第64話 決心

(君は強い...か)

(...どうかな。リーダー。あれから何十年も経ったが、オレはまだ強いままなんだろうか)


“ああ、ずっと君は変わらないね。今も昔も。同じままだよ”


 リーダーの声が聞こえた気がした。もちろん彼がこんなところにいるはずがない。彼は遠い町で英雄として生きているはずだから。ワロウの記憶の中のリーダーが、そう言っているように感じただけだ。


(今も昔も変わらねえ...か。確かにそうかもしれん)


 そのリーダーの言葉にあきらめかけていたワロウの心に灯がともる。心臓が力強く脈を打ち始める。気分が高揚し、今までになく力がみなぎってくる。


(...なんだかんだソロで今まで生き残ってきたんだ。何十回も死にかけたが、今まで生き残ってきた)

(今回だって上手くやって生き残ればいいだけだ。簡単な話じゃないか)


 そうだ。今までだって何度も危険を切り抜けてきた。今回だってそのうちの一つに過ぎない。やれるはずだ。今の自分になら。


(やってやるさ...!)


 やると決めたのならばすぐに動かなくてはならない。今はまだ意識があるシェリーだが、いつまた気を失ってもおかしくはない。また、急激に容態が悪化する可能性も十分にある。朝まで持つかどうかもわからない。時間に一切の猶予はないのだ。


 ワロウはハルト達の方をちらりと確認するが、3人で話をするのに集中しているようでこちらには一切視線を向けようとしない。今なら彼らにばれず行動できるだろう。


 それを確認したのちに、ワロウはこっそりと部屋を出ようとした。だが、あと少しで部屋を出るというところでボルドーに呼び止められた。


「...待て。ワロウ。どこへ行こうとしている?」


(...気づかれたか)


「...人の最後を見る趣味はないんでね。それに...」


 そこで、ワロウは言葉を区切ってハルト達の方を示した。そこではわんわん泣きながらシェリーの手を掴んでいる二人と、二人に挟まれて微笑みながらも少し困ったような顔をしているシェリーがいた。そこには3人しか立ち入ることを許されない雰囲気があった。


「...あいつらの最後の時間を邪魔したくない。それだけだ」

「...違う」


 ワロウの言葉に、ボルドーは不機嫌そうな顔をする。


「俺はお前がこの部屋を去る理由を聞いているんじゃない。どこへ行こうとしているかを聞いたんだ」

「......どこへ? どういう意味だ?」

「はぐらかすんじゃない。そのままの意味だ」


(相変わらず鋭い奴め。...適当に誤魔化すしかねえか)


 ワロウとしては上手く躱したつもりだったのだが、ボルドーには全く通用しなかったようだ。相変わらず鋭い男だと舌を巻いたが、ここで正直に話すわけにもいかない。もう一度誤魔化そうと口を開く。


「どこへ行くって...そりゃ家に決まってるだろ? それ以外何がある? 」


 嘘はついていない。ここへはほとんど着の身着のままで来ているので、いろいろと準備を整える必要がある。だから一回家に戻ることは本当のことだ。当然その後どこへ行くかは別の話だが。


「家...か」


 ワロウの答えを聞いたボルドーはしかめ面をしたまま黙ってしまった。怪しいとは感じているのだろうが、否定できるだけの材料もないといったところだろうか。

 今、ここでボルドーと押し問答をしている間にも時間は過ぎてゆく。ワロウの心の中に焦りが生じ始めた。


「...質問はそれだけか? じゃあ、行かせてもらうぜ」


 ワロウが再度部屋の外へ出ようとしたとき、ボルドーがぽつりと聞いてきた。


「....ワロウ。お前、友人はいるか?」

「...いきなり何だ? オレが友達がいない寂しい奴だってか?」


 ボルドーの質問は唐突だった。唐突すぎてワロウはなぜそんなことを聞いてくるのか見当もつかなかった。とりあえず質問を質問で返してみたが、返ってきたのは沈黙と真剣な表情のみであった。


「...とりあえず、少なくとも目の前に一人いるぜ」

「そうか....そうだな。俺もお前の友人の一人だ」

「...おいおい、まじめに返されると照れるぜ。...で、それが何だっていうんだ?」

「お前の友人は俺だけじゃない。ベルンもそうだし、サーシャ、ジーク、ノーマン、ゴゴット、ドルトン...他にも大勢いるだろう」


 一体ボルドーは何の話をしているのだろうか。ワロウの友達が多い少ないなんて今のこの状況でするような話ではないことは確かだ。できるだけ早く家へ戻って準備をしたいワロウは、少しイラつきながら質問を重ねた。


「だからなんだってんだよ。雑談なら今度でいいだろ? 今はそういう気分じゃ...」

「だから」


 ワロウの言葉をボルドーが強くさえぎる。


「だから、お前が死んだら悲しむ者が大勢いる。今のアイツらと同じようにな」

「..........!」

「お前の顔を見ればわかる。覚悟を決めた男の顔だ。...キール花を取りに行くつもりなんだろう」

「...........」


 完全にバレていた。表情には出さなかったつもりだが、長年の付き合いがあるボルドーの目をごまかすことはできなかったようだ。


「お前が慎重でしたたかな男ということは知っている。勝算がない賭けは絶対にしないことも」

「...そいつぁどうも」

「そして、お前がこうと決めたら梃子でも動かない頑固野郎だということも知っている」

「...悪かったな、頑固者で」

「だから、止めはしない。ただ、死ぬんじゃねえぞ。わかっているだろう? 冒険者の一番大事なものは...」


 当然その先の答えは知っている。自分でハルト達にも何回も教えたことだ。ボルドーの言葉を遮って答えを言う。


「己の命...だろ? わかってるさ」

「....そうか。なら、あいつらに気づかれないうちに行くんだな。バレたら面倒なことになるぞ」

「ああ...わかってるさ。じゃあな」


 ワロウはボルドーに向かって手を振ると、ハルト達に気づかれないようにこっそりと部屋を出ていった。その後ろ姿をボルドーはじっと見つめていた。


(...死ぬなよ。ワロウ)

(引き際はわかっている男だが...今回は理由が理由だからな。無茶するかもしれん)


 一度は送り出したもののワロウのことがやはり気になる。いつものワロウなら自分から危険に突っ込むことはないのだが、今回は事情が事情である。無理をする可能性だって十分にありうる。


(何かこちらからも手助けしてやれればいいんだが...)


 ボルドーがうんうんとうなっていると、控えめなノック音が聞こえてきた。入れと言うと、扉が開き入ってきたのはサーシャだった。彼女はハルト達と歳も近く仲良くなっている様子だったので、彼らを心配して見に来たのかもしれない。


「すみません...ちょっと様子を見に来たんですけど...」


 サーシャに声をかけられたが、ボルドーは気づいた様子がない。彼は今、考えるのに必死だったからだ。


(どうすればあいつの手助けをしてやれるか...)

(採取に関する手助けは無理だろう...残るは...薬を作る方か)

(ということは...)


「ちょっと...! ギルドマスター! 気づいてくださいよ!」

「ん?おお、来てたのか」

「さっきからずっと呼び掛けてたんですけど!」


 口をとがらせながら怒るサーシャをなだめながら、ボルドーの思考は先ほどの続きを考えていた。


(よし、それなら手助けは可能かもしれん)

(サーシャも丁度いいところに来たしな...こちらはこちらで動くとするか)


「サーシャ、来たところいきなりで悪いが頼みごとがある」

「え? な、なんですか?」

「アイツらと話した後でいいんだが....」


 その頼みごとを聞いたサーシャは最初、不思議そうな顔をしたが、特に質問することもなくわかりましたと了承の意を伝えたのであった。

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