第65話 思わぬ足止め
ワロウは走っていた。早く家に戻って準備をしなくてはならないからだ。その準備とは戦闘の準備とキール花を採取するための道具の準備である。ただ、キール花を夜に見つけるのは至難のわざである。どうやってキール花を見つけようというのだろうか。
(そうだ...オレは知っている...キール花がある可能性がある場所を...)
(ノーマンの依頼からもう一カ月以上経っているからあるかどうかはわからないが...)
(行ってみる価値はあるはずだ...!)
ワロウが知っているキール花の場所とは、前に彼がノーマンの依頼を受けてキール花の採取をした場所のことだった。以前採取したのに花がまだあるとは一体どういうことだろうか。
冒険者には色々な暗黙の了解がある。中には有名なものもあるしほとんど知られていないようなものもある。その中でも採取に関する暗黙の了解は割と知られている方だ。
その暗黙の了解とは花が咲いている薬草は採取しない。花自体が薬効を持っている場合は最低限の採取で済ますというものである。
これは花が咲いた薬草を根こそぎ採取してしまうと新たな薬草が生えなくなってしまうことが経験的に知られているためである。薬草を根絶させないための古くからの知恵なのだ。
もちろんワロウがノーマン空の依頼を受け、キール花を採取したときもそのしきたりに従って必要最低限の採取で済ませている。
逆を返せば、そこにあるすべての花を採取したわけではない。まだ採取していない花がそこにはあるかもしれない。
当然採取したのは一カ月以上前なので、もう花が咲いていないかもしれないとも思ったが、キール花は夜にしか咲かない代わりにかなり長い期間咲く花である。
一カ月たった今でもまだ咲いている可能性だって十分あった。
ただ、魔物に踏まれて枯れてしまったりしているかもしれないし、咲いている保証はどこにもない。しかもそこは前に森狼の縄張りじゃないからと言って油断していたワロウが散々森狼に追い回された場所だ。
縄張りを変えた原因の大蜘蛛はシェリーの魔法によって既に死んでいる可能性が高いが、昨日の今日ですぐに森狼達が縄張りを元に戻すとは考えにくい。つまり、依然として森狼がそこにいる可能性は高いと思った方がいい。
先ほど、ハルト達の前で言わなかったのはそのためである。シェリーを助けるためにといって無茶しそうな彼らを危険な森狼のいそうなところへ連れて行くわけにはいかないと思ったのだ。
だが、ワロウ一人だけなら話は変わってくる。引き際は自分で判断して自分だけ引けばいい。むしろ3人で行動するよりも安全だろうと考えたのである。
早速家へ駆けこんだワロウは部屋の中をひっくり返しながら、採取道具を探す。幸いなことに一カ月前に使った道具は机の上に放置したまま置かれていた。
面倒だからといって片づけをしなかったためである。完全に怪我の功名だったが、早く準備できるに越したことは無い。
ワロウはそれらを引っ掴むと剣とくたびれたマント、盾、皮鎧を装備する。いつもの装備の完成だ。これで森へと出発できる。
(...そういえばアレもあったな...持っていっておくか)
あることを思い出したワロウは、部屋の中にあった小袋を掴むとそれを背嚢の中へと突っ込んだ。もう準備するものはない。もはや部屋の鍵を閉める時間すら惜しいワロウは部屋の扉をあけ放つと、そのまま森へと向かってかけていったのであった。
ディントンの町から最短距離で森へと向かうためには門を通る必要がある。今、ワロウの目の前にはまさにその門が迫っていた。...だが、もちろんそこには門番がいる。ジョーとダンの二人だ。
「....よお。ワロウ。急いでるみたいだが、こんな夜更けにどうしたんだ? 今から夜のお散歩か? 」
以前も効いたような台詞だ。だが、前回聞いたときとは異なり、言葉は冗談めかして言っているが、ジョーの表情は険しい。なぜ、彼の表情が険しいかはわからないが、とりあえずワロウもそれに乗っかって軽く返事をする。
「ああ、そのつもりだ。知ってるか? この時期しか見られない貴重な花があるんだ。それを見に行きたいと思ってよ」
それを聞いたジョーは覚悟を決めたような表情になって、ワロウの前に立ちふさがった。ダンの方も言葉は発さないが、ジョーと同じように門を塞ぐ。どうやらワロウをそのまま森へとは通さないつもりのようだ。ダンが重々しく口を開く。
「...今、ギルドの要請で夜の森は立ち入り禁止だ。知ってるだろう」
どうやら普通に通るのは無理そうだ。しかし、彼らを誤魔化せるいい言い訳が思いつかない。ここはとにかく頼み込んでみるしかない。彼らの情に訴えてでも。
「.......わかっている。頼む....! 今だけでいい。見逃してくれ...!」
「何故、そんなに焦る必要があるんだ? 明日でもいいだろう」
「...理由は話せない。ただ、森にある薬草が今必要なんだ」
咄嗟にワロウはその理由を誤魔化した。キール花は希少で森の奥にしか生えていない。つまり採取するためには森の奥まで踏み込む必要があるのだ。ここで正直にキール花を取りに行くなんて話してしまったら間違いなくここを通してはくれないだろう。
「.......シェリーを助けるためにキール花を取りに行く。そうなんだろう?」
「....!! 何故、知っている...?」
思わずワロウは息を飲んだ。まさか彼らがギルドでの一件を知っているはずがない。あの部屋から出てきたのはワロウだけ。門番の彼らに伝えるものなどいないはずなのだ。
しかし、彼らは事情を知っている。なぜだろうか。
「...焦ってるようだな。いつものお前ならすぐに気づきそうなものだが」
「...どういうことだ」
「森から戻るためにはここを通る必要がある。アイツらも当然ここを通っている。...ぐったりしたシェリーを背負ってな」
当たり前と言えば当たり前のことだ。ワープでもできない限り、この門を通らずに町の中へ入ること難しい。そんな当然なことも焦っていたワロウは気づけなかった。
彼らが戻ってくるハルト達を目撃していないはずがない。その時に変異種に噛まれたという話も聞いたのだろう。
ここ最近で変異種に噛まれて助かったのは一人。アデルだけ。そしてそのアデルが助かったのはワロウの薬のおかげだ。そして今、そのワロウが慌てて森に行こうとしている。その理由は容易に想像できるだろう。
「わかっているなら通してくれ! 時間がないんだ!」
ワロウが必死に頼み込むが、ジョーとダンの顔は険しいままだ。ワロウの事情はわかっているはずだ。だが、それでも通す気はないということだろう。
シェリーを助けに森へと駆け込む矢先に、門という思わぬところでワロウは足止めを喰らってしまうのであった。
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