが...森に行くのを辞める気はないぜ。止めたって無駄だ。覚悟は ...もう決めた」
背を向けたままダンたちに自分の覚悟を告げる。例え止められようが何だろうがもう止まる気はないと。しかし、ダンの返事は全くの予想外の物だった。
「そうじゃない。ここを通してやる」
その言葉に耳を疑ったワロウは思わず振り返った。ジョーも一体何を言い出すんだといった表情でダンを見る。
「お、おい! なに言ってるんだ! ここを通すわけには...!」
「遠回りして行くならここで止めたって無駄だ。なら、時間を節約するためにもここを通してやった方がいい」
「本気かよ...! 」
「ああ、そうだ。よく考えてみろ。ジョー。ここで遠回りさせれば、少なからず疲労もするだろう。森で死ぬ確率だって上がる。...違うか? 」
「.....」
ダンの言葉にジョーは反論できなかった。確かに言っていることは間違っていないからだ。ただ、理性では納得していても感情では納得できない。ジョーはまさにそんな様子だった。
「...いいのか。ダン」
「...ああ。その代わり...絶対に戻ってこい」
「わかってる。オレも無茶する気はない。危険そうだったらすぐに戻ってくるさ」
「...わかった。だが、このまま送り出すのは不安だからな。...これを持っていけ」
そう言うとダンは自分の腰にある袋から一つの瓶を取り出した。中には赤色の液体が入っており、揺らすとチャプンと音を立てた。
「お前...それは...ポーションじゃないか! 門番の支給品だろ。オレに渡していいのかよ?」
ポーションとは迷宮でのみ産出される奇跡の薬のことである。ケガをしたときにそこにかけるだけだで傷が見る見るうちに治っていくといったシロモノだ。当然希少価値は非常に高く普通の冒険者ではなかなか手を伸ばすことができない金額である。
この町の門番である彼らにはいざというときのためにこのポーションが支給されていた。
ポーションには階級があって、彼らに支給されているものはそこまで階級が高いものではないが、それでも彼らの給料3か月分くらいの金額はするはずだ。当然、他人においそれと渡してもいいものではない。
「いいわけないだろう。...だが、お前がこれで生き残れるなら安いものだ。持っていけ」
「ダン...すまない」
「...ワロウ。俺のも持っていけ」
ダンがワロウにポーションを渡すのを見ていたジョーだが、唇をぐっと噛みしめながら自分の分のポーションもワロウに差し出した。思わずワロウも驚きの表情を浮かべる。
「ジョー...」
「...持ってけよ、この頑固野郎め。それで死んだらただじゃおかねえからな。地獄まで行って取り立ててやる」
ジョーがポーションを突き出したその腕はかすかに震えていた。
「...必ず、戻ってくる。約束だ」
ワロウが2つのポーションを受け取ると、ジョーとダンは無言で右の拳を自分の頭と胸に叩きつけ前に突き出した。ワロウも右手を突き出すと二人の拳にぶつける。昔から伝わる戦友の武運を祈る慣習だ。
二人が門の前から退く。ワロウはその先の森の方を見つめた。その先に広がる森は暗く淀んでおり、何が待ち受けているのか全く分からない。だが、ここで躊躇っている時間はない。
「行け! ワロウ...! へまするんじゃねえぞ!」
「危ないと思ったら必ず退け。...引き際を見誤るなよ」
「ああ...! 行ってくる!」
二人に見送られたワロウは危険に満ちる夜の森へと足を踏み入れたのであった。
森狼がうろつくその危険な地へと。二人の門番はその後姿が消えるまでずっと目を離さなかった。
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